生まれて初めて
その後一足先に屋敷へ戻り、自室のベッドでぼうっとしていると……。
「フランカ! どこにいるのよ!」
ものすごい怒声が屋敷内に響き渡る。お姉様が帰って来たのだ。
「今すぐ広間に来なさい! フランカ!」
「ちょっとアリーチェ、どうしたの」
「どうしたもこうもないわ! フランカが私の知らない間に……たいへんなことをしてくれたのよ!」
お母様が必死に宥めるも、お姉様の怒りは収まるどころか加速している。
たいへんなことってなんだろう……? 思い当る節といえばひとつしかないが、こうまで怒りを買う意味はわからない。
「お呼びでしょうか」
ものすごく足取りは重かったが、夜中にこれ以上大声で騒がれると周囲に迷惑がかかる。私が嫌々広間に顔を出すと、お姉様が凄まじい形相で私の方を睨んできた。せっかくの美人な顔が台無しだ。
「フランカ……どういうことよ!」
「……なにがでしょう?」
「あなたがリベラート様の婚約者って話よ! あんな素敵な人が……どんな手を使ったわけ!?」」
お姉様が大声でそう言った瞬間、広間がしんと静まり返ったかと思えば、今度は大きくどよめいた。両親も使用人も、目を丸くさせて口をぽかんと開けている。
「しかも話を聞けば一年前かららしいじゃない!」
……リベラート様、お姉様によけいなことを言ったわね。
「ま、待てアリーチェ。フランカの婚約者って、一体なんの話をしているんだ」
「フランカ、どういうこと!?」
今にも殴りかかってきそうな気迫で私に迫る姉に加え、両親は面食らった顔をして私に詰め寄ってくる。こうなると、もう隠しようがない。
というか、リベラート様が公衆の面前であんなことをしたから、どちらにせよ今までのように隠し続けることなど不可能だっただろう。
「実は――わけあってずっと黙っていたんですが、魔法学園の卒業式の日に、とある方から婚約を申し込まれておりまして」
「まさか、その相手が……」
「……リベラート・ヴァレンティ様です」
迫りくる三つの顔から目を逸らし、小声で呟いた。
「リベラートって……ヴァレンティ公爵家の嫡男じゃないか!」
「どうして黙っていたの!? フランカがそんな目上のお方と仲良くなっていたなんて!」
関わりはなくとも、貴族であれば名家であるヴァレンティの名は聞いたことあるはずだ。両親もすぐにピンときたようで、屋敷内はさらに騒がしくなる。私は学園での話をあまり屋敷でしなかったから、両親が驚くのも無理はない。
「ああ! 黙っていたことはもうどうでもいい! それよりよくやったフランカ! ヴァレンティ公爵の嫡男に見初められるとは、さすが我が娘だ!」
「本当に! あなたは私たちの自慢の娘よ!」
こんなにも両親に褒められたのは初めてのことだ。姉が一緒にいるのに、両親は今、私のことしか見ていない。
「フランカ様、おめでとうございます!」
居合わせた使用人たちからも拍手喝采を浴びた。素の私が屋敷で今いちばん注目されている。奇跡的な瞬間だ。
だけど、私はその中でこちらをじっと睨むお姉様の瞳を見逃さなかった。……なんだか、面倒なことになりそうな予感。せっかく普通に戻れたのだから、平和に生きたいだけなのに。
* * *
やっとの思いで自分の部屋に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。今すぐベッドにダイブしたい気分だったが、あることを思い出し一旦我慢する。
私は棚付きドレッサーのいちばん上の引き出しを開けると、中から大量の手紙を取り出した。
全部未開封のこれらはすべて、この一年でリベラート様が私に送ってきてくれた手紙だ。
――今さらだけど、ちゃんと見といたほうがいいわよね。
今日リベラート様に会って、私はそう思い直した。
初めて封を開け、一通ずつ目を通していく。
内容は「鍛錬が厳しい。でも楽しい」「鬼のように厳しい隊長がいる」「もっと強くなりたい」のような、騎士団での生活内容を知らせるものがほとんどだった。
ほかには「フランカに会いたい」「フランカはなにしてる?」「フランカの写真をくれないか」「一枚でいいから」――などに加えて、鳥肌の立つような甘い言葉がたくさん並べられていた。というか、どれだけ写真をねだってくるんだ。
そして最後には決まって「大好きだよ」の文字があった。
「……リベラート様」
一年間、一度も返事を出さなかったのに、よくも飽きずにこんなに送ってきたなぁと感心する。
引き出しの中を埋め尽くす量の手紙を見て、私は思った。
――これからは、三通……いや、五通に一度くらいは、返事をしてあげよう、と。




