22.執事猫のラファエルとメリッサの秘密
「せっかくの休日が、二日連続で潰れるなんて‥‥‥」
「仕方ないだろ、悪党に襲われた被害者さん」
マスターガーディアンの部屋に呼び出されたメリッサは、愚痴をこぼした。
昨夜は三人男に襲われて戦った後、西の街の宿に泊まるように勧められたが、どうしても聖都のアパートに帰るとメリッサは言い張り、仕方なくアレイが騎士団の馬に乗せて帰宅させてくれたのだ。時刻は零時をとっくに過ぎていたし、秘薬のために朝から動き続け、夕飯も食べずじまいでベッドに倒れこんだのだ。
「調査は午後にしてやったんだから、ちゃんと協力しろよ」
「わかってますよ」
「で、どうしてそのダサいサングラスを掛けてきたんだ?」
「‥‥‥」
アレイと二人きりの部屋に沈黙が流れた。
「‥‥‥やっぱり変ですか?」
「気になるから外してくれないか」
魔技研の保管庫に来る道すがら、聖都の露店で買ったのだ。
「いつもの眼鏡が壊れてしまったので、仕方なくこれにしたんですけどやっぱり変ですよね」
朝、起きたらなぜか瓶底眼鏡のレンズにヒビが入って壊れていたのだ。アレイにはもう瞳の色は知られているし、隠す必要がない。けれど銀髪の三つ編みに蒼い瞳の姿を、人前にさらすのは慣れていないので隠すためにサングラスを買った。
「逆に悪目立ちすると思うぞ。無い方が自然でずっといい」
アレイの一言で、メリッサはサングラスを外した。
「正直周りが見えにくいので、外したかったんですよね」
なんだか、瞳を隠しているのがバカバカしく思えてきたメリッサは、顔を上げてアレイを見た。
「いいじゃん」
無駄に顔の良い男に褒められても、あまり嬉しくない。
「マスターが不在のようですが、勝手にここにいていいのですか?普通は騎士団の方で調査するのでは?」
なぜかアレイは、聞き取りの場所を保管庫兼マスターガーディアンの私室を指定してきた。いつもの階段に行ってみると、黒猫のラファエルが迎えに来たので、メリッサは仕方なくついて来たのだ。
「こっちの方がセキュリティが強いんだよ。アイツの許可はもらってるし。ラファエルがいるから問題ない」
「にゃあ」
黒猫のラファエルが、メリッサの膝の上にのって甘えてくるので、なでてあげると目を細めてゴロゴロ鳴いた。
「ラファエル。お茶を入れてくれないか?」
「にゃにゃ」
ラファエルは膝の上から飛び降りると、隣の部屋に行った。猫にお茶の用意などできるのかと思いつつも、かわいいしっぽを振る後ろ姿を見送る。
「あの、お客様は今日はいらっしゃらないのですか?」
「ん?ああ、セスは別件でいない。あいつは忙しいから」
昨晩、彼は騎士団が現れてすぐにいなくなった。
「お礼を。助けてもらったお礼を言うのを忘れていました。ありがとうございます。お客様の手を煩わせてしまってすみません」
「悪い奴らに襲われる女の子を、助けるのは当たり前だろ」
意地悪なアレイが、今日はきちんと制服を着て騎士に見えると言ったら怒られるだろうか。メリッサがそんな事を考えていると、カチャカチャとお茶を運ぶ音が聞こえてきた。
「アレイ様、メリッサ様。お茶をどうぞ」
黒髪に金色の瞳の美少年が、お盆にティーセットを持って現れた。
「ありがとう。ラファエル」
アレイは少年の名を呼んだ。
「ラファエル?」
「はい」
「ラファエルは特別な聖獣だから、人間に変身できるんだよ」
「執事猫のラファエルです。この姿では初めましてですね。普段はマスターの身の回りのお世話をさせていただいています。今、主は不在ですので、僕が代わりに保管庫の管理をしています」
「か、かわいい」
保管庫の衝撃のシステムに驚く。
あの黒ずくめのラスボス仮面ことマスターガーディアンは、とってもかわいらしい美少年の執事猫と保管庫に同居していたなんて。
「本題に入るけど、昨日捕まえたコウモリ野郎の情報では、依頼者はオルテンシア王国のデービス前伯爵らしい。知ってるよな?」
「知っています。会ったことはないですが」
「サファイアを連れてこいという命令だそうだ。それも知ってるよな」
「‥‥‥お客様の方こそ、すでに知っていて聞いていませんか?」
メリッサは昨日のアレイ達の様子から、すでに引っかかりを憶えていた。この人たちはもしかしたら、メリッサの秘密を知っているのではないだろうか。
アレイはストレートの紅茶を一口飲んで、ティーカップを置いた。
「腹の探り合いをしていても、仕方ないからな。俺とセスは魔塔の三賢者直属の隠密組織、「緑陰」の諜報員なんだ」
「緑陰‥‥‥」
「そう、三賢者から君の護衛をする任務を言い渡された。だから俺たちは君に近づいたんだ」
魔塔の三賢者は、聖石を信仰する共同体である、聖都メテオーラを統べる大魔法術師だ。君主制国家を敷いていないこの聖都の代表であり、権力のトップ機関でもある。
そして、数十年前に隣国オルテンシアから亡命してきたメリッサの祖母、シルビアを保護してくれたのが三賢者達だ。
「では、あなた達は、サファイアの秘密も知っているのでしょうか?」
「すべてではないが、君の祖母が、オルテンシアの隠密だったことは聞いている」
「前オルテンシア国王の隠密がひとり。サファイア。そう呼ばれていたそうです――」
祖母は、国王に蒼い瞳の色からサファイアと呼ばれていた。貴族たちの身に着ける宝石類や、密談場所にある調度品など、物に宿る記憶や思念を読み取っていた。その情報は、貴族たちの弱点や企みを暴くのに役立ち、国王は常に貴族達より優位にことを進め、支配力と権力を強めていった。それと引き換えに、祖母は常に、騙し騙され、殺し殺される陰謀の渦中に潜入せざるをえなくなり、心を病んでしまった。
ある時、国王はシルビアを側妃にと望んだ。シルビアの実の兄であるデービス伯爵は、王家にサファイアの血筋を取られてしまっては、伯爵家がサファイアによって得ている裏の権力を失ってしまうと考え、シルビアを王家に嫁がせることを拒絶したのだ。そのため王家と伯爵家の裏の主従関係に歪みが出来てしまった。
シルビアはちょうどその頃、特使としてオルテンシア王国に出向いていた祖父と知り合い、聖都メテオーラに亡命したのだ。
その後、シルビアを失った伯爵家は裏の権力を失い、極秘情報を知るものとして王国の中枢から排除された――。
「祖母シルビアの兄であるデービス翁は、まだあきらめてなかったんですね。祖母が生きていた時は、デービス翁とオルテンシアの王様がサファイアの能力を取り戻しに来ると恐れていました。もう四十年以上も経つのですよ」
「確かに、執念深いな」
「祖母は、前国王とデービス翁が死ぬまでは隠れて生きろと言っていました。わたしが祖母以上の能力があるからと。正直、わたしはデービス翁や隣の国の王様のことはあまり気にしてないというか、年数も経っているし行ったこともない国の人達の事なので昨日まで半信半疑でした」
だからこそ西の街で、悪党どもにサファイアと呼ばれた時は、ぞっとしたものだった。
「前国王は、三年前に亡くなっているが、デービス翁は健在だ」
「祖母はサファイアと呼ばれて、物の記憶を視ることができました。でも、わたしは同じ能力を受け継いでいるけれど、祖母のとは違う能力もあるんです」
それは、メリッサにしかない魔力と魔法。
「蒼玉の魔女の力か」
「三賢者様に聞いているのでしょう」
「少しだけな。西の森であの女神も君を蒼玉の魔女と呼んでいたし。君は本当はそれを隠しているんだろ」
蒼玉の魔女とメリッサが呼ばれる所以の魔力は、三賢者をしてもその特殊さを認めていた。
「蒼玉の魔女の力は、とりあえず大人になるまで隠しておけと師匠と三賢者様に言われました」
「とりあえずとか、あの人達らしい大雑把さだな」
亡命した祖母と、のちに生まれたメリッサは三賢者の保護のもと、特殊な魔力を隠すために聖都のある森に隠れて暮らしていた。
「目に見えない存在達は、祖母の事は蒼玉の魔女とは呼ばず、わたしだけそう呼びました。子供のころは周りに利用されないように隠れて森で暮らしていたんです」
「そりゃあ、自分よりやっかいな能力のある孫が、因縁のある王族や身内に見つかったら、攫われると思うだろうな。魔塔でも目立ちすぎる存在は実験オタクのいい材料にされる」
子どもの頃から、祖母の警戒心を大げさだと思っていたし、本当に狙われるとは半信半疑だった。
ティーカップを置いてメリッサはアレイを見た。
「緑陰という組織があることは知りませんでした。二つ確認なのですが、月の女神の秘薬は一体何のために依頼されたのですか。私に近づくためのきっかけにするためだけですか?」
「それは、別件である人に依頼されたんだ。月の女神の秘薬が欲しいとな。護衛とそっちの依頼を同時進行でやってたんだよ」
「やっぱり、お客様達が使うのではなかったんですね」
ある人が気になるが、一番重要なことを先に聞くことにする。
「それからもう一つ、どうしてデービス翁に、私だと気づかれたのでしょうか?」




