72.中の人、恥ずかしがらなくても大丈夫
「――ここは」
神殿から瞬間転移してきた先は、マスターガーディアンの部屋。保管庫だった。
「以前言っただろう。もう一つの肩書。その仕事がこれだ」
「セスは、マスターガーディアン様?」
初めてラファエルを追って、この保管庫に迷い込んだ時を思い出す。
「そう。この仕事は管理者を秘匿しないといけないから言えなかった」
気まずそうに言うセスランに、メリッサの心に浮かんだのはひとつだった。
「セス。過労死しますよ。働きすぎです!」
「心配してくれるのか?また君を怒らせたらどうしようかと思っていた」
ダブルワークどころか、トリプルワークで普通ならとてもこなせるものではないと流石に想像がつく。
それなのに、彼はメリッサの護衛までしていた。
「逆に納得しました。いろいろとつじつまが合いますし。ね。ラファエル」
黒猫を呼ぶと、ラファエルがすり寄ってきた。
「メリッサ様。すみません。主は抱えてる仕事が多いのと、ここでは身分と正体を隠してセキュリティを構築する必要があったので言えなかったのです」
あの黒ずくめのラスボス仮面の中の人が、セスランだった。
見た目と違って、どうしてか親切だった人だ。
メリッサが保管庫で暴れても、怒らずに許してくれた。
「わかりました。わたしも以前どんなのでもセスはセスだと言いました。だから怒っていませんし、マスターの秘密は守ります」
繋いだままの手に、もう一方の手を添えてメリッサは誓った。
「ありがとうメリッサ。隠し事ばかりで悪かった」
セスランは安堵したように微笑んだ。
「それから、君の護衛の任務は続けることになった」
「え?」
「ファーレが緑陰の皆に、君の護衛を命じた」
「なんですかそれ」
「学園を破壊したからかな」
セスランはこてんと首を傾げてさらりと言った。
「う!!それは監視では?もう大人だし護衛なんかされる理由も必要もありません」
「君は引きが強いから、育ての親は心配らしい。もちろん俺も」
「いらぬお世話です」
親目線の心配なら、セスランはやっぱりお兄ちゃん属性を発揮しているのだろうとメリッサは思った。
シャシャの面倒を見るように、きっとメリッサのことも年下を可愛がってそうするのだろう。
彼の言う可愛いは、年下が可愛いの方だ。それに任務であればこそ、世話を焼いてくれるのだろう。でなければ、地味な瓶底眼鏡だった自分に、彼ほどの美貌の持ち主が興味を持つはずがない。なのに。
「俺は君を守ると誓う」
メリッサの手の甲に、彼は誓いの口づけを落とした。
「セス?」
貴公子のふるまいに、メリッサは感情を揺さぶられた。
手は震え顔は熱を持った。
メリッサの瞳には魔力と星の光が煌めいて潤みだした。
感情で魔力を暴走させるなと言われたばかりだ、メリッサは溢れそうになるそれを必死で押さえた。勘違いするなと自分い言い聞かせる。
「そ、そういうことは、本物のご令嬢にするものです。どこかのお姫さまにしてください!」
セスランの手をはがそうと引っ張るが、力でかなうはずもなかった。もう何分も手を繋いだままだった。羞恥心の限界はとっくに超えている。
「人間の感情は、こんなにも揺らいで苦しいものなのだな」
「え?」
何事かをささやいて彼は手を離した。メリッサは勢いよく飛びのいた。
「やっと離してくれましたね」
「逃げそうだったから」
恥ずかしさを我慢していたメリッサが、隙あらば逃げようとしていたことは彼にはお見通しだったようだ。
「我慢しましたよ」
「俺も我慢していた。最後に一ついいか?」
「何ですか?」
意を決したような彼の様子に、メリッサはつられて身構えた。
「俺は決して、女装趣味ではない」
「え?」
「だから――」
「大丈夫です!」
メリッサはみなまで言わせまいと言葉を遮った。
「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ!内緒にしますから!女装が趣味でもセスの事は嫌いません。むしろまた大好きなルビーお姉さまになってほしいくらいです!」
メリッサは胸を張って宣言した。
セスランは目を見張って固まったあと、がくりと肩を落とした。
「――君はどうしてそういうことを」
女装の言い訳も訂正する気も失せたセスランは、いっそこれが騙した罰だと思ってそのまま流すことに決めた。
「くすくす」
「ラファエル。可笑しいか?」
「にゃ」
メリッサの足元に座るラファエルは、セスランの射貫くような視線を受けて身を縮めた。
「そうやってつまみ食いしてると太るぞ」
「にゃにゃ!」
怯える黒猫に、主であるセスランは少しの八つ当たりをした。
「ラファエル。本当ですよ。わたしの魔力を食べ過ぎると、聖獣は太ります」
「ええ?!」
二人と黒猫一匹は、穏やかな午後をやっと向かることができた。




