57.ようやく両思いに。そして永遠に。
自分の気持ちに気がついたものの、やっぱり心配なものは心配な訳で。
ネアさんが焚いてくれた香りのおかげか、その後少し眠ってしまったけれど、始終そわそわしっぱなしで。
「少し、体を動かしてはどうでしょうか。副隊長のシルヴィアさんでしたら、庭におりますよ」
「う、ん…そうしようかな」
ネアさんに勧められて、動きやすい服に替え、庭へと向かう。
確かに、本を読んでも、刺繍をしても、どうしても考えちゃうから…走る位じゃダメだろうけど、流石に綿の剣とはいえ訓練すれば、考えてる暇はないだろうし。
そうそう、何かあったら困るから、という理由で、副隊長と一般兵の何人かが、交代で屋敷に来てくれてるんだ。シュトラータの人は、この屋敷に私達が住んでる事は知ってるから問題ないんだけど、あの国がちょっかい出してこないとは言い切れないとかで。
いつも庭で稽古してるんだけど、シルヴィアさんは、私が声を掛ける前に気がついたようだ。
「奥様、稽古ですか?」
「シルヴィアさん。ちょっと色々考えちゃって…お願いしてもいいですか?」
「えぇ、もちろん」
「じゃあ、用意しますね」
「では私はこれで。後ほどお茶をお持ちします」
ついて来てくれたネアさんにお礼を言って、綿の剣を創る。今日来てくれた女性の一般兵は、初めて見る人もいて、挨拶されたりもした。
*****
奥様がこちらに背を向け、他の女性兵に気を取られているうちに、副隊長にそっと耳打ちする。
「シルヴィアさん、今日奥様は情緒不安定なので…お手柔らかに」
「…あぁ、なるほど。分かった、気をつける」
綿が詰まった模擬刀だけれど、思い切り当たれば痛い。酷い怪我にはならないけれど、大切なお体だ。だからそう注意を促した。
やはり戦場に身を置くからか、たしなみとして知っているのか、それだけでわかったようで、心強い返事を貰って安心した。
私はお茶を用意するべく、屋敷へと戻る。奥様のために、気分がすっきりするお茶と、甘いお菓子を用意してさしあげよう。
*****
訓練をしていても、ふとした瞬間に不安がよぎる。しかも、危ないと思った時に限ってそうなるものだから、ぽこんと叩かれてしまう。
「うぅ…」
「今日は特に集中が途切れるようですね。戦場では命取りですよ」
「はい…」
「…少し休みましょうか。お茶を用意してくれたようです」
シルヴィアさんが指す方を見れば、ネアさんがベランダにあるカフェテーブルにお菓子とお茶を用意しているのが見えた。
そこへと行けば、手水とタオルも用意されていた。椅子が足りなかったけれど、力で創り出して、みんなでお茶にする。香りのいいお茶に、美味しいお菓子に舌鼓を打つけれど、どうしても気になってしまう。
「…シュトレイ、もう着いてる、よね」
「そうですね。出発されてから…六日目になるでしょうか」
「大丈夫かな…」
ポツリとそう零すと、シルヴィアさんはきっぱりと、『心配するだけ無駄』と言った。その返答に思わずびっくりしてしまった。
「闘神様は、危ないと思ったら全方位ガードできますし、またその状態でも攻撃できます。もし、ルールを決めてそれらを使えない様にしたとしても、元々強いですからね」
「…そ、っか…私、シュトレイの戦ってる所、見てないから」
「レヴァン家当主との手合わせであればいいのですが、戦争なら、出来るならば…見ないほうがいいです」
困った様な顔でシルヴィアさんがそう言う。神の剣の副隊長でさえ、そう言うんだ…漫画とか、映画とかで多少脚色された物は見てるけど、現実は、もっと悲惨なのかな。
ふと、処刑の時を思い出して、ぶんぶんと頭を振る。ダメダメ、あれは思い出したくない。
「きっと、明日には連絡があると思いますよ」
「そうだといいんだけど」
そう応えて、お茶を口にする。ふわりと花の様な香りがして、甘みのあるお茶にほっとする。
早く、無事に帰ってきて。この気持ちを、伝えたいよ。
それから二日程経って、手紙が届いた。日本語でただ簡潔に、『屋敷で待っててくれ』とだけ。
「…シュトレイのばか…」
そう悪態をついてしまうのも、しょうがない事だと思う。
だって普通は大体でいいから到着する予定とか書くでしょ!?
というか、結局あの国はどうなったのかとかさ! 今後は心配しなくていいのかも分からないじゃない!
それに…うるさい位に愛を囁くのに…それもないなんて。手紙が偽造されてるのかと疑ってしまう程の内容だけど、その心配はない。だってあの封蝋がされてたから。
…もしかして手紙をかけないほど消耗してるとか、怪我してるとか?
ふと、日本語で書かれてる事から、私がこの世界の文字がまだ読めないと思われてるのでは? と思いついて、その可能性も否定できずにへこんだ。
でも、手紙と一緒に小箱が届けられていた事を思い出し、その小箱を開ける。シュトレイの封蝋がそれにも施されていて、開ければきらきらと粒子が飛ぶ。それを堪能してから、中身を見れば真っ赤なビロードに包まれていた。そっとその布を外せば。
「わぁ…すごい、綺麗」
色からしてオフィーリスだと思うけど、バラの花を模した物が入っていた。余りにも繊細な形状に、手に取るのも憚れる程だけれど、金属だから大丈夫なはず…と、そっと手に取る。
薄く延ばされた花びらは、力を入れたら曲がってしまいそうなほど薄い。まるで本物のバラのようで。
その日は飽きる事無く、そのバラを眺めていた。
それからは、シュトレイが帰ってくるのだという期待の方が強くて、いい意味でそわそわして過ごしていた。
ダイニングでお茶を頂きながら本を読んでいると、慌しくドアがノックされた。現れたのはシルヴィアさんで、
「奥様! 闘神様がお着きです」
「ほんとに!?」
思わず聞き返せば、そうだと返答が帰ってくる。慌てて立ち上がって、シルヴィアさんの後を追って、玄関へ向かう。
玄関から出ると、門から悠然と歩いて来るシュトレイの姿が見えた。
「っ、シュトレイ!」
叫びに近い呼びかけになってしまったけれど、構わずに走り出す。
シュトレイは笑って、ふわりと手を広げ…その腕の中に飛び込んだ。
「シュトレイ、おかえりっ」
「くすくす…随分熱烈な出迎えだな。ただいま」
「っ…だって…だって」
強く抱きしめられて、その温もりにほっとして、体から力が抜ける。けれど、シュトレイにしっかりと腰を抱かれて、こめかみにそっとキスが落とされた。
「沙耶…俺に、言う事があるだろう?」
「ぁ…」
耳元で囁かれた言葉に、心臓が跳ねた。なんで分かるんだと、シュトレイの顔を見ると、にっこりと笑って額にキスが落ちてきた。
「沙耶。愛してる。沙耶は?」
「! …すき。シュトレイを、あ、愛してるっぁ!」
そう言った途端、激しく唇が奪われて…強く抱きしめられた。
荒々しいキスに翻弄されながら、そっとシュトレイの背中に手を伸ばしてしがみついた。
―――この時。シュトラータ全体で不思議な現象が起きていた。
空から、様々な金属で出来たと思われる花びらが舞ったのだ。その花びらは手に取ることも、地に積もる事もなく消えて行ったが、長い間起きた現象だったため、全ての人の目に焼きついた。
また、シュトラータのすべての者に、金属で出来た花が一輪授けられていた。それはあらかじめ主が決まっているのか、主以外が手に取ろうとしても、すり抜けてしまうという不思議な花だった。
その花を、神の恩寵と呼び、シュトラータの者はそれは大切に扱った。
―――それから約四十九年が経ち―――
「あの子も、もう四十九歳なのね。早いものね」
感慨深く、そう呟くと、そっと手が握られた。隣に座っているのは、当然シュトレイだ。
「色んな事があったからな。あっという間だ。だが、イシスを就けたとはいえ、よい王になったな」
「うん、ほんとに」
私達が見ているのは、息子のイシュレイだ。その、両思いになって短い期間で…生まれた、子。
シュトラータの王族を一新するのだと言って、生んでくれと言われてびっくりしたっけ。普通は、愛の結晶と言われる子供だけど、シュトレイの場合は必要にかられて、だから…ちょっともやっとするんだけどね。
ただ、いつもそうだと言えばそうなんだけど、生まれるまですごく大切にされるし、子供も愛情を持って接してるから、愛されてることが分かるけどね。
今日はその長男、イシュレイの誕生日だ。国中を上げて祝ってくれている。
でも、イシュレイが四十九歳という事は、シュトレイがもうすぐ眠りに付いてしまうという訳で。最近では夜も眠れない位だ。
「ねぇ、シュトレイ」
「ん? …どうした、そんな顔して」
顔に出てたのか。慌てたように頬を撫でられて、キスを落とされる。
「あの、ね。もうそろそろ、シュトレイが目覚めて五十年よね」
「そうだな」
「…いつ、眠りにつくの?」
そう言うと、何故かぽかんと呆けた顔になる。…こんな顔見たの、初めてかもしれない。
「気が着いてなかったのか…。沙耶、不思議に思わなかったのか? その身体が、こちらの世界に来た時から全く変わらないことに」
「そ、そりゃ思ったけど…神様補正かな、と」
「補正といえばそうだが、今までは人と同じ様に老いたはずだ。そうならないのは、沙耶がトクベツだからだ。愛してる、沙耶。いつまでも」
「…うん、私も。でも…いつ眠りにつくの? それに、眠りについたら…」
私との記憶はなくなるはずで。その事実が恐くて、嫌で、言葉にできない。でも、シュトレイはふわりと笑う。
「眠りは、もう必要ないよ。俺の、本当の奥さんだからな」
「え…?」
「五十年しか起きていられないのは、神の器の性能がよくないから。俺の力を僅かずつだが消費してしまう。だから、今まではそれを補充する為に眠りが必要だった。沙耶は、その様な事は起きないばかりか、反対に力が増強されて戻ってくる。だから言っただろう? 未来永劫いつまでも愛してる、と」
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未来永劫の使い方が違う気がする。
そしてやっぱり前話のぶった切り場所がまずった気がする。でもいいんだ…だってそうじゃないと最終話がものすんごく短くなるから(ぇ
以下色々言い訳orz
いきなり四十九年後にぶっ飛ばしたのは、さっさと完結にしたかったから。
何故って、あの国の名前とか、地図とか、ぜーんぜん設定考えずに書き始めちゃったものだから、これ以上おかしくなる前に一回閉じようと。なんていうか、土地広いのに、なんでこんな狭い場所で色々やってんのさ! というのもあり。
なので、改訂版で書き直すかもしれませんし、きんどるとか、そういうのでやっすい値段でだすかもしれません。あくまで、”たられば”なので、期待しないでくださいw
最後の方が説明文だらけで面白くないというのもね。なんとかしたい。
ではでは、長い間お付き合いありがとうございました。今後ともよろしくお願いしますね♪