第15話 俺は今日も自分で選ぶ
『NEW GAME+』
スマホに一瞬だけ表示された文字は、すぐに消えた。画面にはいつものホーム画面が戻っている。時刻は午後十一時五十九分。さっきまで止まっていた時計も、スマホの時刻も正常に動いている。街にも人が戻り、車の音や遠くから聞こえる話し声が、いつもの夜を作っていた。何も変わっていないように見える。でも、俺だけは知っている。この世界が一度終わり、そして何かが始まったことを。
俺は自宅へ戻り、テレビの前に座った。電源を入れてみる。普通の番組が映った。ニュース番組では明日の天気を伝えている。アナウンサーは何も知らない。当然だ。世界中の人間が、今日起きたことを知らない。俺だって、少し前までは知らなかった。
「本当に、全部ゲームだったのか?」
誰も答えない。俺はテレビを消して、ソファに横になった。今日一日で起きたことを思い返す。昔から感じていた、自分では説明できない行動。何となく選んだ道。予定を変えたくなった瞬間。眠っている間に時間が飛んだように感じること。そして、あの画面に表示されたセーブやロードという言葉。考えれば考えるほど、この世界が誰かによって操作されているという考えを否定できなくなる。
でも、同時に一つだけ分かったこともある。仮に本当にプレイヤーが存在したとしても、俺にはそれを確かめる方法がないということだ。幽霊がいるかどうかを完全には証明できないのと同じで、この世界がゲームではないことも、俺には証明できない。だったら、どちらを信じるかは自分で決めるしかない。
俺は時計を見た。日付が変わろうとしている。以前なら、明日が来ることを当たり前だと思っていた。でも今は違う。もし明日が新しいステージなら、何が起きるのか分からない。イベントが発生するかもしれない。突然、何かを選ばされるかもしれない。最悪の場合、ゲームオーバーになるかもしれない。それでも、明日を迎えたいと思った。
俺はベッドに入った。電気を消す。目を閉じると、頭の中にあの声が聞こえた。
『セーブしますか?』
俺は少しだけ笑った。
「今日は、しない」
しばらく沈黙が続いた。そして、声がもう一度聞こえた。
『本当に?』
「ああ」
『セーブしなければ、明日のあなたは今日のあなたを失う可能性があります』
俺は目を開けた。暗い部屋の天井を見つめる。以前の俺なら、怖くなっていたかもしれない。でも、今は違った。
「それでもいい。明日は明日の俺が決める。それでいい」
声は返ってこなかった。俺は目を閉じた。その瞬間、部屋のどこかで小さな音がした。カチッという、何かのスイッチが入ったような音だった。俺は目を開けたが、暗い部屋には何もない。テレビも消えている。スマホも机の上に置いたままだ。
ただ、スマホの画面だけが一瞬だけ光った。
『SAVE』
俺は画面を見た。そして、初めて自分の意思でスマホを手に取った。
『SAVEしますか?』
俺は少し考えてから、「いいえ」を選んだ。画面が暗くなる。それで終わった。
翌朝、目を覚ました。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。スマホを見ると、午前六時三十二分。いつもより少し遅い。俺は布団から出て、カーテンを開けた。
外はいつもと変わらない。人が歩いている。車が走っている。鳥が鳴いている。誰もが自分の一日を始めている。俺は窓を開けた。冷たい朝の空気が部屋に入ってくる。
その瞬間、視界の隅に白い文字が浮かんだ。
『NEW GAME+』
俺は驚かなかった。
「まだやるのかよ」
思わず笑ってしまった。文字はすぐに消えた。
本当にゲームなのかもしれない。誰かが俺を操作しているのかもしれない。この世界が、もっと高度な世界にいる誰かのゲームなのかもしれない。それとも、全部ただの偶然で、俺が勝手に意味を見つけているだけなのかもしれない。
俺には分からない。たぶん、これからも分からない。でも、一つだけ決めた。何が起きても、自分が選んだと思える人生を生きよう。誰かに操作されているとしても、誰かに見られているとしても、ゲームの中だったとしても、俺は今日、俺の意思で玄関のドアを開ける。
その先にイベントが待っているのか、何もない普通の一日が待っているのか、それはまだ分からない。ただ、今日の俺には一つだけ確かなことがある。ゲームの主人公が誰なのかは、もうどうでもいい。この人生をプレイするのは、俺自身だ。




