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スクリーム・ノート II  作者: 藤沢凪
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五十三頁    羊 陸   『三上恵理奈と十六文字羊子』

 五十三頁

 

 羊 陸

 

『三上恵理奈と十六文字羊子』

 

「ねぇ? 話しあるからさ、放課後残ってくんない?」

 

 昼休みに三上さんにそう言われました。

 

 何の用件なのでしょう? 別荘でわちゃわちゃあってから一週間程経ってます。その間、三上さんとの会話はありませんでした。わたくしに、何の用があるのでしょう?

 

 ……マジで、怖いんです。恨み持たれてます? 催眠術だけじゃ防御しきれませんね。武装しましょう。でも、凶器の扱いなどは三上さんを上回る事など出来ません。それに、凶器など持ち合わせていません! ……やはり、わたくしは催眠術で対抗しましょう。予備催眠を、掛けておきましょう。

 

 今までの経験から、三上さんは催眠術に掛かり易い傾向にある事が分かっています。放課後まではまだ時間があります。その間に、チックッタックという魔法の言葉を掛けてあげれば良い。

 

 しかし、警戒されているかもしれない。警戒心が強いと、催眠というのは掛かり辛くなってしまうのです。そこで、奥の手の登場です。わたくしは自分のノートに、チックッタックチックッタックと書き、そのページを破ってポケットに忍ばせました。

 そうなんです。これは誰にも言った事は無いのですが、わたくしは自分の書いた文字を見せるだけでも、他者に催眠を掛ける事が出来るのです! この文字を、三上さんに見せられれば……

 

 わたくしと三上さんの席は離れています。授業中に不意を突く事は出来ないでしょう。授業と授業の合間の休み時間に、三上さんに近寄って行き声を掛けました。

 

「三上さん? 放課後残るというのは、具体的にわたくしは何処に居れば良いのでしょうか?」

 

「あっ? 教室に居てくれれば良いよ」

 

 そんな事は分かっています。ただわたくしは、これを見せたくて近寄っただけなのです!

 

 その時、三上さんの後ろから鋭い視線を感じ取った。

 

「あっ……」

 

 猫宮さんがめちゃくちゃこっち凝視してる‼︎ ちょ、ちょっと⁉︎ あなたは絶対こっち見てちゃいけないんです‼︎ あなた予備催眠で勝手に謎のダンス踊り出すんですから‼︎

 

「はっ? どうした?」

 

 三上さんが、躊躇してるわたくしに疑問を持ってしまいました。

 

「い、いえ、なんでも……」

 

「なんだよ? 構えんなよ。悪い様にはしねぇから」

 

 怖いんですけど⁉︎ よ、予備催眠を……猫宮さんの視界には入らない様にこのノートの切れ端を三上さんに見せれば良いだけなんですから……

 

「え、恵理奈ちゃん? な、なに話してるの?」

 

 天羽佑羽⁉︎ クソ邪魔なんですけど⁉︎

 

「いや、別に? 十六文字、また後で」

 

 追い払われたァァァァァァッ‼︎ も、もう厳しいか? でも、このノートの切れ端を見せれば良いだけだから……

 

「あっ、ね、猫宮さん? ちょっと話そうよぉ?」

 

 何故猫宮さんを呼ぶんですか⁉︎ あなた達そんな仲良く無かったでしょ⁉︎

 

「あっ、ハハッ、ヒヒッ」

 

 何ですかその返事⁉︎ 何かしらの関係性の変化があったのでしょうか……一度、撤退しましょう。

 

 や、ヤバい……授業が全然頭に入って来ない……も、もうすぐで放課後じゃないか⁉︎ わ、わたくしは、何をやっていたのか⁉︎ あ、アァァァァァァァァアッ‼︎ い、嫌だ! 嫌だ嫌ダ‼︎ 死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い‼︎ ゆ、優子さんに相談を……でも、でも……

 

 迷惑じゃ、無いかな? わ、わたくしは、優子さんの為なら、どんな面倒事だって受け入れられるけど、彼女は、違うんじゃないのか? それに、まだ手の傷が癒えて無い。そんな彼女を、戦場に連れて行く訳にはいかない。

 

 ……できないのか? ……わたくしには、ただ、死を待つ事しか出来ないのか……

 

「……かみ。それじゃあ答え書いてくれ」

 

 先生の声で、わたくしは我に返りました。

 

「はーい」

 

「あっ……」

 

 ちょっと声を出してしまいました。近くの席の人からは少し見られましたけど、そこまで注目の的になる事はありませんでした。

 

 ってか、千載一遇のチャンスです! 三上さんが、黒板に答えを書きに行きます! わたくしは、ポケットから紙を取り出し、机の下にスタンバイさせました! こ、ここで、席からこの紙を広げて、三上さんに見せられれば……

 

 駄目ダァァァァァァァァアッ‼︎ 全然気付いて無かったですけど、授業してるの猪本教諭じゃないですか……あの人も予備催眠で勝手に暴走しちゃうんですから‼︎ こっち向いてる訳じゃ無いですけど、たまたまこっち見て催眠に掛かり、またようたんなどと喚かれると迷惑なんですよ。

 

 ってかよく考えたら、三上さんに予備催眠を掛けたらどうなります? 猫宮さんや猪本教諭の様に、催眠が暴走する可能性があるのではないでしょうか? 三上さんの場合どうなります? きっと、殺人衝動に駆られ、クラスメイトを傷付けてしまうのではないでしょうか?

 

 それって、誰のせいですか?

 

 ……それは、わたくしのせいでしょう。三上さんに、予備催眠を掛ける事は諦めた。

 

 放課後、席で待っているわたくしに、三上さんが声を掛けて来た。

 

「それじゃあ、ちょっと人居ない所まで来てくれない?」

 

 そんな誘い方がありますか? でももう、抗う術が無い。

 

 わたくしは小さく頷き、三上さんの希望する場所へと付いて行きました。連れて行かれた場所は、誰も居ない屋上でした。わたくしはずっとポケットに手を入れ、プルプル震えながらノートの切れ端を握り締めていました。

 

 暫くの静寂、それを切り裂き背中を向けていた三上さんが振り返ると、血走った目でわたくしの肩を掴もうとして来ました。

 

「な、ナァァァァァァァァァァァアッ⁉︎」

 

「イヤァァァァァァァァァァァァアッ‼︎」

 

 わたくしは悲鳴を上げ、その場に尻餅を着きました。

 

「なぁんだよォォッ⁉︎ なぁんで逃げるのぉ⁉︎」

 

 そりゃ逃げるだろ⁉︎ 怖すぎなんだよ‼︎

 

「だ、だって……」

 

 こ、ここで、右手に掴んでいる紙を広げて見せますか? でもそれで、催眠が暴走してしまえば、他にも犠牲者が出てしまうかもしれません。でも、このままじゃわたくしは殺されてしまいます‼︎ でも、でも……

 

「な、ナァ⁉︎ お、お前、お前お前お前お前お前オマエオマエオマエオマエざぁ⁉︎ い、イヒヒッ、い、良いィチカラ持ってんナァ?」

 

「だ、だから何ですか⁉︎ わたくしをここで殺せば、あなたは捕まって誰も殺せなくなりますよ⁉︎」

 

 今はもう、催眠術に頼る事はやめましょう。相手の心理に訴え掛けてやります! 今わたくしを殺せば、すぐ捕まって彼女の願望であるのであろう、大量殺人を行え無くなります。大丈夫……わたくしなら出来る! 父から習った催眠術、幼い頃からその指導を受けていました。まず心理学から学びました。催眠とは、すなわち相手の心を掌握し、我がままにする事なり。わたくしは、その基本を忘れてしまっていたのかもしれません。

 

 人を操れる術を身に付け、それにかまけて、根本を見失い、父の教えを忘れてしまっていたのかもしれません。そして、初心を思い出して感じる事は、幼い我が子に相手の気持ちを掌握などさせるなよという想いでした。いくら家業を継ぐ為とはいえ、子供に道徳より先にそんな事教えるなよと思ってしまいました。

 

 まぁ、今はそんな事を考える時じゃ無い。わたくしはまだ、生きる事を諦めない!

 

「はぁっ?」

 

 ……なんですか? その間の抜けた返しは。

 

「あの……?」

 

 そんなリアクションは、全く想像して無かったんです。

 

「あぁ、まだそんな風に見られてたんだ? 違う違う、お前を襲おうと思って呼んだ訳じゃ無いから」

 

 ……そ、そうだったのかよォォォォォォオッ⁉︎

 

「めちゃくちゃ不安だったんですから‼︎ めちゃ怖かったんですから‼︎ よ、良かった、良かったよぉぉ……」

 

 そりゃこうなりますって‼︎ 死ぬかもとか思ってたんですから‼︎

 

「こ、殺す訳ねぇだろ⁉︎ だ、だって、みっ、ミミミミミィッ‼︎ あ、ミィッ‼︎ あ、あんな体験させてくれたんだもんなぁ? つ、捕まらないのに、イヒヒッ⁉︎ 人殺す体験させてくれたもんナァァァァァァァァァァァアッ‼︎」

 

「ヒィィィィィィィィイッ⁉︎」

 

 ヤァバッ⁉︎ 緊張と緩和の後また緊張来るんですか⁉︎ この人ヤバ過ぎなんですけど⁉︎

 

「こ、怖がんなよ⁉︎ なぁっ⁉︎ た、頼むよ? も、もう一度あの催眠掛けてくれよ⁉︎」

 

「それが目的だったんですね⁉︎ わ、わたくしは、そ、そんな、あなたの私欲の為にこの力を使ったりしません‼︎」

 

 その信念を、曲げる訳には……

 

「はぁっ? でもお前、自分の私利私欲の為にはその力使ってんじゃん?」

 

「えっ? そ、そんな事ありません……」

 

 確かにそうですね。でも、あなたの前でボロを出した事なんて……

 

「お前転校して来た時、猪本に催眠術掛けてただろ? あれ他人の為にやった訳? だとしたら何の為? それとも催眠掛かって無かったの? だとしたら元々お前と猪本は恋人同士って事になるけど?」

 

 あったわ。そ……それは言わないでっ‼︎

 

「でしたね‼︎ ……分かりました。やりますよ」

 

 わたくしが折れる事なんて、稀なんですからね?

 

「あ、ありがとう‼︎ じ、じゃあ早速、なっ⁉︎」

 

 ヤバッ……目キマッちゃってんじゃん。薬中の目ですよそれ。

 

「あ、あの……」

 

「焦らすなよぉ⁉︎ も、もう待てねぇよぉ⁉︎」

 

 もうそれにしか見えないんですけど⁉︎

 

「い、嫌ッ! 二人の時にそんな催眠掛けらんないですよ‼︎ あなた急に襲い掛かって来るかもしれないじゃないですか⁉︎」

 

「そんな事しねぇよぉォォォォオッ‼︎」

 

「ま、また今度‼︎ 誰かが傍に居る時に‼︎」

 

 わたくしは三上さんに背を向け、全速力で逃げました。

 

「えっ、えっ……そんなァァァァァァアッ⁉︎」

 

 チラッと後ろを見ると、三上さんがその場に膝から崩れ落ちる姿が見えました。

 

 お、追っては来ないのかな? 今日は、逃げ切れるのかな? 

 

 でも、今日逃げ切れたとしても、異常者から毎日執拗に付き纏われる日々を過ごす事が確定してしまいました。

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