1.資材庫番のメリッサ
――聖都メテオーラ。森と断崖に囲まれたこの場所は、魔法の始まりの地であり、魔法術師の魂の故郷と呼ばれている。
その聖都の中心にある魔法技術研究所。通称「魔技研」の資材庫番に、念願かなって就職したメリッサは、今日も居残り残業していた。
新人の仕事である、鉱石の選別と鑑定が終わらなかったからだ。
「やっぱり、手伝ってもらえばよかったかな」
手伝いを申し出てくれた同期の友人には、すぐ終わるからと先に帰ってもらっていた。
机の上にはアメジストなどの鉱石が木箱いっぱいに残っている。
「(蒼玉の魔女よ。次は我の鑑定をしてくれ、我はベルタ山で生れた‥‥‥)」
「はいはい。わかったから順番ね」
メリッサは机の上に置いてあるアメジストに話かける。はたから見たら石に向かって独り言を話している変な女に見えるはずだ。
「(どうだ。我は優美で有能な石であろう)」
「あなたは魔力を沢山持っているし、いい魔法石だね。きっと魔技研の研究者がすぐにもらってくれると思うよ」
不純物のほとんどないアメジストは、鑑定をしても石自身の言う通りの一品だった。
作業室に残っているのはメリッサだけだったので、石との会話を誰かに聞かれる心配はない。
「やっと資材庫番に就職できたのに、変な新人って思われたら困るの。周りに人がいる時には話しかけないでほしいのだけど」
メリッサは鉱石の山相手に、愚痴をこぼして溜息をついた。
「はあ。それに話しかけられると、仕事が全然進まないし!」
石などの「物」の声が聴こえたり、「物」の持つ記憶が視える生まれつきの能力のせいで、今日も普通に終われる量の仕事をこなすことが出来ずに残業するはめになった。
鉱石達がいちいち自己紹介したり、身の上話をしたり、石に刻まれた記憶を見せて来たりする。
特に、古く魂の宿ったような鉱石や樹木や魔道具は、意思を持ち会話することもあった。
もちろん空っぽの物もあるが、年数が経て意思を宿す物もあれば、人間の念が込められてそれが記憶として定着しているものもある。メリッサはこの能力を、祖母から受け継ぎ、誰にも知られてはいけないと能力も存在も隠されて育てられた。
なんにせよ、仕事の進みが遅くなるので、残業ばかりの出来の悪い新人と評価されることだけは回避したかった。
鉱石の資材表はまだ半分が空欄だった。
もうすでに時計は定時より、一時間も過ぎている。
「(蒼玉の魔女よ)」
「作業中!」
「(蒼玉の魔女よ)」
「話しかけないで!間違えそう!」
メリッサは、話しかけてくる存在達から、蒼玉の魔女と呼ばれている。それは物心ついた時にはそう呼ばれていて、その理由を聞いても存在達の誰も教えてはくれなかった。
仕方なく誰もがそう呼ぶのでこの特殊な能力と、自分の見た目のせいだと思って受け入れることにしていた。
「疲れた」
メリッサは瓶底眼鏡を外して作業台に置いた。
度が入っていないのに、分厚くて野暮ったい眼鏡は、祖母からお守りとしてもらった物だった。
軽く伸びをして、目をこする。長時間椅子に座って細かい作業を続けて腰も痛いし、空腹だった。
「(蒼玉の魔女よ)」
今度は違う鉱石が、メリッサを呼んだ。
「もう、仕事が終わらないじゃない!何なの?」
そう言いながらペンを持つ仕事の手を止めて結局聞いてしまう。メリッサは無視ができない性格だった。
「(後ろに猫殿がいる)」
「え?」
振り返ると、きれいな黒猫がちょこんと座っていた。
黒猫は金の瞳をしている。
「見回り猫?しかも黒猫」
資材庫には見回り猫の聖獣が何匹かいる。その猫たちが不法侵入者や、魔塔の職員が資材を盗んだ場合に捕まえる、通称ネズミ捕りシステムがある。
黒猫は前足で、真っ赤な何かを転がしていた。
「ちょっと!それは駄目!高級品!」
パッと見ただけで、メリッサにはそれが何かわかった。
赤というより、深紅の、とてつもなく美麗なルビーだった。
完璧な球体に成形されたそれは、この一般資材庫のものではないのは一目瞭然だった。
「どうしてこんなところに」
メリッサは、黒猫が転がしていたルビーを拾い上げた。そしてルビーの輝きを確かめるように覗き込む。
一目見てこのルビーに国宝級の価値がある事がわかる。
宝石として使った場合は計り知れない値段の付く特級品だ。
これだけ素晴らしいルビーなのに魔力が空なのが不思議だけれど、魔道具を作る素材とすれば、魔力を流し込みをどんな術式も刻むことができる魔法術師なら垂涎モノの一品だった。
鉱石が語る話を聞き続けたことで、メリッサの鑑定魔法とその鑑定眼は、若干十八歳にして熟練の域に達していた。
「少し視てみたいな」
普段は自分から、物に話しかけたり記憶を読むことはしない。だけど、このルビーは心惹かれるものがあった
「美しいルビー。声を聴かせて」
メリッサは声に魔力をのせて囁いた。
「(――我が主のもとへ来てほしい‥‥‥)」
ルビーは、それだけ言った。
「主――?‥‥‥ひゃあ!」
メリッサがルビーの言葉に気を取られている隙をついて、黒猫が飛びかかって来た。
黒猫は手の平に乗ったルビーを咥え取って、資材庫の外へ走り去った。
「待って!返しなさい!」
メリッサはあわてて資材庫を出て、俊足の猫を追いかけた。
すでに日が落ちて非常灯だけが点いた暗い廊下に、全力疾走する足音が響く。黒猫が向かった東棟は、魔力を保有した魔法素材が保管されているため、ドアには鍵がかかっている。猫の逃げ場はないはずだ。
いっきに駆け上がって追いかけた二階の廊下の先は、階段がなく行き止まりになっている。
端に追い込めば、あとは捕獲魔法でとらえる作戦でいけると算段する。
メリッサは乱れた呼吸を整えながら、慎重に猫との距離をつめた。
廊下は暗いが、猫の目に非常灯の光が反射して居場所がわかる。
捕獲魔法を展開するため魔力を集中した瞬間、猫がクルっと向きを変えて左に曲がり消えた。
「え?」
駆け寄ると、二階建ての建物なのに、上に続く階段がある。
そして黒猫は、踊り場からメリッサを見下ろしていた。
「どうして階段があるの?」
薄暗い中、猫の金の瞳だけが光っている。その光にハッとして、メリッサは猫を捕らえるべく捕獲魔法を展開した。
「今度こそ、おとなしくつかまりなさい!」
ところが猫は、それより早く跳躍して上階に消えた。
「待って!!」
またもや捕獲し損ねたメリッサは、すぐに体力を振り絞って階段を駆け上がった。
「――眩しいっ!」
三階の廊下はオレンジ色の明かりが煌々としていて、一瞬めが眩んだ。
十歩ほど先にいる黒猫が、扉の前でちょこんとおすわりをして、こっちへ来いといわんばかりに尻尾を振ってからすっと部屋の中へ入った。
「ここはどこ?」
そこは新人のメリッサは見たことがない場所だった。
資材庫棟とは違い、廊下には赤い絨毯が敷かれ、壁に掛けられたランプはクリスタルの装飾がほどこされ光を反射し豪奢な雰囲気を作り出している。
部屋の扉は猫一匹分の隙間が空いており、重厚な木製の彫刻が施された扉にはさらに金属の留め金で装飾がされていて、いかにも特別な部屋の様相だ。
少し覗くと、室内は真っ暗で廊下の明かりに照らされた部分だけが見える。中は所せましと物が置かれているようだった。
またもや黒猫は、部屋の中でメリッサが来るのを待ち構えてたかのように、ちょこんとすわっている。
ルビーは猫の口から解放され、床にころがっていた。
「にゃあ」
人懐っこく黒猫が鳴いた。
「もう逃げない???」
黒猫がさっきまでと違い、飼い猫のようなのんきさで寝そべりだした。
メリッサは暗い部屋の中に入り、ゆっくりと黒猫に近づき慎重にルビーを拾う。
大きな傷はついていないようだ。
「どうして見回り猫がルビーをとって逃げるのよ」
黒猫が足にすりよってくる。何とも言えないふわふわ毛の感触と暖かさが服越しに伝わる。
「か、かわいい!!」
メリッサは就職してからずっと、聖獣の見回り猫をもふもふしたかったのだ。
「抱っこしてもいい?」
「にゃ」
これはきっとイエスに違いない。
そっと黒猫を抱き上げる。ぬくぬくでモフモフを抱きしめた。
これは癒しだ。
まさに地上の天国!
黒猫はされるがままゴロゴロ喉をならしている。
メリッサは思いっきり黒猫を頭上に抱き上げ、猫の腹側に自身の顔をうずめようとした――その時。
「何をしている」
「ひゃあ!」
メリッサは、突然の声にびくりとして黒猫を抱き上げる手を放してしまい、その反動で勢いよく後ろに転んだ。
「あ――!」
――ぽすん!!
固い床の衝撃に備えたはずが、メリッサは柔らかい何かに落ちて止まった。
「不法侵入に泥棒とは、大した新人だな」
低く冷たい声色。
その声が聞こえるまで、誰かがこの部屋に存在する気配はなかった。
突然メリッサを見下ろすように、奇妙な仮面をつけて真っ黒なローブを着た何者かが現れた。しかもその人が、転んだメリッサの体を抱きとめている。
「――きゃあああああああああ!!!!むぐっ!!!!」
メリッサは叫び声を、叫んでしまってから必死で飲み込んだ。




