創世竜の巫女姫
今日の収穫が一段落したので、屋外の腰かけで世界樹のお茶を一杯いただく。成層圏を越えた世界樹と、これまたビルのように巨大になったモルちゃんを見上げる。
ユグちゃんもすっかり清楚な大人の女性の姿になり、今では普通に女子会トークが出来るようになった。
まあアタシは今現在も処女を貫いて、十代半ばの背格好でいるわけだが、一年、二年経った時に、自分の体に全く変化が起きないので、これはおかしいぞと考え、モルちゃんのお父さんとお母さんに聞いたところ、不老不死ということが明らかになった。
心から愛していると関係を迫ってくる男性は大勢現れたが、結局は皆が自分を置いて先に逝ってしまうため、先を見据えてその場で丁寧にお断りしている。
アタシも薄々は感づいていたのでそこまで大きなショックは受けなかったが、気づいていたとは言っても受け入れるのは別問題で、物凄く重い溜息を吐いてしまった。
昔を思い出しながらパルテノ王国の王室御用達の高級クッキーを口に運んでいると、お茶の時間なので荷車サイズまで体を縮めたモルちゃんが、のんびりとした口調でアタシに話しかけてきた。
「小さき者たちは、最近は宇宙に進出したらしいな」
「そうみたいだね。昔は到達不可能だった創世竜が住む霊峰も、今では飛行機で簡単に飛び越えちゃうし、凄いよね」
飛行機が作られるよりも前に、自らの足で霊峰を踏破しようとした人たちもいる。殆どは諦めるかそのまま帰らぬ人になったが、そのうちの何人かは創世竜をその目で捉えた。
そこには精霊や妖精たちと共に暖かな気候に保たれた緑豊かな山頂で、のんびりと暮らす姿があった。
しかも千里眼で来ることはわかっていたので、登頂に成功した者たちは熱烈な歓迎を受けた後、そのまま麓まで丁寧に送り届けたのだ。
その結果がどうなるかと言うと、アタシの八百長と聖公国の教えの裏側が明るみに出ることになる。
なお、聖公国はその事実に対して、間違いありませんと罪を認めて謝罪した。真実が明るみに出た時代は主神派は天使キャロル派に完敗しており、かつての三大国とは思えないぐらいの小国となって、細々と生き長らえていた。
元々聖公国のトップが神話の裏の事情を知っていただけあり、聖戦後に混乱を最小限に抑えて国を保ったのは立派だが、その影響力も時が流れるごとに目に見えて下がってきた。
なのでバレたあとに嘘をついても、世界中の国々からの突き上げが辛くなるだけだ。
幸い前回の聖戦から百年以上経っていたことと、他の国々が余裕のある大人だったため、そこまでの罪には問われなかった。
そして当然のようにこっちにも飛び火したので、アタシも次の国際会議が開かれた日に、謝罪会見の台本と土下座の準備を整えて万全の体制で望んだのだが、何故か各国から八百長を追求する意見が全く出なかった。
どうにも居たたまれずに、手を上げてアタシの罪を問う会見を開きたい旨を伝えると、天使キャロル様からの謝罪は必要なく、どうしても罪を償いたいのなら、これまで通りに世界樹の根本で神様を続けて欲しい。霊峰の創世竜にも手を出しませんからと、満場一致でそう返された。
それを望む詳しい理由は分からなかったが、アタシから謝らなくてよくて、しかも今まで通りの平穏な日常を過ごせるのなら、一にも二にもなく頷くしかない。
こうしてアタシは、今も天使を続けている。
もし悪いことをしている人が居れば、霊峰から千里眼で世界中を見渡している創世竜の報告を受けて、アタシが判断して許可した場合のみ、アマンダちゃんの後任に詳しい情報を伝える。
後は名実共に世界一の大都市となった神都の代表にお任せする。一向に改善される様子がなければ、何度でも報告を受けることになるし、失点がかさむと国際会議でのお土産の量も減る。
しかし改善は難しくても努力や他国への援助での加点もあるので、それなりには均等に分配出来ていると思う。
また、お土産の量に比例した天使ポイントも導入しており、一定値が貯まればアタシが直々に労いの言葉をかけに、その国に訪問するのだ。
一言労うだけの日帰りツアーなら割とすぐにポイントは貯まるが、多くの国は一泊、もしくは数日の滞在を求めてくる。
なので周辺諸国はポイントを出し合い、代表国での長期滞在を勝ち取ることもよくある。
はっきり言ってアタシとモルちゃんが訪問しても、歓迎の宴やお祭り騒ぎで国費が圧迫されるので、もっと平和的に使ったほうがいいよと口に出したこともある。
すると他の国からも観光客がやって来るし、ポイントを出し合った国の民も大喜びし、天使キャロル様の威光を見せることで、悪人への抑止力になるのでこれで良いらしい。
アタシとしては料理が美味しいし出し物も面白いので、皆が納得しているのなら…と、気持ちを切り替えて楽しんでいる。
実は聖戦の終結後、天使キャロル様の大奇跡によって重病人が完全回復し、争いの元となっていた疫病や食糧事情も一時的だが解決した。
普通ならばここで私腹を肥やす者、とにかく利益や食料の確保に走る者、さらなる重税をかける者等、民衆の幸福を奪う者たちが大量に湧いてくるのだが、これらの悪者はいくら巧妙に隠しても霊峰からの千里眼で丸裸だ。
おまけに天使キャロル様こそが、苦しむ人々を見捨てずに救いの手を差し伸べた神であり、人の世を明るく照らす平和の象徴でもあるなのだ。
彼女が全面的に信用する神都の代表の言葉に逆らえる国や組織は一つない。そして、そんな代表も少しでも暴走が過ぎると、天使本人によって躊躇いなく首を切られるのだから、各国の信頼度は最高値のまま保たれることになった。
と、このような形で、人知れず…ではなく、誰もが知っている暗黙の了解で平和は守られ、それを維持しようとする事業や方針、もしくは研究は天使からの支援を受けられるので、当然世界中がそれに乗っかって来る。
本人の知らぬ間に各国が協力して、いつの間にか神都に作られた。通称、天使キャロルの揺り籠には、全世界から優秀な人材が集まり、予算無制限での日夜様々な研究を行っては、そこで得た成果を無償で全世界に公開している。
利益が欲しければ天使本人からいくらでも送られてくる。ここに集まるのは、ただ純粋に自分の力を試したい者、世界の平和を願っている者、そして一番多いのが天使キャロルに奉仕したい者である。
ともかく天使キャロルの揺り籠のおかげで目覚ましい発展をし、人々は毎日の食事や病気に心配することがない程、豊かになった。
それでも争いの種はなくならないが、世界を容易く滅ぼせる創世竜が残っているため、各国の大きな争いは鳴りを潜めた。
何より名前だけの主神とは違い、天使様はこの世界に残り、世界樹の根本から常に自分たちを見守っていてくれる確かな正義と信頼が、明日をも知らぬ過酷な日々に疲れきっていた世界中の人々の心を掴み、人の手ではどうにもならない場合でさえ、無限の施しと神の奇跡で、文字通り世界の受けた傷さえも完全に癒やしてしまった。
その結果がどうなったかと言うと、世界中の人々は一人残らず天使キャロルの虜となり、霊峰の創世竜により管理された社会、ディストピアになってしまった。
しかし個人の行動を逐一縛ったりはせず、悪事を働けば天使様が見守っているため、必ず明るみに出て裁きを受ける。
逆に良いことをすれば天使様から小さなご褒美がもらえる。ただし善意の押しつけや、自分の身を削った過度な親切は駄目。
基本的な方針はそれだけで、後は面倒なので各国の代表任せだ。この締りがなくて緩いところも、天使キャロルが受け入れられる一因になっている。
聖戦後の天使キャロル様の大奇跡により、返しきれない程の多大な恩を受けた人類は、頭の悪い村娘が五分で考えたようなガバガバな法律をあっさりと受け入れた。
時代と共に細かい修正が加えられたものの、千年が経過して人が宇宙に進出し始めた現在になっても、大筋は全く変わらない。
普通ならばどんな名君もいつかは曇る。それが全世界を支配しているのだから、破滅に転がり始めたときの影響力は計り知れない。しかし彼女は良くも悪くも真っ直ぐだった。
外の世界の興味も野心もなく、ただ世界樹の根本でのんびりと暮らし、その障害となる厄介事を叩き潰すことだけに注力した。
結果的にそれらの行動は全て、悪をくじき弱きを助ける。そして世界の平和を守ることに繋がっていた。
これらの件で、世界中でますます神格化されているのだが、本人は天使崇拝の羞恥心で頭を抱える毎日であった。
場面は世界樹の根本に戻り、ここ天使様と創世竜が住まわれる神域と呼ばれており、季節が変わるたびに各国の代表が一日だけ入ることを許される、特別な場所だ。
天使様や創世竜、そして成層圏に届く世界樹と妖精や精霊たちが戯れる幻想的な風景を間近で一目見ようと、国の代表を目指す者も少なくはない程の、大人気スポットである。
そんな誰もが心酔する天使キャロル様は、憂鬱そうに世界樹のお茶に口をつけて、長年の友である創世竜に愚痴を漏らす。
「世界も平和になったことだし、そろそろ天使を引退して普通の村娘に戻りたいんだけど」
「その言葉は何度目じゃ? 一ヶ月前にも同じことを言ってないか?」
「聖戦が起こる前だったら、各国がモルちゃんの力を得ようと躍起になってたから。
アタシが二代目選考試験を開くって言えば、大勢集まるかなと思ってたんだけど」
八百長の聖戦集結後に人類自らの足で霊峰の頂に辿り着き、全ての真実を知り、それでもアタシに天使のままで居て欲しいと望んだ各国の代表たちの説得で、最初はそこまで言うなら…と頷いた。
しかし後で気づいたのだ。八百長の罪を償うために引退宣言を行えば、スムーズに二代目の天使を選ぶことが出来る。世界がすっかり平和になり、主神派の影響力が薄れた今がチャンスだと。
アマンダちゃんの後釜である神都の代表に連絡を入れて、全世界に向けて発信する。
二代目の天使を選抜したら、アタシは引退して普通の村娘に戻ります! …と言った内容を広めるようにお願いした。
詳しい日取りは応募人数が集まったら告げると補足しておいた。
しかし何日、何週間、何ヶ月経っても、一人も応募者が現れなかった。まさか悪しき誰かが途中で止めているのではと考え、モルちゃんのお父さんとお母さんに千里眼で調べてもらったが、別にそんなことはなく世界は相変わらず平和だった。
「まさかアタシ自身に信仰が集まってたなんて思わなかったよ」
「キャロルの下で奉仕したい者は掃いて捨てるほどおるが。
偉業を成し得た天使キャロル様の二代目になるのは不可能じゃ」
人間の世界ではアタシが天使として活動していた黒歴史を、聖書にまとめて未来永劫語り継ぐつもりらしい。千年が経過した今でも風化せずに拡大解釈されて残っているので、恥ずかしいったらない。
「アタシの中身は普通の村娘だし、天使なんてガラじゃないよ。台本通りが精一杯だね」
「先月のブルス帝国の、天使様降臨祭でのインタビューもか?」
「アレは素だよ。突然のテレビ取材にアドリブなんて出来るわけないからね」
ブルス帝国が天使ポイントを使ってアタシとモルちゃんを招いて、帝都で大きなお祭りを開いた時、多くの取材陣とテレビカメラの前でインタビューをお願いされたのだ。
自分の体は一つなので全てに答えられるわけもないく、代表として適当に一つの放送局を選んだ。
その時に、アタシはこの聖書の一節は本当に正しいのかと質問された。
「しつこく迫られてブチ切れてたら皇帝にグーパンを食らわせた後、塩をまいて追い返してたことは確かだよね。
自分の国の恥部を話したのに、馬鹿受けだったけど」
「うむ、ここまで下々の民に歩み寄ってくれる天使は、そうはおらんじゃろうな」
だからアタシは普通の村娘…と言おうと思ったが、長い付き合いのモルちゃんには当然わかっているだろう。口から意味のある言葉を出す前に、はぁ…と小さく息を吐く。
「ねえモルちゃん、アタシはいつになったら天使を引退して、普通の村娘に戻れるんだろう」
「そうじゃのう。今の小さき者が妾たちを越える力や技術を手に入れた後かのう。
千年か一万年か、あるいは永遠にその日は来ぬのか」
何とも気の長い話だ。アタシが不老不死でなければとっくに墓の下だ。それでものんびりと待つだけで元の村娘に戻れるのなら、それに賭けてみるのもいいだろう。
人類にはぜひとも宇宙の隅々を駆け巡って、独自進化の可能性を模索してもらいたい。
こっちはいつも通りに、モルちゃんたちと一緒のまったりとした生活が出来れば幸せなので、世界樹の根本でその日が来るまで、平穏を乱す面倒ごとを片付けながら待たせてもらう。
アタシは二杯目の世界樹のお茶を入れながら、千年にも渡る親友の創世竜と今日も他愛もない雑談に花を咲かせるのだった。




