47.メリッサが活躍すると、アレイが大変になる話1
露天商が並ぶエリアは、午前中に比べ、人の往来が増えていた。
メリッサはお茶屋があった方向はどっちだったか迷っていると――。
「こっちだメリッサ」
後から追ってきたアレイが、メリッサの手を引く。
「アレイ」
「俺って頼りにされてる?」
一瞬、メリッサの顔がほころんだのを見逃さなかったらしい。得意気なアレイについて行けば、目的の場所にたどり着けるだろう。
「いきなり一人で動くなよ」
「ごめんなさい。でも、説明のしかたがわかりません。みなさん王国の人ですから」
メリッサの祖母が、王国の影として利用されていたのは四十年も前の話だ。
祖母と同じ能力を持つメリッサを、祖母はあらゆる人から隠していた。特にオルテンシアの王族には絶対見つかるなと言っていた。
それが、一緒に王女と友達のように笑いあっているなんて、想像もできなかったことだ。
「まあ、あなたのとこの前国王の「影」がうちの祖母で、しかもあくどいことに利用されてました。なんて言えないよな」
「ストレートに要約しないでください」
「シャシャも君を手に入れて、利用すると思うか?」
メリッサは立ち止まった。そして、アレイを見据える。
「思いません。私の友人を侮辱する気ですか?」
「俺の知ってる貴族ってやつらは平気で裏切るぞ」
いつになく真剣なアレイに、メリッサは本音で答えた。
「わかってますよ。シャシャが問題なんじゃなくて、その周りの人間がいらぬことを画策するんです。だから隠し事なんですよ。お互い知らないままの方がいいでしょう」
メリッサの頭を、優しい手が撫でた。
「は?」
「ちゃんと大人の考えができるじゃないか」
見慣れてきたとはいえ、無駄に美貌を振りまく男だった。
そういう甘やかすような顔はやめてほしい。
「言ってるじゃないですか。大人なんです」
◇◇◇
「ついたぞ」
露天商が並ぶ通りの、お茶屋があった場所だけ空き地になっていた。
「ほんとにもぬけの殻ですね」
「で、手がかりってなんだ?」
メリッサはあたりを見回した。
ちょうど近くに、街路樹が植わっている。
「あの、認識疎外の魔法かけてもらえますか?」
「わかった。君を周りから見えないようにしたらいいか」
「はい」
アレイがメリッサに手をかざすと、ピリッと魔力が流れた。
「これで周りからは君は認知されなくなる」
「手をかざすだけなんですね」
「簡単だからな」
セスランの時もそうだったが、アレイもまた詠唱も集中もなくあっさりと魔法を使う。認識疎外の魔法を簡単だと言い切るなんて、色々規格外なのは気になるが今は置いておくことにした。
メリッサはそこに歩み寄ると、木の根元に跪いた。
手を合わせ祈りを捧げる。
「(銀杏の精霊よ。今ここにおいでください)」
ざわざわと、風もないのに街路樹が葉を揺らしはじめた。
「(――人に話しかけられたのは何年ぶりか。しかも星の加護持ちとは)」
「(銀杏の精霊。はじめまして。あなたにお尋ねしたいことがあります)」
「(なんじゃ)」
「(そこに、さっきまでお茶を売っている老人がいたのですが、どこへ行ったか知りたいのです)」
「(ふう。わしは喉が渇いた、あと人間にへし折られた枝が痛い)」
「(なるほど。最善をつくします)」
メリッサは、空に向かって右手を上げた。
「癒しの水よ。天の音を聴かせて!」
銀杏の木の上に、キラキラ光る粒子が現われて弾けた。
ポタ。
ポタポタポタ!
銀杏の木の周囲にだけ、しずくが落ちた。
周囲にいる通行人は、急に雨が降り始めたとざわついている。
しずくに日の光が反射し、そこだけが清浄な輝きで包まれた。
銀杏の葉が水を得てつやつやに生き返り、折れた枝が修復され、新芽が伸び始めた。
「(なんとすばらしい魔法じゃ。礼をしよう)」
「(お役に立ててよかったです)」
「(そこにいた茶を売っていた年寄りは――)」
「――使用人風の男が、店に来て黒い瓶の中身だけ、持って行ったそうです。お茶屋は何人かの男と手分けして店をかたづけた後に、荷物を分散してばらばらにどこかに行ったと言ってました」
メリッサはスカートについた土を払って、しれっと聞き込みをしてきましたといった態度で報告する。
一部始終を黙ってみていたアレイは、盛大な溜息をついた。銀杏の精霊との会話は聞こえていないはずだが、彼はメリッサが何をしていたか、おおよそのことはきっと理解してくれているだろう。
「――君は」
「なんですか」
「緑陰になろう」
「嫌です」
「即答かよ」
「親切な精霊でよかったです。対価はわたしにできる事でしたから」
精霊との交流は、信頼関係を作る必要がある。通りすがりのもであれば、対価を要求するのが当たり前だったりする。
「そういえば、森でもそんなことをしていたな」
アレイは、説明しなくてもわかってくれるので助かる。そう思えるほどに、知らずメリッサは気を許していた。
「次は――」
メリッサは、もぬけの殻になった場所の、隣のアクセサリー屋の商品を確認した。
「すみません。この水晶さわってもいいですか?」
アクセサリー屋には定番の、指輪やネックレス、ブローチが売られている。その中で商品の棚をオシャレに魅せるように、十センチほどの大きさの、球体の水晶が置いてあった。
「かまわんよ」
宝石商というよりは、雑貨屋の庶民派に見える店主は、カップルの客がきたとでも勘違いしたのか、少し期待の目を向けてくる。
メリッサは水晶を手にとって、少しだけ瞳に魔力を込めた。
――遡れ。振動を、あの時に合わせる。
それまでただの透明な水晶玉だったものが、ぐにゃりと色を変え、人の姿を写し出す。人の往来の流れの映像がある一点で止まった。
あの、キロシスタのお茶屋の老店主の姿が見えた。
老店主の店に、黒い服の男がやってくる。そして――。
「保存魔法。停止し留めよ」
水晶が、一瞬青白く光を放った。
「ちょっとお嬢さん!魔法術師なのか?何したんだ」
店主がびっくりして、立ち上がった。
「あー、驚かせて悪いね!これ買うから。いくら?」
アレイはすかさず割って入って、店主の騒ぎを落ち着かせようとする。すっと店主の手に握手して、金貨一枚を握らせた。
それから水晶を手にしたメリッサのもう一方の手を取って、強引に道の向こう側へ連れて行った。
店主は目を丸くしたまま、さっていく二人を見送った。
◇◇◇
「メリッサ流石にあれはない!やるなら先に言え!」
路地裏に入って、アレイは珍しく怒った。
「買ってから何も記憶してませんでした。ではお金がもったいないじゃないですか」
「そこじゃないんだよ!」
「え?」
メリッサの想定していた、彼の怒りのポイントが違ったらしい。
「その魔法が駄目なの!漏れ出てんだよ。君だけの魔力が」
メリッサはきょろきょろと、自信の周りをグルっと確認した。
「ちゃんと消してますよ」
魔力を隠すのは、魔塔の魔法術師なら当たり前だ。
「ちがう、その蒼玉の魔女の力!なんだろ、さっきの魔法は」
無自覚に星のきらめきのごとき魔力を放出する。アレイが慌ててかけた、認識疎外の魔法をメリッサの魔力によって無効化されていた。
「う、そうですけど。魔力出てました?」
「出てる。多分あの眼鏡がなくなったせいだ」
「それは、誰かに指摘されないと、わからないことでした」
瓶底眼鏡がなくなったからと言われれば、確かにあれは祖母様の作った守護アイテムだったはずだから納得できる。
今までも、むやみやたらに人前で使ったことはないのだけれど、他人の目をとおしてしか気づけないこともある。
「今は、出ていますか?」
アレイは、メリッサの目を覗き込んだ。
「大丈夫だ」
メリッサは気づいていないが、ルビーのかけた守護魔法で押さえられている。
本人が能力を使った場合は、そっちが優先されるようになっているのか。
アレイは思った以上に活躍し始めたメリッサに驚いていた。
「ふふっ。怒ってるアレイはちょっと、セスみたいですね」
西の森で、セスランにはお説教という名の心配をかけたことを思い出す。
「アイツがみたら、もっと怒ってるよ。君は反省しないと思うけど」
「セスは今、どこでお仕事してるんでしょうね」
隠し事だらけの相棒の事を思い案じるメリッサは、真実を知ったときどうするのだろうか。
「――近くて、遠いいところかな」
アレイは視線を外して遠くを見た。
メリッサは、水晶玉をアレイに差し出した。
「水晶には記憶する力があるんです。たまたま隣の店に純粋な水晶玉が置かれていたので、わりと最近の記憶なら読み取れると思いました。ついでに保存魔法で映像を留めておくことにも成功しましたよ」
水晶玉の中には、水晶の視点で写ったであろう、老店主と使用人の男が、黒い瓶をわたす場面が写っていた。
「これ、なんて言って見せればいいと思いますか?」
アレイは頭を悩ました。やることが規格外すぎる。
「新しい、魔道具とでも説明したらどうだ」
メテオーラに存在しない魔道具だが、そんなことはどうでもいい。この瞬間から存在したことにしてしまえばいい。
「アレイは天才ですね」
「君に褒められても、嬉しくないな」




