5歳。やり直しています。
「生きてる……」
私はベッドから飛び起きて、鏡を見に行こうとした。
――ドサリ。
ベッドから転げ落ちてしまう。足が短い!
「どうなっているの!?」
起き上がって、鏡に向かう。
手足の短さから何となく予測していたけれど、鏡に映っている私は……。
「四、五歳ね」
伸ばしかけの髪の毛は、肩より下くらい。
たぶん、それくらいの年齢だろう。
「……やり直してる」
私は、呆然と鏡を見つめた。
* * *
やり直す直前の記憶を振り返る。
――美男だった。たぶん王国一の……いや、大陸一かもしれない。
「ちょ……美貌の衝撃が強すぎて、大事なことが何も思い出せないじゃない!」
現状思い出せるのは、家庭教師アラン・レイディスの顔だけだ。
いつもモシャモシャの前髪に顔の上半分を隠していたのに、あのときだけ淡い茶色の前髪を上げていた。彼の瞳の色は、世にも珍しい紫色だった。
「それ以外……何も思い出せないわ」
私は、もう一度鏡を見た。白銀の髪に金色の瞳。猫のようにつり上がった目。気が強そうな印象だ。
それにしても、今日は何月何日だろうか。
私は、部屋に備え付けられたベルを鳴らした。
間髪おかずに、侍女が入ってくる。
「シエラお嬢様、お誕生日おめでとうございます」
「――ありがとう」
――五才の誕生日だ。
後からわかったことだが、彼女は私の誕生日の翌日に侍女を辞めて高齢の貴族の後妻になった。実家の資金繰りが悪くなり、病気の弟の治療費を捻出するためだったと聞いた。
考え事をしていると、髪の毛がツンッと引っ張られる。
「いたっ」
「……申し訳ございません!」
本当にちょっと痛かっただけだ、
確かこのあと私は泣いてしまい、彼女は叱られるはず。
――当主が代々魔術師団の幹部を務める我がレルート伯爵家。幼少期、私は甘やかされていた。
彼女が辞めてしまったのは、自分のせいではないかと思っていた。彼女の抱えていた問題を知ったのは、ずっとあとのことだ。
少しずつ思い出してきた。
けれど、最後の記憶は、家庭教師アラン・レイディスの顔ばかり。
(確か、十八歳の誕生日に、隣国に情報を流した罪で捕らえられたのよね?)
王族であろうと裁かれるような重罪だ。普通の令嬢であれば、そこまで有益な情報を他国に流すことは出来ない。でも、私は普通の令嬢ではなかった。
流れた情報は私が掴んでいた極秘情報だった。だが、王国を裏切ってはいない。
それはともかく、私のことを追い落としたい人間は多かった。
伯爵家に生まれた私は、特殊な能力により十八歳の時には王立魔術師団の少尉の地位にあったし、第二王子殿下の婚約者でもあった。
王子殿下の婚約者だったのだ。捕らえられたと言ってもすぐに刑に処されたわけではない。
屋敷への軟禁を命じられ、王城から戻る最中に――。
(誰かに殺された……?)
「毎日、王子妃教育に加えて王国のために働かされ続けるばかりで、何も楽しい思いもせず……?」
「お嬢様、どんな罰でも……!」
侍女は青ざめている。
彼女の声で誰かが集まってくる前に、まずは解決しなくては……。
「大して痛くなかったわ」
「で……でも……」
――もしかして、ここが運命の分かれ道なのかもしれない。
「いいの。アンのことを許すわ……。ミスは誰にでもあるもの」
「シエラお嬢様……!」
私はにっこりと彼女に笑いかけた。
侍女の名前はアン。男爵家の長女。
彼女は感激しているようだが、私がこれから幸せに生きていけるように協力してもらうとしよう。
「さあ、今日は誕生日よ。あなたも一緒に祝ってね?」
「はい……もちろん、心からお祝いさせていただきます」
「あと、お父さまにお会いしたいのだけど」
「今でしたら、まだお屋敷にいらっしゃるかと」
「すぐに会いたいの」
私は着替えを済ませると、お父さまの書斎に向かった。
* * *
「お父さま!」
「シエラ……?」
お父さまは驚いた表情を浮かべた。
実は、昨日から私はお父さまと口をきいていなかったのだ。
王国軍の魔術部幹部であるお父さまは、とてもお忙しい。
でも、五歳の誕生日は一緒に祝ってくれると約束していた。
それなのに……誕生日の前日に隣国から要人が訪れたのだ。
お父さまはその対応のため、誕生会に参加できなかった。
私はそのことに怒って、お父さまが帰ってきても挨拶もせずに自室に閉じこもった。
――それが、昨晩のことだったはずだ。
誕生日の出来事だったため、鮮明に覚えている。
それに、誕生日の翌日には新しい出会いもあった。
「お父さま、昨日はごめんなさい」
「……いや、俺のほうこそシエラの誕生日を祝うこともできずに」
「お父さまはお仕事なんだから、仕方がないと思うわ。私が大人げなかったの」
「シエラ……!」
お父さまが目を潤ませた。
娘に甘いお父さま。王国軍では鬼大佐だと恐れられているらしいが、本当なのだろうか。
「それでね、家庭教師のことなんだけど……」
ここでしっかり言っておかなくては。きっとまだ間に合うはずだ。
お父さまは、早朝に出かけて夜中に帰ってくる。
そして、誕生日の次の日――新しい家庭教師を連れてくるのだ。
「おや、どこで聞いたんだ?」
「それは……。あの、私、家庭教師は……」
彼では嫌だと言うのだ。
そうでなければ、巻き込んでしまう。
彼は、私があらぬ疑いを掛けられても唯一味方になってくれた。お父さまはすでに他界していた。
――あとから調べてみれば、お父さまの死には不審な点が多かった。
そして記憶にある限り、アレンは最期の瞬間にそばにいた。
王立魔術師団に深く関わる我が家。民間人である彼をきっとまた巻き込んでしまうだろう。
今ならまだ、彼が家庭教師になることを断れるはずだ。
「丁度良かった。紹介は明日になると思っていたが……呼んできてくれ」
「うそ、一日早い!?」
侍女はすぐに部屋から離れ、ほどなく彼を連れてきてしまった。
(アラン……)
アランは記憶よりも背が低い。出会ったときは、こんなに幼い印象だっただろうか。
それもそのはず、私の精神年齢は十八歳。体感では彼は年下なのだ。
「本日付で、シエラお嬢様の家庭教師になります。アラン・レイディスと申します」
十三歳。五歳の時にはずいぶん年上に思ったが、今思えば若すぎる。
だが、家庭教師としての能力はすでに一流だった。
それもそのはず、彼は魔術の天才なのだ。
やっぱり彼の顔の上半分は隠れていた。
でも、私はすでにその髪に隠されているのが絶世の美貌であることを知っている。
アランの口元片方だけつり上がった……気がした。
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