2.お仕事は正確に
「おはよう、メリッサ」
「ソルおはよう」
メリッサと同じく十八歳で同期のソルが、向かい側の机に鞄をおいてローブを脱ぐ。
「昨日はあれからすぐ帰ったか?」
ソルは昨日居残りすると言ったメリッサを手伝おうとしてくれていたのだ。気遣いはとてもありがたかったが、集中さえすればすぐ終わる仕事量だった。三十分延長するだけだから先に帰ってと伝えたのだ。
ソルは貴族出身で立ち居振る舞いが洗練され、栗毛色の髪の毛にくっきりした茶色い瞳は、人あたりのいい印象を与える。さっそく先輩女子たちのお気に入りになっていて、一般職の事務員と何やら話している。
銀髪の瓶底丸眼鏡に灰色の眼をした、ぼんやりした自分とは正反対だ。
「メリッサどーしたんだよ。発注書、おまえの分もらってきたぞ」
彼はどうして資材庫番なんて、地味な仕事を選んだんだろう。
「ありがとう、少し考え事してただけ。」
始業時間の金が鳴る。
手渡された発注書を確認して、ペンを走らせる。
一番資材庫には木の枝が山のように保存されている。
魔法石によって温度、湿度が木の枝を保存するのに完全に最適に調整されている。魔法石が正しく稼働しているかのチェックも新人の仕事だ。
「魔法科の新一年の教材用にパロサントの木片50本だったな」
課長から、ソルと一緒に二人で急ぎで午前中に準備せよと指示だ。
学園の魔法科では、一年次には聖木を使った実習がある。
「聖木はパロサントを指定、長さ10cm程度のスティック状にカットされた物。」
「メリッサは覚えてるか?あの実習。聖木の木片から魔力を引き出せってやつ。」
「なつかしい、入学早々難問ふっかけられてみんな苦戦してた。」
「ほんとに見た目はなんてことない木だな、聖木なのに一般素材に分類されてるなんて思わなかった」
魔素を含まない天然素材のことを一般素材という。
作業台の上で麻紐で括られた木片の束をいったんくずして、教材向けの長さのものを選び出す。
「パロサントは魔力がない人も香りを楽しんだり、魔よけに使ったりするからね」
魔塔では、魔法術師だけでなく、魔法を使えない一般職の人間が半分以上いる。
実際、魔法だけで生活は成り立たない。
魔法術師は割と性格破綻者が多く、衣食住にかかわることが壊滅的だったりする。それ故に、魔塔から食堂がなくなったら多くの魔法術師が飢え死にするだろう。
彼らからしてみたら、おいしいご飯を作るシェフたちの方がよっぽど奇跡を起こす存在なのだ。
他にも、お金に糸目をつけずに研究に没頭する魔法術師たちの手綱を握るのが、一般職のトップである財務長官だ。彼の経営手腕は、それこそ魔法だと言われている。
魔法術師がそれぞれに、助手を雇う場合も事務職が得意な一般職の人間が多い。それゆえに、一般職と魔法術師で権限も給料もそれほど差がないように設定されている。魔法術師が苦手なことのほとんどが一般職の人たちができることなのだ。
どちらが優秀ということもない。それぞれが適材適所で活躍する。魔塔の理念だ。
「先輩の話だと、一般素材を扱う第一課は大体半年くらいで移動になるらしい」
ソルは木片の山から、一本抜き出して枝をチェックする。
「そう、意外と短いね」
「なんだよその残念そうな返事。メリッサは魔素材好きだろ。」
いずれは魔素材の担当になるだろう。そのために就職したのだ。だけど。
「第一課も面白いわ」
「お前そういうやつだよな、そーやって同じ枝をずっと見てたら昼に間に合わないぞ」
こつんと枝で頭を小突かれる。
「もう!ソル!」
二人になるとどうしても学生のノリになってしまう。
「ねえソル」
「なんだよ」
「私たちがこのなかかアタリ枝をえらばないと、学生が試験落第するシステムなのかしら」
「試験の正解は木の枝に火をつけて、煙のなかにある浄化の魔素を取り出すことだったな。だからパロサントにハズレとかないんじゃないか。」
「その正解にたどり着く前に、これパロサントじゃない木が混ざってる。」
「は?」
「香りがしない木がまざっているんだけど」
ソルはメリッサの差し出した枝の香りをかぐ。
「パロサント特有の香りがない」
「もしかして、ほかの木が混ざっているのか?」
「こんな手のひらサイズの木片に加工されちゃってたら見ためじゃわからない。木の香りで判別するしかないから。」
「パロサント以外の木がまざってるって、管理がおかしいってことじゃないか」
二人は顔を見合わせて、一番最悪なことを予測する。
前任者が適当にしまったか、仕入れた段階で偽物をだと気づいていなかったか。
あるいは両方、または担当者と仕入れ人の共謀。
「とりあえず香りで判別して、最低でも五〇本探そう。」
「そうするしかないな」
ソルと手分けして万が一に備えてパロサントの原木との波長測定もしながら木片を選ぶ。間違ったものを納品したら大ごとだ。
なんとか二人で五十本集めることができた。
「こんなの、楽勝で終わる仕事のはずだったよな」
「そうだね、資材管理をおろそかにすると、次の人が被害を被るって学んだよ」
◇◇◇
レイズ課長は管理職専用の重厚な机の上に、血の付いた鳥の羽根を並べていた。
「ーーー報告は以上です」
ソルが状況をまとめて報告している間、メリッサは血の付いた異様な羽根が気になってほとんど彼の話を聞いていなかった。
その羽根は呪ぐのような見た目だが、伝言を伝えるための魔導具だ。
血痕付きなのは魔力を大量に込めた印であり、血なしの羽根に比べて飛行速度がとびぬけて早い。さらに伝言を他者に解読されることがないように魔法が上掛けされている。けっこうお高い魔導具である。
レイズ課長はその羽根を一本つまんでクルクル回している。
髪を高く結い上げて、流行の瞳がクリクリに見えるばっちりメイク、いつもヒールを履いてローブからチラ見えする美脚を披露している。
「発見者が始末書を書いて、第一資材庫のすべての木材チェックをしてくれるかしら」
パロサントの管理ミスを報告すると、前任者はすでに辞めていないとのことだった。
一般資材の木材は学生用での使用が多いため、ほとんど同じ業者で慣習的な取引が決まっているとのことだ。
「異変に一番最初にきづいたのはメリッサさんね、あなた後任に任命するわ。ちょうど誰にしようか悩んでたとこなのよ。木素材の在庫管理と仕入れ取引まで任せるわ」
木素材は種類量ともにかなり多い。むしろ一般資材の中で鉱石と木材がほとんどを占める。
「報告書も書いといてね、大丈夫、新人なんだから練習と思ってやってみて。」
「それなら俺も一緒に発見したんです、俺でも報告書は書けますし、木材管理も一人では・・・」
ソルの言葉を遮るようにレイズ課長はメリッサに何かを投げ渡した。
とっさにメリッサはキャッチする。
チャリン。
「彼女、鍵受け取ったわよ」
メリッサは一番倉庫「木」と書かれた鍵を手にしていた。
「ね、担当は一人で十分。ソル君は私の仕事を手伝ってもらうわ」
レイズ課長の不適な笑みに気おされて、二人は何も言えなかった。




