第十二話 「狂ったもの」
僕の父は画家だった。
キャンバスに残されるものは決まって女の人や果物や花なんかだった。
父はよく僕の目を見ては、『美しい』とほめてくれた。
父のまねごとをしようと、幼いころは父が捨てたスケッチブックの切れ端に絵を描いたりした。
何枚も描き続けるうちに、父からの称賛が増えていった。
「総悟は絵を描く才能があるな」
皮の厚い手のひらが頭をなでる。
学校の美術の時間で何度も、色が変だと、色盲だと馬鹿にされても、父がほめてくれるから気にも留めなかった。
ここまでは良かったんだ。
僕は中学校に上がり、美術部に入った。
苦手だった絵具を使って賞を取ることが多くなった。
賞を取るたびに否定的だった美術の先生が、次第に苦い顔を見せるようになった。
それからはどれだけぐちゃぐちゃに色を積み重ねても、誰も僕をからかうことはしなくなった。
昔のように褒めてほしくて、賞を取るたびに父に報告した。
父は以前より、絵が売れなくなっていた。
「お前は俺をどこまで苦しませるんだ」
以前にもまして、床に物が散らばるようになった。
「なんなんだぁ」
張り裂けそうな悲鳴が部屋に響き渡る。
「お前、俺を見下すみたいに見せびらかしやがって」
父の瞳からうっすらと涙が流れた。
両手を振り回し、テーブルの上に並べられた筆たちを叩き落とした。そしていきなり立ち上がり、僕が手にしていたスケッチブックを奪う。
「父さん」
「あああああああああああ」
それに向かってパレットナイフが突き立てられる。
険しい顔をした父の首が回る。
「なんでおれには才能がないんだ」
あの頃は大きく見えた父の背中は、道に捨てられた老犬のように頼りなかった。




