表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

オモイツノリ

山に反射して、低く轟く太鼓の音。繊細な音色を奏でる笛の音、それらは地元の小学生たちがこの日のために練習し、本番を迎えている。

緊張や活気が町に溢れる中、ここで潰れそうな人がいます。


浴衣って気合い入れすぎかな? いつもなら絶対笑われるだろうな。いつもなら…はぁ。

希実ちゃんの手助けでなんとか巧と祭に行くことになったけど、当の私は、どんな顔をして彼と話せばいいのか、なんと言って許せばいいのか、疑心暗鬼に陥っていた。

巧とケンカ別れ(?)した今日の放課後、あれは確実に私たちの溝を深めた。あれは勢いだったし、何故あんなことをしたのか、私にもわからない。数時間前に戻って自分を殴りたい。


でも、だからこそわかったことだってある。

巧が私の前に立っていたとき、驚きとは別のドキドキがあった。

私より少し背の高い、肩幅は広くないけど、触ってみるとゴツゴツしている。いつの間にか男の子になっていたのだと、そんな姿が目に入ったとき、自然と心が高ぶってしまった。

ああ、だからあんなミスしたのよね。私のバカぁ…

気持ちはしっかりと確かめた。あとは落ち着いてふたりで話して、ちゃんと許してあげるだけ。やっぱり、私も謝らなきゃダメだな。


しかし、肝心の希実ちゃんからの返信は来ない。どうやって待っていようか…先にひとりでまわるのもアレだし…

早く来て、緊張で死にそう……





前略、私はいま、人生で最も面倒な場面に直面している。

ベッドにひきこもる兄を、布団たたき片手に、なんとか祭へ引っ張り出すべく、約一時間の戦闘を繰り広げている。

「もう、バカ兄貴! おとなしくいうことを聞きなさい!」

「やめろぉ…そんなこといったら、お兄ちゃんもう立ち直れないぞぉ……」

めんどくさっ…

度々落ち込むことはあれど、ここまで落ちるのは初めてだ。力ずくで連れても行けるけど、行ったところで光ちゃんの顔を見付けた途端に逃げるに決まっている。

いつもは明るくて、少し大人びた立ち振る舞いでまとめてくれるような頼もしい人なのに、このときだけはまるで別人。さっさと告白できないのは、この性格のためである。


「ホントさあ、なんで光ちゃんの前では別人になるわけ? いつもならもっと頼れる感じなのに」

「そりゃ…あいつには引け目とかあるし」

そのことに関しては、私にも心当たりがあった。彼女は昔から変わらずの横暴っぷり、まわりには恐れをなす人も少なくなかった。


「確かに、昔のたく兄はどっちかというと控えめな性格で、そこに光ちゃんが付け込んだみたいなところあるしね~」

「思い出したくないこともあるな」

「うーん。じゃあ何でいま光ちゃん好きなの?」

「お前、見境なく詰め寄ってくるよな…相河家の血が憎い」

蹲っていたたく兄がむくりと起き上がると、どこか遠くを見るような目線を下に置き、話を始めた。

「それは、俺も考えたことがある。どうして俺が光を好きになったのか。ぶっちゃけ俺もはっきりとはわからない。もしかしたら幼稚園の頃からだったのかもしれないし、ごく最近のことかもしれない。それでも、好きだって気持ちは確かにここにある。二人でいるときの時間が、夢のように思える。もし付き合えたら、どれだけ幸せなことか。一緒に遠くの街へ行って買い物したり、放課後どこかにスイーツを食べに行ったり、今日の祭りで花火を見たり…それこそ、幸せなんだと思う」


「じゃあ言えばいいじゃない」

「だーかーらー! そう簡単にいかないのが現実なんだよ!」

「わからなくもないけどさ…そんなに怖いものなの?」

「そりゃ、怖いなんてもんじゃねえよ。いままでの関係を全部ぶっ壊すんだぞ? 物心ついた頃から何をするにも一緒で、気がついたら隣にいるような、そんな関係だった。夏休み前に、光が告白してきた男をフッたのを見た。もしかしたら光は、恋愛なんて興味がないのかもしれない。俺が本気で告白したところで「冗談でしょ」って軽くあしらわれるかもしれない。それならまだしも、気まずくなるなんてことになったらと思うと、最初の一歩が踏み出せない。近すぎるからこそ、もう一歩が難しくなるんだよね」


部屋が無音に包まれ、不思議な空間ができた。そんな中で私は、単純にこう思ったのです。

「これだからヘタレは。重く考えすぎ、めんどくさすぎ」

「ねえ、俺がすごく真剣にした話を簡単に蹴らないで? ホントに泣くよ、泣いちゃうよお兄ちゃん」


涙目になるたく兄を見て、もはやため息しか出ない。

ホント、私がいなきゃダメなんだから…


「…いま、光ちゃんが待っています。あのときは断っちゃったけど、本当は行きたかったんだって、私にそう言ってきたよ」

「……」

「きっと、光ちゃんは謝ってほしいわけじゃないと思うの。こうしてふたりで気まずい時間を過ごしてるのが嫌で、早く仲直りしたいなって。たく兄もそうでしょ?」

「そりゃ俺だって、いきなりすぎたし、悪かったと思ってる。でも、光が思ってもないことを口走ったのが珍しくて、動揺して…」

「つまり、たく兄も話がしたいんでしょ?」

「…そう、だけど」

ガードが緩くなった。いまだっ!


「ほら、わかったらさっさと行く…?!」

布団を引き剥がすと、たく兄は大量の写真を隠すように持っていた。それらはどれも…

「えっそれ全部光ちゃんの写真?」

「いや、なんかな…こうしていれば、光とうまく話せるような気がして」

「きっっも! それはさすがに引いた、その変な盗撮癖だけは本当にきもいと思う!」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ! 俺もう立ち直れねえよぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「いっそバレて嫌われてしまえっ!!」


いよいよ目から汗をかき始めた兄をいじめるのはやめて、頭を抱える腕を、優しく掴んだ。

「きっとうまくいくからさ、頑張ってきてね」

「……」

「? どうしたの?」

「行くには、ひとつ条件がある」

「条件」

一度頷くと、いじけた顔でこちらの顔を覗き、その条件を口にした。





希実ちゃんから返信がきた。もうすぐで着くと。それと

本当にごめん。と、一言書き加えられていた。これは、何に対してだろうか…?

次々と耳に入ってくる雑音の中で、私を呼ぶ声が聞こえた。勢いよく振り返り、相手を確認する…と


「本っっ当にごめんなさい! バカ兄を説得しきれなかった!」

「えっ?」

私の視界に入ったのは、全力で頭を下げる希実ちゃんと、必死に目を逸らす巧の姿だった。

えっと、これは一体……?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ