ヨクジツ
隔日更新なんて調子こいてすいませんでした。
ゆっくり更新していこうと思うので、よろしくお願いします…
前略、俺はいま猛烈に悩んでいる。
タネは他ならない、幼馴染みとのトラブルに関することだ。
生まれた頃から、といっても過言ではないほど長い付き合いになるその娘といま、初めて本格的なケンカをしている。
といっても、悪いのは完全に俺なわけであって…彼女にまったく非はない。
しかし彼女の頑固っぷりには舌を巻くばかり。一体どうすれば和解できるだろうか…?
「相河ーそっちいったぞ?!」
「へっ?」
瞬間、俺の目の前には、よく見慣れた球体が迫っていた。
頭より一回り小さな、サッカーボール。それが俺の顔面へ直撃した。
「相河が顔面トラップしたぁぁぁ?!」
「しっかりしろ相河ぁぁぁ!」
情けなく尻もちをつき、ぶつかった鼻を抑えた。
これがまあ痛い。滅多に起こることでないが、サッカーを始めた頃以来の痛みに、ただ悶え苦しんでいた。
「ぐぁぁぁっ…超痛てぇ…」
「ぼーっとしてただろ?それとも最新のテクニックか?」
「そんな痛々しいテクニック誰がやるか!あっやべ」
鼻から何やら液体が垂れてきたのを感じる。手で拭うと、それは真っ赤な血だった。血は留まるところを知らず、ボタボタと容赦なく体操着へ垂れてゆく。
「大丈夫か相河!保健室いくぞ!!」
慌てて走ってきた体育の先生に連れられ、無念にもグラウンドをあとにした。
「体育でなにやってんだ、あいつ?」
クラスメイトの一人が、今にも吹き出しそうな顔で巧の背中を指さした。
「1組の真柴とケンカしたらしいぜ、いよいよ破局か?」
それに面白がって、男子たちが次々と群がってきた。
「いやいや、まずあいつら付き合ってねえし」
「マジで?!あんな仲いいのに、もったいねえな…巧だってモテんのに」
「色々あるんだろ、あいつにもさ」
「お前らは続きをやってろ!!」
背中を向けたまま怒鳴る先生にビクつき、そそくさと授業を続行した。
「くっそ、なにやってんだ俺」
ティッシュをちぎって丸め、鼻へ押し込む。保健の先生は不在で、いまは保健室に一人である。
本当ならあのとき、伝えるべきだった。
いや、いつ伝えても反応は同じようなものだったのかもしれない。実際に手段はたくさんあったとしても、きっとあれが最低の方法だった。
そうであったがために、余計に自分に腹が立つ。
…そういえば、昔も鼻血を出して保健室に運ばれたっけ。
あのときは猛スピードの光が突っ込んできて、頭が鼻頭に直撃して、声をあげて泣いたな。当の光も、泣きべそかきながら俺を慰めてた。
なにかしらトラブルに巻き込まれるときは、必ず彼女が隣にいた。
彼女がいなければ、俺はどうなっていただろうか。そんなことを、清々しい青空を見上げながら考えていた。
♡
「あれぇ〜?どうしたのそれ、だっさ〜」
廊下ですれ違うなり、まずそう言ったのは、妹の希実だった。
こういうときに限って学校で会うとは…
「ぶつけただよ」
「ふ〜ん。どうせ体育でもボーッとしてたんでしょ?教室から見えてたよ」
「見んなよ」
すると希実はまたニヤリと笑い、そっと口を巧の耳に近づけて言った。
「今日も行くんでしょ?光ちゃんとこ」
「なっ!」
どうも相河家は恋愛事情に鋭い方が多いらしい。この妹も例外ではない。特に母は恋愛に限らず、まるで俺達の頭の中でも見透かしてるかのような観察の鋭さ。元看護師のスキルは伊達ではない。
その遺伝子を継承して誕生したのが、こいつ。将来が楽しみであり心配だ。
「…別にいいだろ。俺は早くこの、モヤモヤするのは嫌なんだよ」
希実は返す言葉はない、と口元に笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「じゃあ、ちゃんと言わなきゃダメだよ?」
「ああ、分かってるよ…」
「『光が好きだ!俺についてきてくれ!』ってな?」
「おい!声がでかいしそんなことは言わない。それより…お前はいいのか?」
「何が?」
希実の表情に悪意はなく、純粋に首を傾げていた。それに呆れて、敢えて今一度突きつけた。
「お前もその…恋しなくていいのかってことだよ」
「えっ、私は…二人がくっつくまで後回し!!だから早く」
『キーンコーンカーン…』
ここで、チャイムに声が遮られた。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、同時に話すのも止めた。
それに、このまま話していればどんどん彼女の思うツボになるから、と踏んだのだ。踵を返して逃げるように去ってゆく巧の姿を、希実は立ち止まって見ていた。
「一言いうだけでくっつくのに、ヘタレ兄貴」
囁かな暴言は宙を泳ぎ、巧に届くことなく消えていった。
♡
前略、私はいま猛烈に悩んでいる。
タネは他ならない、幼馴染みとのトラブルに関することだ。
彼は幼馴染みである私に相談一つもせずに進路を決め、一人で東京で行くことを決めてしまった。
それがショックで今日、学校を勢いで休んでしまい、皆勤賞を失うという結果に終わったのだった。このまま彼を許すだろうか?いや許さない。
今日きっと彼はやって来る。そのときが寿命!!既にトラップも仕掛けた、凶k…教科書も持った。
あとは病気のフリをして近づいたところへドーン!はい終わり!!
「ふっ巧め…この私を怒らせたことを後悔するがよろし!!」
「キャーー?!」
突然廊下から叫び声が聞こえ、慌てて部屋から飛び出し廊下を見ると、見事に罠に引っかかり捕獲用ネットに絡まった母が半ベソをかいて座り込んでいた。
「ママが引っかかっちゃダメだよ!!」
「ひーん…普通に歩いてただけなのに…」
ママのドジっぷりを甘く見てた。これは無しだ。
「次はどんな罠をかけてやろうか…」
「ねえ、光?」
布団へ転がった矢先、背後にいた美春に話しかけられ、顔を向ける。彼女は神妙な顔で、光へ問うた。
「光が巧くんへ怒るのは当然のことよ、気持ちはよくわかるわ。それでも、今からやることは、本当にすべきことなの?」
そんなこと、やる前から思っていた。どうでもいい説教をしたところで、それはただの八つ当たりで、彼の進路は変わらない。
気持ちも、運命も、何も変わりはしない。無意味な復讐なのだと、分かっていた。
「でも…やらなきゃ気が済まない!」
「そう、ならいいんだけど…私からは、寛大な処置を要求するわ」
見慣れた優しい微笑みは、いつもより美しく見えた。
優しさは人を魅力的に見せることがあるが、今まさにその場面に遭遇した。
「ママって…かわいいよね」
「えっ?ど、どうしたの光?」
「妖狐だから歳より若く見えるのは当然だけど、優しいし美人だし…おっぱい大きいし」
「う、うん…よくわからないわ」
とことん鈍いママには、遠まわしの台詞は効かなかった。ボケもスルーされたし。
「私には、そんな魅力がないってこと」
ひとつため息をついて、窓の外を眺める。
「…ママはさ、どうしてパパを好きになったの?」
思いがけない台詞に戸惑いを見せながらも、ママは私を見透かすような、もっと遠くを見据えているような目で答えた。
「どうしてだろう。初めての出会いは散々だったわ、隠してたこれを見られてね…もしかしたら、もしあのとき愁くんが私の秘密を知らなければ、光はここにいないのかもね」
「偶然、なんだね?」
「ううん、私はこれが運命だと思うの。仮に知られなくても、どこかで交わって、どこかで惹かれあったんだと思うよ。こんな人外の私を受け入れてくれる人なんて、そういないわ」
そう言いながら、自分の尻尾を胸の前に回し、優しく撫でた。
ママは最初から人間ではない。知っていたが、あまりに日常的な事実を再び思い知ったところで、別の疑問が浮上した。
「ママは、パパよりも長生きするよね?」
その言葉に、ママは表情を曇らせた。わからないからではない、真実を知っているといった表情。
「そうよ、私は数百年と生きるわ。きっと半妖である光も、人間よりずっと長生きするわ」
「…辛くないの?」
「辛いことだって、分かってるつもりよ。それも受け入れて、愁くんのもとに帰ってきたんだもの」
この人は、私の知っているママではなかった。
いつもドジで可憐なだけの女性とは違う、覚悟を腹に決めた大人の女性。歳不相応な若すぎる外観に似合わない壮絶な人生は繋がり、一人の人間をつくった。例え生業は妖怪なのだとしても、人生という長い時間が人間を形成した。こういった大人になりたいと、思った。
「…ママ、お願いがあります」
「なぁに?」
前々から、頭の隅で考えていたことだ。宣言することは苦ではない。許してもらえるか怖かったけど、今言わなければ好機を失う気がしてならなかった。
だから、言う。
決して私ひとりでは叶えることのできない、願いを。
「私…巧のいく高校を受験したい!」
「そう…やっぱり言うのね」
どうやら勘づかれていたようだ、反対覚悟で言ったのに、と拍子抜けしていた。
「それはまだ愁くんと相談中よ。それよりも問題は別にあるわ」
ママの声音が低くなり、引き締まった表情に、ゴクリと生唾を飲む。
「問題とは…?」
「いまの光の成績じゃ、練馬東高校に合格するのは厳しいの」
…なっなんてこった!!!
考えていなかった、受験とはテストを受けて、さらに日頃の学校の成績を考慮して合否が決められる!
そして私の成績は…あまり芳しくない!!
「ど、どうしよう!このままじゃ私、本当に巧と離れちゃうよぉ」
「解決策はたった一つよ」
たてられたママの右手人差し指を見つめ、返答を待つ。そしてゆっくりと、口が開かれる。
「勉強しなさい、それだけよ」
イィィーーーーーーーーーヤァァァーーーーーーーーーー!!!!!!
勉強なんていままで真面目にやったことありません!!やりたくありません!!
でも巧のため…うぅでも勉強はぁ………
「私はあんまりだけど…愁くんやなっちゃんも頭いいし、大丈夫だよ!」
「今からで間に合うの?!」
突然えも言われぬ不安が襲いかかってきて、全身から冷や汗が吹き出した。
これから始まるのは、血も滲むような受験勉強の日々…?
「受験生なんてイヤァァァァァァ!」




