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探偵ヤマアラシ -1- 教室荒らしから「木曜探偵班」発足まで  作者: 四方山 緑丸
第2章 ゲリラ放送
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事件その2 ゲリラ放送(23) もう一度、その声を聞きたくて

 水曜日の放課後、土本は4時を過ぎても教室に残っていた。


 土本はその日の昼休み、校務員室の中の状況を確認しに行っていた。

 室内はまたしても人気がない。長谷川は昨日来たかと思ったら、今日はまた休んでいる。

 処分についてはそのうち生徒会役員を通じて連絡があるだろうが、その前に本人には伝えられているはず。

 その処分を受けた反応はどんなものか、どんな顔をしているか、それを見届けておきたかった。しかし、本人が出勤していなければそれもできない。


 労働者の正当な権利として与えられた休暇の範囲内であれば、出勤するもしないも本人の勝手。それはその通りではあるが、それにしても今の段階で仕事を放り出すのは無責任ではないか。

 憤懣たる思いを抱えたまま、自分の席で文庫本を読んでいると、北條が教室に戻ってきた。


「あっ、まだ残ってらしたんですね」

「うん、まあ……」

 当然、長谷川の処分について何か情報が流れてこないか、あるいは連絡がこないか、それを期待してこの時間まで何となく残っていたのだが、それは土本が勝手に待っていただけのことで、北條に余計な気を遣わせるつもりはない。

 なので、それについては何も言わずに、ただ生返事を返した。

 

 北條は、いつものように教壇の方へ行くかと思いきや、今日は何故か土本の斜め前、自分の席の方に行き、椅子を土本の方に向きを変えて座った。

 その行動の意図は不明だが、おそらくこれから話すのはいつもの「仕事」ではなく、ただの雑談だということなのだろう。


「長谷川さんの処分の件ですが、どうやら『中等部への異動』という形になりそうです」

 土本の気持ちを知ってか知らずか、北條は早速長谷川の処分について話し始めた。

「あっ、そうなのか……でもそれって、特に長谷川さんにとって不都合になるような処分じゃないよな」

 中等部は高等部に隣接しているため、職場が隣に移るだけでしかない。それでも、外部から見れば、一応は「処分を受けた」という形には見える。

「そうです。今後高等部には直接関わることはできない、でも高校の様子は比較的近くで見ることができる、そういう距離です。そして何より、当初の目的通り、校務員を辞めずに済みました。処分としては私たちの希望通りであり、処分の程度としては丁度いい、と言えると思います」

「うん、まあ……形上は、処分が下されたと見えるな。そして仕事も続けられる、と。それで良かったのかどうかは、まだなんとも言えないけどな」

 これで長谷川と、教師らが納得したのか、それはまだ土本にはわからない。それを知りたいところだが、肝心の長谷川がいないため、確かめようがない。

 

「それは、この後の周囲の反応次第ですね。それから、放送部の件ですが」

「何か、動きがあったか?」

 もうひとつの懸案事項、放送部の存続に関して、やはり北條が自ら話し出した。

「はい、既に今日、見学の方が来たそうです。それも5名」

「そうか、幸先いいな」

「はい、あの放送が効果あったようで、よかったです」

 北條は満足気に微笑んだ。

「思い切ったことをやった甲斐があった、ってことだな。よかった」

「そうですね。これで、長谷川さんを助けることができましたし、放送部もとりあえず廃部を免れそうです」


 本人の言う通り、北條の目的は概ね達成された。

 しかし、そもそもの話、これはそこまで労力を掛けてやるべきことであったのか。土本にはまだ納得できていない部分があった。

 それを直接北條に聞くのを随分躊躇っていたが、もうこの事件についての調査は終わったし、今聞かなければおそらく聞く機会はないだろう。そう思って、思い切って質問をぶつけてみた。

「でもさ、いくら『娘の生きた痕跡が消えていくのが忍びない』って理由でゲリラ放送をやらかして、結果何の被害も出てないからと言ってもさ? 長谷川さんにそこまでしてやる必要あったのか、って思うんだよな、今さらだけど」

 

「本当に今さらですね……」

 呆れたように呟く北條に、土本は言い訳じみた説明を続けた。

「だってさ、俺らの仕事はあくまで『犯人探し』で、その調査をして、生徒会に報告するところまでだろ? その先の、犯人への処分を決めるところはタッチしてないし、ましてこれこれこういう事情だからクビは勘弁してやって、なんて言う義理はないわけで」

「うーん、土本君はそう言うとは思っていましたけど。それについては……正直に言うと、理由の半分は私の『自己満足』です」

「えっ、そうなのか?」

「はい、行動の是非はどうあれ、亡くなった里香さんのために行動した長谷川さんは、私としては『報われてほしい人』ですから」

 意外にも北條は、私情で動いたことをあっさり認めた。


「そうか、まあその気持ちはわかる」

「もう半分は、私たちの『責任を果たす』という意味もある、ということです。長谷川さんが辞めさせられるとしたら、私たちの『調査』が原因でもありますし。その当事者である私が、このまま辞めさせてしまうのをただ見過ごすのはよくない、と思って」

「うん……そういうもんかな」


 北條の私情については理解はできるし、一部土本も同じ気持ちではある。

 だが、「責任」と言われてしまうと、土本は、調査と称して個人を追い詰めて、事後フォローもしなかった自身が責められているような気がしてしまう。あくまで与えられた「仕事」をこなしているわけであって、その仕事以外の責任まで負わされるとなると、承服しがたい部分がある。

「あっ、一応申し上げておくと、これは私たちが悪いことをした、というわけではありません。事件の調査は生徒会としての正規な仕事ですし、長谷川さんのしたことはよくないこと、それは確かです。ですが、一旦これに関わった以上は、長谷川さんの処遇をただ見ているというわけにもいきませんし、先生方から厳しすぎる処分が与えられる見通しがあるなら、適正な処分に留めていただくよう働きかけるのが筋ですし、それが可能なのは、事件の詳細を知っている私たちくらいです。ですから今回、私がやらせていただきました。それにこれは、土本君を生徒会に誘った私の責任においてやることですから、お気になさらず」

 そうは言われても、北條が1人で調査の後始末に駆け回っているのを知りながら自分が何も動かないのも正直気が引ける。特命班はたった2人しかいないので、仕事の負担を北條に押し付けるわけにはいかない。そして、今回のような場合に、北條を止める道理はない。


「気になさらず、って言われてもな。俺たち2人で仕事してる以上、俺も『責任』を負っている、てことになるよな。なら、北條さん1人で全て背負い込むことはないんじゃないかな」

「それって……」

「今回はやってもらっちゃったけどさ。今後、事後フォロー的な事が必要になったら、俺も一緒にやるよ」

「いいんですか?」

「もちろん。俺たち2人で『特命班』だろ?」

「はい……じゃあ今度からは、2人でやりましょう」

 北條がそう言って笑うと、土本もつられて笑った。

 

「で、その事後フォローも終わったから、これで『ゲリラ放送』の件は終わったんだな」

「そうですね、これで一区切り、ということになります」

「すると、明日からは『備品盗難』か……」

「はい、難しいですが、やりましょう」

 次の事件については、これ以上の証拠が出てくる可能性は低い。あとは関係者、すなわち生徒会役員全員からの聞き取りを実施して、その結果で犯人を特定するしかないだろう。

 困難なのは明らかだが、北條は前向きな姿勢を崩さない。


「ところで、明日の『定例会』の前に、何かやっておくことってあったっけ?」

「いえ、特には。ですが、今日はゲリラ放送の方の、『おさらい』をしてみたいと思いまして」

「おさらい?」

「はい。『3回目』の放送のテープって、今お持ちですか?」

「ん? ああ、ここに」

 土本は、上着の胸ポケットからカセットプレーヤーを取り出した。

 今はちょうど、その時のテープを入れてある。

「それ、聞かせていただけますか?」

「えっ? ああ、じゃあ……」

 椅子を引き寄せながら接近した北條は、今、土本のすぐ左前、吐息がかかるくらい近くに寄ってきている。

 そこまで顔が寄ってくると、流石の土本も動揺が隠せない。プレーヤー本体に巻き付けたイヤホンのコードを震える手で解いた。

 プレーヤーにはスピーカーは付いてないので、テープを聞かせるとなると、イヤホンを使うしかない。使い込んだイヤホンの片側を持って、手を伸ばそうとしたところ。

 ある重大な問題に気づいて、咄嗟に耳に当たる部分を袖の内側に数回擦り付けてみた。

 それで問題が解決したとは到底思えないが、恐る恐るそのイヤホンを北條に差し出した。

「じゃ、じゃあ、とりあえず、これで」

「ありがとうございます」

 土本が毎日耳に入れていたそのイヤホンを気にする様子もなく、北條はそれを受け取ってすぐに耳に入れた。

 

「ところで、なんで急に、これを聞く気になったんだ?」

「ゲリラ放送の調査が終わった区切りですし。それに、3回目の放送当日は、開始直後に放送室に向かったので、ちゃんと聞けていないんですよね」

「そうか、それで……」

 一瞬納得しかけたが、これをダビングする時には、北條もその場にいて、一度は通して聞いたはず。

 いや、あの時は動揺していたから、ちゃんと聞けていなかった、ということか?

「じゃあ、聞いてみるか」

「はいっ」

 疑問が解決できないまま、土本は再生ボタンを押した。


---


(♪ BGM、明るい感じの打ち込み系音楽)


皆さん、こんにちは〜!

毎度おなじみ、「DJピンキーのトキメキ⭐︎オンエア」の時間でございます!


さて唐突ですが、2月です! 来月には、3年生は卒業、という時期になります。ねー。

私はこれまで『自称:謎の女』と常々言ってきたわけではありますが、まあ正直なことを言ってしまうとね、3年生です。なので、もうすぐ卒業してしまうわけですが。


えーと、前回の放送で、と言っても今この収録の時点で前回分の放送は流れていないんですが、その時、私はまだ両親に、「神戸の大学に進学を希望する」本当の理由について話していない、という話をしたんですが、それをですね、一昨日ようやく話してきました。


まあ理由というのは、アナウンサーになりたいと思っているんで、親戚でアナウンサーをしている方がいる神戸に行って、そこで大学に通いつつ、放送局の仕事内容を知ったりとか、就職のための助言をいただいたりとか、そういうことで神戸の大学にわざわざ進学を希望したわけですね。


で、父はですね、以前から私の将来の希望とかについて知っていたので、応援してくれていたんですけど、母の方はですね……えーと、言いにくい話なんですけど、昨年両親が離婚しまして。それで、アナウンサーの親戚というのが、父側の親族なので、母はまあ、いい返事をしてくれない、と。

 

だから、説得しました。母を。そんなこんなで、なんとか、渋々ながらもOKを貰い、これで合格すれば、晴れて4月から神戸行き、ということになるわけですね。はい。

まあね、モメはしましたけどね、ちゃんと理解してもらえたので、よかったですよ。はい。私の将来について、3人揃って話す機会も持てましたしね。


えー、それではここで、曲の方、いってみましょうかね。

それでは聞いてください、尾崎豊で、『卒業』。


(BGM:尾崎豊/卒業)


---


 今、北條は土本の机に肘を乗せ、イヤホンからの音声に聞き入っている。

 いつの間にか、イヤホンを入れた耳が赤らんでいる。


 その熱がケーブルを伝わって、自分の耳まで熱くなるような、そんな感覚を覚えた。


 この曲が終われば、北條にとって、聞くのが辛い内容だったはず。

 生徒会室でCD-Rからダビングした際には、特に内容を気にした様子はなかったから、おそらく本当に「ちゃんと聞けていなかった」のだろう。

 聞いたら泣くだろうか。だが、止めるわけにもいかない。

 テープは、そうしている間にも一定のペースで回り続けていく。


---


えっと、で、今日はこの場を借りて、学校の皆さんに、お礼を言わせていただこうかな、と思います。


あっ、もう最後になりますので、ちゃんと名乗らせていただきますね。

私は、『DJピンキー』こと、普通科進学クラス3年、放送部元部長、堅川里香です。


こうして、現役の放送部員のみんなが、放送部の通常活動である学校放送を、引き継いでくれて、そして、イレギュラーな活動、引退した私のこの放送を、今こうして手伝ってくれていること、すごく感謝してます。ありがとう。リスナーの皆さんも、ありがとうございます。


それに、クラスのみんな、それとクラスは別でも、同じ学年のみんな、ちょっとここでは語り尽くせないけど、色々ありがとう。先生方、職員の皆さま、3年間ありがとうございました。


私は、まもなく卒業してしまいますが……


きっとね、いつか必ず、アナウンサーになって、今度はプロとして、皆さまとお会いできるように、がんばりますんで。

それまでのしばしお別れ、ということで。


これで、番組は終了となります。

では皆さま、ごきげんよう。

またいつか、どこかで。


---


 家族の離散と、再会。

 卒業後の進路と、それに向かって動き出した旨の報告。


 自分の正体についての告白。

 これまで関わってきた人、全てに向けての御礼。


 将来アナウンサーになるという夢。

 そして、果たされることのなかった約束。


 わずか10分ほどのテープに、それらが全て詰まっていた。


「これを聞いてしまったら、里香さんのために、なんとかしよう、そう思わずにはいられないですよね……」

 北條は涙声でそう呟いた。


「うん、そうだな。そして、皆その通り動いた」

 土本はそう相槌を打ったが、本心は少し違っていた。


 既に亡くなった、見ず知らずの人のために動くほど、善人ではないし、お人よしでもない。

 それでもここまで真剣に動いた理由は、北條が、他人のためと純粋に思って、リスクを顧みず動いていたから。

 その危なっかしい姿を見て、放っておけなかったから。


 今、自分のすぐ左で、テープを聞きながら目に涙を浮かべる彼女のために、自分はいつまで、助けてやれるだろう。自分の力で、どこまで助けることが可能なのだろう。そしてそれは、果たして許されることなのだろうか。


「……もう一度、聞いてみようか」

 返答を待たずに、テープを巻き戻し、再生ボタンを押した。


 このテープに録音された番組は、もう過去のもの。新たに番組が作られることはないし、DJが再びどこかに現れたりすることもない。

 それ故に、評価が上乗せされている、その可能性は否定できない。だが当時、これが放送されていたら、どうだっただろうか。

 おそらく、制作当時は内容について賛否があったろう。実際に放送されていれば、おふざけを咎められていたかもしれない。


 かつて悪行と捉えられていたことが、時を経て評価が一変する。そういうことを、期待してもいいものだろうか。

 それとも、そうなる前に、何もかも全て消え去り、忘れ去られていくのだろうか。


 もう何度目かの「DJピンキー」の最後の語りを聞きながら、土本はぼんやりとそんなことを考えていた。

 

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