010
「どこ行くんだよ!」
「…ノヴェッリに戻る。ホルヘに会わないと。」
どくどくと体全体が心臓のように、強く波打つ感覚がする。
「しばらく放っておいて。」
船着場で出発間際の船に急いで飛び乗る。
レオも慌てて乗り込む。
そのまままっすぐ甲板に向かい、煙草に火をつけた。
1本、2本、3本…立て続けに吸っても、まったく気持ちが落ち着かない。
ノヴェッリに戻ってからも打ちのめされた心は全く回復せず、次の日、陽が高くなって来た頃、ようやくベッドから起き上がった。
ホルへと会うために港に向かう準備をする。
外に出ると、レオたちが待っていた。
(あれ?そういえば、時間言ったっけ?)
「トニアちゃん、おはよぉ〜!」
ロッコが大きく手を振りながら、近づいてくる。
早く早くと、馬車に押し込まれる。
「あぁ〜あったかい!寒くて死ぬかと思った〜。」
「もしかして…ずっと待ってた…?」
ロッコを見上げながら、おずおずとトニアは尋ねる。
「もう〜馬車の中で待てばいいのに、若ったらさ…」
ガンっ、と向かいに座るレオがロッコの脛を蹴る。
馬車を停めると、広場を抜けて、ホルへの船まで向かう。
荷物の積み込みがちょうど終わったところのようで、ホルヘがこちらに気づいて手をあげる。
トニアがロッコにちらりと目をやると、担いでいた麻袋をホルへの前にどすんと置いた。
「アーモンド…ですか?」
袋の中身を確認して、トニアに顔を向ける。
昨日シリアーノに言ったのは支払いだけではなく、これを取りに行くのも理由の一つだった。
トンボ帰りしたトニアに代わって、ルカが調達してくれたものだ。
…これは他の船には言ってないんだけど、と前置きして話し始める。
「航海中に妙に怯えたり、怒りっぽくなる船員とかいない?」
そういう時は、これを試してみて。と、近くの樽にロッコを座らせ、木づちで軽く膝を叩いてみせた。
彼の膝がポーンと跳ね上がる。
「あっはっはっ!何これ!」
見た?見た?と子どものようにはしゃぐロッコ。
「もし、膝が跳ねない船員がいたら、これ食べさせればいいから。」
「あれも解決できるんですか!てっきり、航海中のストレスのせいかと…。」
ありがたく頂きますね、と礼を言って、ホルへは船に積み込むよう指示する。
「今回は差し上げますが、次回からはうちから買ってくださいね。」
まったく、ルカはしっかりしている。
ちなみにアーモンドもシリアーノの名産である。
「…準備は終わった?」
「えぇ、おかげさまで万全です。」
トニアは手持ちが心許ないホルヘに、少し資金を援助していたのだった。
彼のおかげで稼いだようなものだったし、もちろん治療法の情報料ももらわなかった。
そのせいで、ルカにはひどく責められたが。
(ルカには関係ないお金じゃん…。)
「頼んだものは覚えてる?」
もちろんです。と、胸元からメモを取り出し順番に読み上げていく。
「ん、大丈夫そうね。それじゃ、これ。」
持っていた紙袋をぐいと、目の前に突き出す。
ホルへは妙な重さに違和感を覚え、その場で開けると現金を丸めた束だった。
「え…っ?」
「仕入れに使って。」
次の瞬間、トニアがホルへのシャツの襟を掴んで引き寄せると、声を低くして凄む。
「持ち逃げするのは勝手だけど、約束のものを持ってきたらこんなもんじゃないわよ。」
自分より背の低い少女に胸ぐらを掴まれたのにも関わらず、ホルへは怒りが湧くよりも、その勢いに飲まれて動けなかった。
「たかがその程度で、世界の交易港ノヴェッリから手を引くのは勿体無いでしょう?」
手を離し、ホルへの胸元を整えながら、トニアが続ける。
「戻ってきたら、ばかみたいに稼がせてあげるわよ。」
紙袋を抱きしめながら、無言でホルヘがコクコクと頷いた。
トニアは満足そうに彼の顔を見上げ、ニヤリと言い放つ。
「さっさと戻って来てよね。」
遠ざかるホルヘの船をトニアはいつまでも見つめていた。
一日でも早く戻ることを願って。




