23.みんなでケーキを食べてていいのでしょうか。
銀髪に蒼い眼は確かにめずらしいが、他にいないわけではない。メリッサはずっと瓶底眼鏡をかけて瞳の色を変えていたし、メテオーラに登録されている身分証明書も伯爵には繋がらない別人になっている。ウィズダムに入学するまでは、師匠と森で暮らしていて、限られた人としか交流してこなかった。
「今年の冬の終わり、ウィズダムを卒業する前に、卒業旅行でマイムに行っただろう」
マイムは聖都メテオーラとオルテンシア王国のちょうど中間地点にある温泉郷だ。メテオーラの領土内にあるそこは、遠い昔に隕石が落ちて作られた隕石湖があり、温泉の湧き出るリゾート地になっている場所だ。
「そこに、湯治に来ていたデービス翁が、偶然にも君を見かけたんだよ」
「偶然にですか」
この数年の間、身を潜めてきた努力がそんな偶然によって水の泡になったなんて。
「すごい確率だが偶然だったようだ。その場で連れ去らなかったのは、魔塔の人間が多く滞在していたことと、表立って動けば三賢者が黙ってないことを知っていたからだ。だから機会を待って先に孫のソル・デービスを君に近づけたんだ」
アレイはまったく思ってもみないことを言った。
「‥‥‥ソルですか?」
「なんだよ、その顔。やっぱり気づいてないんだな」
「でも、ソルは‥‥‥。名前‥‥‥ソル・デービス。まさか‥‥‥」
「デービス翁の孫。つまり君の親戚だ」
「えええっ!」
「騎士志望だった奴が、急に進路変更して資材庫番に就職したんだ。普通おかしいと思うだろう」
「それは、確かにそう思いましたけど!」
魔法騎士科の学生のソルと、魔法術師科のしかも文系体質のメリッサとは、接点がなさ過ぎて就職前の研修で初めて会話したのだ。
資材庫番に新卒で就職したがる人間がいないことは、メリッサでも知っていた。普通は魔技研の研究職とか魔法術師としての任務に就くか、魔法騎士団に入団する進路を選ぶ。
裏方的ポジションの資材庫番は、はっきり言って人気がないのだ。
「ただの、変わった同級生としか思ってませんでした」
「変わってんのは、君の方だよ」
アレイは呆れたような溜息をついた。
「だから三賢者は、俺たちを君のとこにつけたの。危なっかしい家出娘をどうにかしろだってさ」
「そこまで。知っているんですね」
祖母を保護した三賢者は、メテオーラのある場所で匿い、メリッサも師匠に弟子入りするまでそこで暮らしていた。三賢者はいわば生れたときから知っている身内のようなものだ。
「緑陰の情報網でもって、冬にデービス翁がマイムに来た時からの動向は調査していたからな。ちょうど西の繁華街には、サファイア探しの依頼を受けた奴らが集まっている情報は得ていたんだ。そこに昨日君がひょっこり現れて襲われたってわけだ」
少し、メリッサは考えた。
「まさか昨日も、秘薬の仕事と護衛と同時進行だったりします?」
「そうだよ、うちには忙しすぎて、まとめて仕事を片づけたがる奴がいるからな。西の森に行ったのは想定外だったけど、ちょうどよく悪党どもが来てくれて尻尾を掴めた」
アレイの座るソファの後ろで、少年姿のラファエルがお茶のおかわりを用意し始めた。
「メリッサ様。少しお疲れでしょう。もうすぐおいしいケーキが届きますよ」
正直、情報量が多すぎて昨日も今日も疲れていた。甘いものが欲しいと思っていたところだ。優秀な執事猫に関心していると――。
――バタン!
隣の部屋の扉が急に開いた。
「あのわがまま娘はなんなんだ!」
息まいた貴公子が隣室から現れた。
「ラファエル!」
「はい、セスラン様」
セスランは、ピタリと立ち止まった。
猫執事のラファエルの方を見た後に、ソファアに座るメリッサと目が合うとそのまま固まった。
「「‥‥‥」」
「セスラン様、頼んでおいたケーキは持ってきてくださいましたか?」
執事猫によって沈黙が破られた。
「‥‥‥ラファエル、向こうに置いてあるケーキを魔女殿たちに出してくれ」
何事もなかったかのように、セスランはソファーの空いてる席に座った。
何故か、アレイは、腹を抱えて笑いを耐えている。
「お前、魔力遮断の魔法を使ったな」
「こんなのいつものお前なら簡単に気づくじゃないか」
どうやら、アレイがセスランにいたづらを仕掛けたらしい。彼は魔法術師のローブの下に、貴族の正装のような服を着ていて昨日とは雰囲気が違った。もともとの美貌に加え気品とキラキラ感が倍増していて、物語に出てく貴公子が本当に現れたと思ったくらいだ。
保管庫の構造は謎だが、なぜか彼は隣室から現れた。
マスターガーディアンの部屋兼、保管庫が主不在のもとに勝手にお茶会状態になっていていいのだろか。
目の前にはラファエルが、とびきりおいしそうなケーキを沢山並べはじめている。
「メリッサ様。好きなケーキを召し上がってくださいね」
ラファエルが、にっこり笑顔ですすめてくれる。
「いえ、でも‥‥‥先に選ぶのは、わがまま娘みたいですよね」
「ごほっごほっ!」
セスランがお茶でむせこんだ。
「違う!魔女殿のことを言ったんじゃない!」
「え?」
さっき彼は、部屋に入るなり怒っていたのだ。
「てっきり、わたしの事かと思いました」
「誤解させて悪かった。だいたい君のわがままならなんでも聞く‥‥‥いやとにかく別の人間の話だ」
途中だけよく聞き取れなかったが、とにかくメリッサが怒られた訳ではなかったことに安堵した。なぜか向かい側に座るアレイが、また腹を抱えて笑っている。
ケーキは見た目の期待を裏切らず、とびきりおいしかった。
「それで、セス。向こうの王女はなんて?」
「来週の春祭りに、貴賓としてこっちに来るそうだ」
ケーキをもくもくと食べていたセスランは、急に不機嫌な顔になった。彼は意外と甘党なのか三つ目のチョコレートケーキを崩しながら言った。
「王女?」
「オルテンシア王国の第三王女様だ」
フルーツタルトだけ食べたアレイは、紅茶を飲みながら、以外な人物の名を言った。
「話を戻すけど、月の女神の秘薬の、本当の依頼主だよ」
「は?」
一体どんな人間が大金を払ってまでこんなことを企てたのかと、腹立たしく思っていた。
それが――。
「王女さま?」




