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仲間たち

 多くの人々が亡くなった朱炎騒動。旧ギルド・ベースは朱炎による汚染を恐れてか、完全に解体される運びとなった。いつ死ぬかもわからない探索者に加え、多くの一般市民が犠牲になったにも関わらず、復興作業は、驚くほど迅速に進んだ。それにはクレバスやイバラ、そしてカストルの力が寄与していることは言うまでもない。

 だから、必然、出発は夜中になる。

 あの日のような月と、そして、しんしんと降り積もる雪を、カストルは見返る。カストルの顔もまた、病的に白い。ただ違うのは、長年ランドマークとして街の中央に陣取っていたギルド・ベースは今やなく、代わりに、雪の世界には相応しくない、巨木が聳え立っていた。

「いいのか、シュガー・ハイ」

 クレバスのたずねる声だけが、夜にしみこんでいく。リヴァーシの中央街道他には誰もいない。イバラも、ラキさえも。

「いいんだ」

 カストルは言った。

「あいつらは、ここで生きていくべきだ」

 ラキはカストルの呪縛から逃れるべきだし、イバラはラキの力の制御をすべきだ。何より、今イバラがこの街を出て行ったら、それは街を荒らしつくして逃げるのも同然で、それは何とかこの街に受け入れられるよう、四方八方に手八丁口八丁を尽くしてくれたママとビトウに対する裏切りになるだろう。

「まったく……てめェを看取る責任をオレだけに負わせる気かよ」

「そうなるなあ……悪いけど」

「ま、いいサ。誘ったのはオレだかんナ」

 そう言って、笑いかけたクレバスの歩幅と、ペースが乱れた。街を取り囲む外壁の、出入り口の輪郭が見え始めた頃のことだった。

「どうした、クレ……」

 口を開いてすぐ、カストルにも理由が飲み込めた。白い雪の壁には、四つの人影が浮いていたから。

「ラキ……イバラ……ママ……ビトウ……!」

 それから、カストルが駆け出すまで、それほど時間はかからなかった。クレバスを追い抜いて、吸い寄せられるように外壁へと走る。誰にも挨拶せずに、静かに去ろうと思っていたのに、また彼らの顔が見れると思うだけで、心が逸った。

「どうしてここへ?」

 その問いは二つの意味を含む。ひとつは、なぜ彼らがここに来たかということと、もうひとつは、街には東西南北に外へ続く門があり、なぜカストルたちが向かう門がわかったのか、ということだ。

「簡単よ」

 ラキが得意げにウインクする。つい数日前には考えられなかった明るい表情を見せる彼女は、その頭に大きなヘッドホン型の遺物を付けている。それを介して、《虎中の天》の声を聞いているらしい。

「こっちは私たちが住んでた家がある方角だから。最後に一目、見てから行くんじゃないかと思ってね」

 まあ、ママは全方角に自分の分け身置いてるんだけどね、と付け加えると、ママは顔を真っ赤にするが、すぐに咳払いをして、普段の平静さを取り戻す。

「私たちも、あなたに挨拶をしなきゃと思ってね。私はあなたにひどいことをしてしまったわ」

「いまさら気にしてないよ。俺だって疑われる理由がなかったわけでもないし」

 カストルは、困ったように言った。

「また、会えるかしら?」

「たぶん無理だと思う」

 カストルは、こけた頬で、美しく微笑む。そしてママの肩を抱いた。

「どうか元気で。長生きしろよ、ママ」

「さよなら、カストル・ポルックス」

 名残惜しげに、ママとの抱擁を終えたカストルに、手が差し出される。引き締まった筋肉をまとう、男の腕。ビトウだ。一も二もなく、その手を掴み、その顔を見上げる。精悍な顔はそのままに、ひげの一切がそり上げられ、スマートな雰囲気を醸し出している。無理もない。今は彼が新たなギルド・マスターなのだ。

「ありがとよ。カストル。お前との戦い、楽しかった」

「こちらこそ、ビトウ。この街の復興事業、がんばってくれ」

「お前も、死ぬなよ」

 戦友は、笑顔を交し合った。

「というわけで、お別れ会はこれでおしまいでーっす」

 ラキが能天気な声で言った。

「……? まさかお前ら」

「当然! ついていくに決まってんじゃん!」

 ラキは握った拳を高く掲げる。イバラも、それに続いた。

「ダメだ」

 カストルはすげなく言った。

「この街には、イバラ。お前が、緑の天使が必要だ。そして、ラキ。お前にもな」

「……まるで俺が実力不足とでも言いたげだな、カストル」

「実際そうだろ、ひよっこギルマス。……という現実はさて置いても、疲弊しきったこの街には、旗印が必要で、それはイバラ。お前以外にありえねえ」

 カストルは、イバラの目を見る。イバラもまた、カストルの瞳をジッと見据えた。その目からは、一切の後ろめたさは伺えない。本気で、そう思っているようだった。

「ばかな人ね、カストル君は」

 だから、イバラは小さく笑った。

「この街の人々には、生きようという意志がある。見てなかったのかしら? この街の人々は落ちてくるギルド・ベースの破片たちから、自分の力で自分を、街を守ったのよ。だから、この街は大丈夫」

 そしてやっぱり、カストル君はこの街に残る指導者としては、ビトウさん以上に不適格だ。イバラはそう思った。

「彼らと、朱炎を見て、こうも思ったのよ。神に『我』は不要。これからも人々が生きるために都合のいい理想像として存在するべきだ、って」

 沈黙が、カストルとイバラの間を通った。

「だから、私もあなたたちに同行させてもらうわ」

「クレバス、積載量的に大丈夫なのか、これ……」

 助け舟を求めるかのように、カストルはクレバスを振り返ると、クレバスは困ったような顔をした。

「……可不可で言やァ可だがよ、ちょっとどっかで資材確保するまではギュウ詰めだから、それは覚悟しろヨ」

 クレバスが呆れたように言うと、ラキとイバラは目を輝かせ、鋼の手を取り、口々に賞賛した。

「ごめんなさいねクレバスさん。本当は二人っきりがよかったのかもだけど、でも、兄さんが長生きした方がいいでしょ?」

 それに、どうせ奪い合うなら正々堂々勝負した方が心象いいんじゃない? とその耳もとでつぶやくと、肌の樹脂が少し赤らんだ。

 イバラもソプラノボイスで高らかに歌うように言う。

「そうそう! カストル君の延命のためには私の治療が不可欠なのよ! それにカストル君以外にも、私の治療を待ち望んでいる人はきっと世界にいくらでもいるはずだわ!」

「っとか言ってるけど、本当は意識してるんだよね? キスしちゃったこと! 童貞と処女でお似合いだね!」

『やかましい!!』

 二人の声と拳が揃って、ラキの頭を小突いた。小さな笑い声が、リヴァーシの夜を、ほんの一瞬だけ彩って、また静寂が包み込んでいく。それは、おおむね静かな夜だった。

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