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スレチガウ

翌日。授業の都合もあり、私達は一度も顔を合わせず、一日を終えようとしていた。こんな日常に、変化があるとすれば…

「先生、ここが分からなかったんですけど」

「えっ、ああ…えっ?!」

人の顔を見て二度驚くんじゃない。


私はきっと人生初となる、授業後に先生へ質問に行ったのだ。担任からしたら、それはそれは珍しい光景だったのだろう。

「ど、どうした真柴。いつも授業で爆睡しているお前が、質問なんて……」

「失礼ですね!私だって、置いていかれないように、努力するって決めたんです!」

「お、おお……!」

先生は嬉しいのか単純に驚いているのか、授業よりもかなりぎこちなく、指摘した箇所の解説を始めた。


その背中を、提出物を運んできた相河 希実は見つけてしまった。

「…幻覚かな?」





「幻覚だな。ありえないにも程がある」

放課後、三年生の廊下から出た、グラウンドの見えるベランダに呼び出された俺は、まず否定した。あの光が勉強…それも先生に質問?天地がひっくり返ってもあり得ない事象だ。

「そうなんだけど、あの髪の毛は光ちゃんしかいないって!」

「っ……何始めたんだ、あいつ」

考えてもみるが、さっぱり分からない。あいつのやりたいことって、何かあったか?俺への復讐にしても遠回りすぎる。


「相変わらずにっぶいよねぇ、何で分からないかなぁ?」

バカにするような、しかし呆れの混じった目で俺を見つめる。

「分かんのかよ、お前は」

「わかるわよ。普通は」

「…普通って何だ?」

バカにする、というより呆れたといった表情で、小さくため息をついた。

「光ちゃん、もっと落ち込むかと思ってた。勉強に手つける元気あるなら、これで謝りやすくなったんじゃない?」

そう捨て台詞を置き、鞄片手にその場を去った。


「そんな簡単に、言えるわけねえだろ」

今の俺にはきっかけが必要なんだ。光に話しかける、ちゃんと謝るきっかけが…

ふと、空から弾けるような音に思わずはっとする。あたりを見回しても何も変化はない。するともう一度音が鳴り、ようやく気がついた。

「そういえば、今夜は祭りだったな。毎年連れまわされながら色々買わされて…?!」

それだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


俺は真っ先に光のいる教室へ走った。

なんだ、こんなにいいきっかけがすぐ傍にあったとは。俺もまだ見放されてないな!祭りさえ行けば簡単に…

扉へ手をかけたところで、凍ったように体が止まった。さらに重要なことを思い出したからである。


「どうやって誘おう?」

いざ彼女の前に立ったとして、俺はどんな言葉を使って彼女を祭りに誘い、どうやって自分のやった失態を謝るのか、まるで考えていなかった。そもそも、光は俺を許してくれるのだろうか?彼女のことだから、もしかしたら…


すっかり考え込んでしまった俺を引き戻したのは、目の前にあった扉が突然開き、頭に描いていた顔が目の前に現れる、という誰も望んでいない偶然だった。彼女がビクッと肩を震わせると同時に、俺も思わず声を漏らしてしまった。

「な、なにやってんの。他人の教室の前で」

「いや、なんというか…あっ」

思えば、これは数日ぶりのまともな会話だった。あのときの泣きそうな顔が脳裏に浮かびながらも、なんとか最適な言葉を探した。

「用がないならいいけど…」

やばい、超冷たい。

15年間で間違いなく一番冷たい反応だ。やっぱり、いきなり誘うなんて、無理か?


「じゃあ、またね」

「…光!」

またね、彼女はそう言った。『また』ということは、俺はまだチャンスがあるんじゃないのか?

顔も合わせたくないような相手に『またね』なんて言わない。そう思い立ってしまった俺は、考えるよりも先に彼女を引きとめた。

もう一度落ち着け。浮かぶままに精一杯の誘いをかけるんだ。

振り返った光の顔を見つめて、少し上ずった声で、言った。

「あのさ…話したいことがあるんだけど、今夜、一緒に祭り行かね?」

「…ごめん。勉強忙しいから」

えっ?


返事をする間もなく、光は表情を隠し、廊下を通り過ぎていった。ほんの一瞬、ほんの一言の会話だった。絶好だと思っていたチャンスを、いともあっさりと逃してしまったことに遅れて気がつくと、へなへなと床へ崩れた。

「終わっ…た……?」





「ごめん。勉強忙しいから」

そう言って、目の前の少年を視界から外し、角を曲った。


やっちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

なんで断ったの?!普通にOKしとけばいいのに、「いいよ」と一言いうだけでいいのに、つい勢いと動揺で断ってしまった……

第一声が謝っていなかったとはいえ、きっとあれは祭りの最中に話したんでしょうよ!何でそんなことすぐに気づけないの?!

「もうイヤ。爆発したい…」


ふらふらとした足取りで廊下を歩いていると、見たことのある、小さな背中が目に入る。

瞬間、彼女に頼るしかないと確信し、迷わず泣きついた。

「希実ちゃん!助けてぇぇ!」

「えっ?なにが、どうしたの?!」

「せっかく誘ってくれたのにね、私がぁぁぁぁ」

「とりあえず落ち着こう?何言ってるか全然わかんないから!」


駅前の、中学生や高校生が多く集まるカフェへ移動し、ゆっくりと経緯を説明した。

小10分ほどで話し終えたところで、希実ちゃんは飲み干したカフェオレを置き、冷静に状況を説明した。

「で、気分のような雰囲気のようなものに流されて、たく兄のお誘いを断ってしまったと」

「私の熱弁をたったの一言で?!」

「あってればいいじゃない。てことは、そろそろ…」


ふと希実ちゃんのケータイが鳴る。一応、文面をチラリと確認している。

たく兄『しにたい』

「やはりか」

「えっなにが?」

ケータイをテーブルの上に放置し、再び話へと戻る。


「たく兄はさ、冷静そうな顔して結構バカなの。向けられた言葉全部真に受けちゃうような人なの」

「存じております…」

「光ちゃんのことになると余計にバカになって、たいしたことはないのに死ぬほど後悔して落ち込むことが頻繁にあります」

たく兄『これって夢かな?』

…そっとケータイをポケットに仕舞う。


「だからきっと、もう一度誘ってくるようなメンタルは持ち合わせてないわけ。こうなるとまずいの、わかるよね?」

「はいぃ…」

「だからたく兄サイドは私に任せて。なんとかしてあげるから、合図があるまで絡まないこと。いい?」

半目でそう言われた私の心は一瞬にして舞い上がり、希実ちゃんの両手を掴み、上下に激しく振った。

「ありがとうございます!神様仏様希実様ぁ!!」

「べ、別にいいけどさ…光ちゃんだから、こうして助けてあげるんだからね?付き合いも長いし、他の女にたく兄盗られたくないし…本当なら光ちゃんにも渡したくないんだからっ!」


あっと声を漏らし、希実ちゃんの口が塞がる。なんとなく察した私は、ニヤリと笑顔をつくり、顔を近づけた。

「ははーん、へぇ…」

「た、たく兄に言っちゃダメだよ?言ったら今後協力してあげないからね?!」

「それは勘弁してくださいぃ!!」

「もう…何でこれは察せて、たく兄のことはさっぱりなの?わざとなの?」

「え、どゆこと…?」

またも呆れたため息をつかれ、どっとソファにもたれかかる。


「ホント、世話のかかるバカップルだなぁ」

たく兄『ねえ、夢だよね?なんで無視するの?』

「もううるさい!爆発してしまえ!!」

「いきなりどうしたの?迷惑メール?」


とりあえず、巧との祭りはなんとかなりそう。希実ちゃんの手は借りちゃったけど、仲直りできる気がしてきた。

そしてちゃんと言わなきゃ。巧と同じ高校に行きたいって、巧のことが、好きだって…


「ありがとね!今日、絶対頑張るから!」

「うん、陰でひっそりと応援してるからね、ファイトッ!」

カフェを出て家までの帰り道、分かれて歩き始めた頃、祭囃子の賑やかな音色が響いてきた。それらに、気が引き締められる。


「よぉし、頑張るぞ!!」





「希実ぃ…俺はもう、もうだめだ。生きてゆく自信がない」

「あーーーもう。どうしてこうも面倒な人ばっかりなのよ!!」


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