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しつこい男はなんとやら

「リベラート! ……こんなところにいたのか」


 大広間に戻ろうとする私の前に、突然険しい顔をした男性が現れた。

 その男性はちらりと私を見ると、特に何かを言うこともなく、そのまま素通りして私の後ろにいるリベラート様のもとへ歩いて行く。


「カ、カイル隊長……」

「いつまでいるつもりだ。もう遊びの時間は終わりだ。帰るぞ」


 リベラート様に〝隊長〟と呼ばれているということは、騎士団の偉い人だろうか。

 おもわず振り返ってふたりのやりとりを見ると、リベラート様は男性を前に明らかに焦った顔をしていた。怖い上司にひるむ部下のような感じだ。いつも余裕ぶっているリベラート様があんな反応を見せるなんて、余程怖い人なのか。……たしかに、かなり威厳を放っているけれど。


「まったくお前は。目を離した隙に勝手な行動ばかりして……やはり、俺がきちんと見張っておくべきだった」

「……すみません」

「帰るぞ」


 そう言って、男性がリベラート様の背中をバシッと叩く。


「待ってください隊長。あと少しだけ時間をください。俺、やっっっと愛する婚約者に会えたんです」

「婚約者? ……ああ。君がリベラートの」


 男性の鋭い瞳が私を捕らえる。まるで品定めするかのようにじっくりと眺められ、私は蛇に睨まれた蛙状態。


「隊長、フランカをこれ以上いやらしい目で見ないでもらえますか?」

「これ以上もなにも一度も見ていないが。お前が毎日毎日うるさいくらい愛を語っていた女性が、どんな人なのか気になっただけだ。……すまない。気を悪くしたか?」

「い、いえ!」


 リベラート様に呆れながらも、男性は私を気遣ったのか謝罪の言葉を口にした。私は胸の前で両手を振りながら、まったく怒っていないことを伝える。


「フランカ、この人はカイル隊長っていって、俺の所属部隊のいちばん偉い人なんだ」

「カイル・ハンソンだ。カイルでいい。よろしく頼む」

「あ……フランカ・シレアです。こちらこそよろしくお願いします」


 挨拶をしながら、改めてカイルさんをまじまじと見つめる。リベラート様よりも背が高く、ガタイもいい。見るからに強そうだ。


「婚約者の君には申し訳ないが、我々騎士団はそろそろ夜会をおいとまさせてもらう。よって、リベラートは連れて行くが、どうか許してほしい」

「どうぞどうぞ。私は全然問題ありませんので」

「フランカ……? そんなに強がらなくても。なんて健気なんだ……」


 むしろさっさと連れて行ってください。

 そう言わんばかりに笑顔で即答すると、カイルさんは若干驚いた顔をしていた。リベラート様は勝手に勘違いをしている。


「婚約者の許可も得たことだし、行くぞリベラート」

「俺はまだ、彼女と話したいことがたくさん――」

「お前はあっても彼女はないみたいだ。しつこい男は嫌われるぞ」


 カイルさんがそう言った途端、リベラート様の体がビクッと反応した。


「……フランカに嫌われるのだけは、死んでも嫌だ」


 べつに私が嫌いと口にしたわけではないのに、リベラート様はそう言って大人しくなる。


「フランカ」

「はい」

「また手紙を送るよ。空いた日は必ず会いに行く。少しの時間でも、必ず」

「……はい」

「俺は今日も明日も変わらずに、君のことが大好きだよ」


 リベラート様はそれはもう真っすぐな眼差しを私に向けて、安心させるかのように柔らかく笑った。

 そのまま名残惜しそうに、リベラート様はカイルさんと共に夜会を後にした。私は姿が見えなくなるまで、彼の背中を見送った。


* * *


 予想外の出来事が重なったせいで、夜会を楽しむ余裕をすっかりとなくした私は、一足先に屋敷へ帰ることにした。

 お姉様に見つかると厄介なことになりそうなため、メイン会場である大広間を避けるようにコソコソと王宮内を歩いていると、玄関近くに見知った姿があった。


「……ティオ?」

「フランカ! 遅かったな。もう大丈夫なのか?」


 私が名前を呼ぶと、壁にもたれ腕を組んでいたティオが顔を上げた。


「ええ。平気よ。ルーナに聞いたわ。心配かけてごめんね。もしかして、私を待っていてくれたの?」

「ああ。心配だったのと――お前に聞きたいことがあって」


 ティオは壁にもたれるのをやめて、背筋を伸ばしてまっすぐ私の前に立った。


「さっきの男だけど、あいつ誰だ? ……あんなところで、急にフランカにキスして……俺、すげー驚いたんだけど」

「! そ、それは」


 どうやら、ティオにはしっかりとあのキス現場を見られていたようだ。


 ――それもそうか。だって、ティオのところに行こうとした最中にリベラート様がいきなり乱入してきたんだもの。


 言葉を詰まらせる私に、畳み掛けるようにティオは言う。


「あの男はお前の婚約者だって言ってたけど本当なのか? 婚約者がいたのか? そんな話、一年間フランカと一緒にいて一度も聞いたことないぞ」

「……うーん。それが、私もびっくりなんだけど……どうやらいたみたいなんだよね」

「なんだよそれ。……意味わかんねー」


 ティオの顔を直視できず、私は視線を泳がせる。

 誤魔化すような私の返事に、ティオは納得いかないようだ。


「なんにしたって、勝手にキスするような野蛮な男だぞ。ろくな奴じゃないに決まってる」

「ええ。本当に」


 ティオの言葉に、うっかり深く頷いてしまった。


「やっぱりフランカもそう感じてたのか!? じゃあどうして婚約なんて……脅されてるのか!?」

「へっ? いや! そんなことはないわ! リベラート様は悪い人じゃないのよ。キスのことも……しっかり叱っておいたし」

「……へぇ。庇うんだな。あいつのこと」


 実際脅されているわけではないので、ここは庇っておかないと後にややこしくなりそうと思っただけだ。ティオに変な勘違いをされても困る。

 リベラート様とのことをきちんとティオに説明できたらいいのだけど、そうなると、まずベランジェールとの出会いの話からしなくてはならなくなる。


 そもそもティオは魔性の女時代の私を知らないし、できることなら黙ったままにしておきたい。もう過去の話だ。わざわざ話をややこしくする必要はない。


「で? フランカはこれから大広間に戻るのか? 婚約者なら、さっきでかい男と帰ってったけど」


 カイルさんのことだ。


「いや、私はもう帰るわ。疲れちゃったし、ゆっくり休みたいなって」

「そうか。そういやお前のお姉様、ずっと男に囲まれてたぞ。……凄まじい人気っぷりだな」


 僅かに引き気味で、ティオは言った。

 やっぱりそうかと思いながらも、私のことなんて気にせずに夜会を楽しんでいるようで安心する。


「本当はティオに私の親友を紹介してから帰りたかったのだけど……」

「ああ、その子なら、さっきフランカが倒れた時にちょっと話したから大丈夫。俺ももう帰るよ」

「そっか。わかった。また魔法省でね。今日はいろいろありがとう」

「そうだ。最後に確認したいんだけど――」


 歩き出そうとした途端、ティオが私を呼び止める。


「フランカが今日夜会に来ようと思ったのは、あの男に会うためだったのか?」

「え?」

「だって普段なら来ないのに、急に来ることを決めただろ」


 そういえば夜会の前日、ティオにも〝夜会に来ればいいのに〟って言われたのに、私はそこまで乗り気でなかった。そんな私が夜会に来たことを、ティオは不思議に思ったのかもしれない。

 

 あの男――リベラート様のためかと聞かれたら、実際そうである。まさかこんな展開になるとは微塵も思っていなかったが。


「……そうね。会わなきゃいけない理由があったから」

「やっぱりそうか。……少しでも、自惚れた俺が馬鹿だった。じゃあな」


 ――自惚れるって、どういう意味だろう? 

 去りゆくティオの背中を見つめ、私は首を傾げる。


 結局この会話中、ティオにいつもの笑顔が戻ることは一度もなかった。



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