11 冒険者の未来のために、俺は真実を突きつけなければならない
「──ここか」
2人はとある大聖堂の近くに来ていた。そこでは聞いていた通りルーザーが大勢の前で熱心に演説を行っていた。
昨日の醜態を知っていると、とても愚かに見える。
「......」
お姉さんはあくまでもギルドの人間。
ルーザーを直接刺激するような行動に干渉する訳にはいかず、2人に同行することは出来なかった。
だが、策は与えられた。
ナツの持つ木のカゴの中に、沢山の写真を入れてきた。この時代の印刷技術などたかが知れているが、それでもお姉さんの魔法を駆使して、写真をおよそ500枚ほど刷ってきた。
お姉さんすごい。どれだけ魔法が使えるんだ。チートかよ。
お姉さんは言った──このやり方が民衆を惹き付け、最も瞬間的に衝撃を与える方法だと。
その考えを聞いた時はなるほどと感じた。しかし、こうしてルーザーの声に呼応する熱心な信者を目の前にすると、果たしてこの中に突っ込んでいけるのかと、不安になる。
だが、実行する他ない。結果失敗に終わったとしてもしょうがない。
千世とナツは目を合わせて見合って、頷いた。
ナツの目は──覚悟の目。腹を括っていた。
いよいよその一歩を踏み出す。
演説の静かになった僅かなタイミングを狙って、2人は群集へと突入する。
「おらおらおら! 聞け聞け聞けーい! これがルーザーの真実じゃーい!」
千世が大声で叫ぶ。
ナツは千世の上に肩車して木のカゴの中の写真をばら撒く。コンビプレー。
聞き慣れない言葉に人々は振り向く。注目する。
ひらひらと舞い落ちる写真を次々と手に取っていく。
そして壇上で演説している彼とは似ても似つかない、彼によく似た何かを写真の中に見て、徐々にざわめきだす。
ルーザーはまだ状況を理解していない。何が撒かれているのかも。信者が何を目撃しているのかも、知らない。
カゴの中身を全て一気にぶちまける。困惑してるうちがチャンス。状況を理解されてしまったらそれまでだ。
隙を狙って壇上へと上がる。
「き、貴様は。あの時の...」
「えぇ、あの時の」
見事に、盛大に、二人の言う『あの時』が示している時間はズレてしまっている。昨日の事を酔っ払って覚えていない。だから、ルーザーとしてはギルドで言い合った『あの時』以来なのだ。
「皆の衆! その写真と共にこの音声に耳を澄ましてほしい!」
「なんで古風な話し方なのよ...」
ナツに録音された音声を再生するためには。
「...ここを押せばいいんだっけ。えいっ」
「きゃあ!? そ、そこは違うでしょ!」
「おっと、これは失礼」
ここじゃなくて、ヘソを押すんだった。
えいっ。
しかしなんでヘソなんだろうな。これ考えた奴のフェチだったんだろうか。
「うわ、うわわわ」
ナツの意思を無視して勝手に口が開いていく。なるほどそこがスピーカーか。
『ふぇっはへ...下着は脱がないから安心して。ぐへへ』
とんでもねぇ台詞。これだけでももう十分な気もするが。
『なんでしたっけ。あの、魔物をたっくさん呼んで人類を滅ぼそうっていうの。あれおじさんの考え方ですよね? 私ちょっと馬鹿だからよく分かんなくて...私にも教えてくれませんか?』
『──うーん...』
『どうしました?』
『──いやぁ、でも。儂もよくわかんないんだよねぇ』
『実際あれ思いつきで言ったらなんかうけちゃったってだけだし、深いことはよく分かんないんだよね〜。ま、お金はたくさん貰えてるし、こうやって君にマッサージしてもらえてるし、どうでもいーんだけどぉ』
昨日こんなやり取りをしていたのか...。ナツの敬語が新鮮ってのもあるが、ルーザーの野郎もさらっと言い過ぎだろ。馬鹿か。
魔法の効果なのか、ナツの口から発せられた音声は、マイクを通して喋っているかのように遠くまで響き渡った。すべての信者の耳に入った事だろう。
あとはちょいと背中を押してあげる。
「これは昨日、とあるマッサージ店でこの少女に魔法をかけて録音した音声である。写真はそこで撮られたものだ。今聞いてもらったように、ルーザーはこう証言していた。『思想は金を稼ぐためについた嘘』だと」
「お、おい貴様。でたらめを抜かすなよ」
少し思い出したのか、額に汗を浮かべ千世を制止しようとするルーザー。しかしもう遅い。
「でたらめだと? じゃあこの領収書は一体なんなんだ」
「...そ、それは!」
「昨日のお前は書けと言われて快く承諾してこれを書いたらしい。覚えていないだろうけど」
「...くそっ! 前々から酒癖が悪い事は知っていたが、まさか機密情報をぼろぼろ話したり、あの店に通っている証拠を残してしまうほど愚かだったとは! くそが!」
「本音が全部口に出てるぞ」
今のは半分自供みたいなものだ。事実を認めたに等しい。
「これで分かっただろ? こいつは、君たち信者から巻き上げたお金を、自らの欲を満たす為に、こんないかがわしい店に使っていたんだ。全く馬鹿馬鹿しいとは思わないか? 俺達は、私たちは、何のためにこの爺さんを支持していたのかって、思わないか!」
──最後にこう付け加える。
「目を覚ませ。君たちは騙されている! こいつも信仰したところで、何も無い!」
──薄っぺらい人間の薄っぺらい主義・主張は強い信仰を集めない。洗脳という表現は大袈裟だった。彼らは言うほど熱心な信者では無かったのかもしれない。
ルーザーを崇め奉る声が、一斉に罵倒へと変わった。
非難轟々。
ブーイングの嵐。
「──な、なんてことをしてくれたんだ!」
膝末くルーザー。まだまだ稼ぐつもりだったのにという意気込みが感じ取れる表情だった。
「それはこっちの台詞だ。私利私欲の為に危うく冒険者ギルドを潰しかけやがって。お前のせいでココ最近節約節約で質素な飯ばっかりだったんだぞ!」
「怒るとこそこなの...?」
「金はあるのに、下手に金を使うとすぐに無くなっちゃいそうで、結構神経質になって胃とか痛かったんだぞコラ!」
「...ちっ」
最後の最後ルーザーは逃げようと体を動かした。しかし、四方八方を人間が囲んでいて、逃げ道は無かった。
その中から屈強な男達が二人ルーザーへと迫る。
「...ルーザー。話は聞いていた。少し来てもらおうか」
胸にワッペンをつけている。
...兵士とか警察みたいなものだろうか。
彼らはその凶悪な上腕二頭筋でルーザーを軽々と持ち上げる。
じっとルーザーは本音を抑えていたが、とうとう耐えきれなくなって、大声で叫んだ。
「嫌だ! まだマッサージされたいー!! ナーツちゃんにもっとチヤホヤされたーい!!」
案外こいつはシラフだったのでは無いかと言う説もある。幼児を愛でる自分裏の一面を酔っ払っているという設定にして誤魔化したかったのかもしれない。
だが、今となってはもう分からない。ルーザーはどこかへ連行されていった。
◆
一仕事終えてギルドへと帰る。
ナツは口のあたりを押さえている。マッサージを施している。そこそこ痛かったみたいだ。
...ギルドの前に人がたくさんいる。なんだ、また別の何かか?
と思ったが違う。みんな何かしら見覚えがある人たちだ。いつもギルドにいる冒険者の人たちだ。
ギルドのお姉さんもいる。
「千世、ナツ。よくやってくれた」
皆が拍手で出迎えてくれた。
「全て見ていた。まさかあのルーザーをねじ伏せちまうとは、流石だ」
「そんな。お姉さんの協力があってこそですよ」
「私はちっと手を貸しただけだ。殆どはお前らの力──お前らが冒険者の未来を救ったんだ」
拍手喝采。まるで世界を救った勇者みたいな待遇だった。
──いや、実際そうなのかもしれない。
実感はないけれど、規模は小さいけれど、一つの世界を救ったのは事実。
「感謝してもしきれねぇ。本当にありがとう」
お姉さんは千世とナツの手を握った。
「これはほんの少しのお礼だ。受け取ってくれ」
千世とナツ手渡されたのは紙切れ──紙切れだけど、とても価値のある紙切れ。
1万G札が100枚重なって、それが二人にそれぞれ──ってことは。
「200万!?」
いや、これがほんの少しのお礼ってことなら、お姉さんの金銭感覚は相当狂ってるぞ!
ますます何者だあんたは。金持ちの娘か?
「それでちょっとした家でも建てな。もうギルドに住む必要なんてねぇだろ」
確かに、冒険者たるもの人の家に住み続ける状態というのは少し情けないかもしれない。
しかもタダで住まわせてもらっている。
自分の家が欲しい欲求が無いわけではない。
しかし。
「いえ、俺はいつまでもギルドに住み続けます。あの部屋が一番住み心地がいいです」
「いずれは自立してもらいたいけどな? ギルドとしては」
「それに──なんだかお姉さんと離れたくないというか」
「は、はぁ!?」
「お姉さんがどこか遠くに行ってしまう気がして。そんな事になるくらいなら、俺はお姉さんと空間を共有出来るここにずっと住み続けます」
ちょっとカッコつけて、どこかで読んだような漫画の台詞を一部引用改変して、言った。
「──だっ、だっったらしゃーねーなー!? うん、わかったよ。お前がその気ならこっちもいつまでも住まわせてやるよ! えぇ、そうすりゃいいんだろ!?」
「なんで怒ってるんですか」
「お、怒ってねぇし!」
「だって、顔真っ赤だし、なんか汗だくですし...」
ナツがぼそっと呟く。
「──千世、気づいてやりなさいよ」
「何が?」
「あれは怒ってるんじゃない。全く別の感情よ...」
「じゃあ、呆れてる?」
「──もういいわ。鈍い、鈍すぎる」
「...よく分かんないな」
人ととの関係が薄かったからなぁ。
「まぁでも、怒ってないならそれでいっか。これからもよろしくお願いしますね、お姉さん」
「──レムリアだ」
「へ?」
「お姉さんなんて呼ぶな。私の名前はレムリアだ。以後覚えとけ」
「名前とかあったんですか!?」
「あるわ!」
レムリア。彼女の性格からは想像出来ない柔らかな印象を持った優しい名前だ。もしかしたらお姉さんも不器用なだけで優しい人なのかも...なんて。
「いつまでも突っ立ってねぇで、さっさと中に入るぞ。やるべきことが沢山あるんだから」
「やる事って?」
「ちょっとしたパーティーだ。めでてぇ時は盛大に祝ってやんねぇとな。それが私の流儀だ」
パーティーという単語を聞き、ナツはすかさず尋ねる。
「もちろん、お酒は出るよね?」
「...出るけど、嬢ちゃんには関係な──」
「ふぅう! やったー!」
「──なぜ喜ぶ!」
当然の反応である。
「食事も期待していいですよね?」
「もちろんだ。出来る限り豪勢にしてやる」
お姉さんはギルドのドアの前に立ち、ポケットに手を突っ込んで振り向いた。
「──今夜はお祭り騒ぎだ、千世」
ぶわっと風が吹く...。それが現実のものか、お姉さんの迫力によるものなのかは、分からなかった。
「──そうですね、お姉さん」
「だから、レムリアだ! お姉さんって言うな」
「いいじゃないですか。そっちの方が呼び慣れてるし、呼ばれ慣れてるでしょ?」
「今までずっと耐えてきたんだよ。いいか、私は自分の名前が大好きだ。お姉さんなんて代名詞で置き換えるな! きちんと呼べ、分かったな?」
「...レ、レムリア...さん」
「呼び捨て!」
「…レムリア!!」
「──ふふん、それでいい」
な、なんなんだぁ?
お姉さんって言われて嫌っぽそうな顔してなかったけどな...。
ナツの事は呼び捨てなのにどうして私は...っていう嫉妬か?
ふっ、まさかな。
◆
「「うおおおおーっ!!」」
相当奮発したな!
非現実的な大きさの骨付き肉、豊富な種類のドリンク、大皿に円形に並べられた何かの刺身(おそらく高級魚)、ぶつ切りのステーキ──やりすぎだ!
野菜成分が大いに足りていないが、そんな事は気にしていられない。今夜は無礼講!
千世のグラスにはオレンジジュース。ナツのグラスには──ビール。
「...じゅるり」
舌なめずり。他の奴にはどう説明したものか...。若干ざわついているが、そんな事は気にしていられない。だって今夜は無礼講──いや、この場合少しは気にした方がいいのかもしれない。
「こ、これは『こどもビール』なんで。マジもんじゃないですから」
万が一の為に保険をかけておいた。
お姉さんがグラスを片手に乾杯の音頭をとる。
「まずはあらためて、この二人に大いなる感謝を送ろう。ありがとう、二人とも。このような宴を開けたのもまた二人のおかげだ。ありがとう!」
「「「ありがとーーーっ!!」」」
うわっ。なんて男臭い歓声。
よく見たら女の冒険者全然いねぇじゃねぇか。どうなってんだよ。
「それでは、冒険者の未来に、少年少女の大きな勇気に──かんぱーい!!」
「「かんぱーい!!」」
そこからはもう狂喜乱舞だった。
とにかく騒がしい。ビールをかけあってるやつらもいた。
そして何より飯がうまい!
質素な飯続きだった反動もあってか箸が止まらない。一心不乱に食いまくる。
ナツの酒も進む進む。あっという間に顔は真っ赤。
本当に酔っ払ってるのは一目瞭然だったがお祭り騒ぎで誰も気づかない。
何時間でも続けられそうだった。
しかし、祭りもやがては終焉を迎える。
最後まで正常でいられたのは唯一酒を口にしていない千世と酒に強いお姉さんだけだった。
テーブルによっかかって寝るものもいた。こいつらを朝までギルドに残しておくわけにはいかない。
この酔っ払い共を家に帰す──それが残された二人の役目だった。
「ほら、早く帰れって」
「なんでだよー。まだ宴は終わっとらんぞー」
「...早いとこ帰らねぇと、冒険者狩りに会うかもしれねぇぞ?」
「...そ、それは勘弁願いたいな。分かったよ帰るよ。楽しかったぜ」
お姉さんはあっという間に男どもをギルドから退出させた。
「...冒険者狩りってなんすか」
「あぁ。一昔前まで横行してた文字通り夜な夜な冒険者が狩られるっていう事件だ。今はだいぶ減ってきたが...あのあたりの世代の人間にとっちゃトラウマだから、追い返す口実にはぴったりなんだよな」
「へぇ...」
物騒な時代があったもんだ。
「お前もそろそろ部屋に戻れ。そして寝ろ。今日はもう疲れただろ」
「...そうですね」
「ちゃんとそこの酔っ払い幼女を忘れるなよ」
ナツは地面に膝をつけて椅子に頭を乗せてぐっすり寝ていた。
テーブルで寝るよりタチが悪い。おんぶせざるを得ないじゃないか。
「ほら、行くぞ、ナツ」
「むー...。酒が飲める。飲めるぞー...」
「全く酒豪だな...大丈夫かよ」
「たいじょーぶ! ...ぐーぐー」
「寝言かよ!」
まぁでもナツのおんぶは楽だ。5kgしかないからな。
肩車だって出来たんだから、おんぶなんて余裕だ。
「よいしょ」
千世はナツをおぶる。
「それじゃ、おやすみなさい。お姉さん」
「......」
「じゃなくて、レムリアさん」
「......」
「レムリア!!」
「そう、それでいい」
「ねぇやっぱり呼び捨てはやめましょう。さん付けのほうが...」
「私としては敬語も直ちにやめてもらいたいんだけどな。嫌なんだよ、敬語は。いつまでも他人行儀って感じがして。私たちはもうただの冒険者とギルドの従業員って関係じゃないだろ? 言うならば同居人だ。フレンドリーに行こうぜ」
「で、でも...」
「...それとも、まだ私が怖いのか?」
妙に思いつめた表情だった。
「私は目つきが鋭いし、口も悪いし、行動も乱暴で...。それでも優しく接してやろうと努力はしているんだが──」
「いえ、お姉さんが怖いわけじゃないですよ」
「そうなの?」
「ただちょっといきなりすぎて、心の準備が」
「──そうか。だったら良かった」
何故か安堵の表情を浮かべるお姉さん。ドキッとした。今までに無いくらい可愛かった。見たことない一面を垣間見た気がした。
「少しずつでいい。なるべくタメ口で話しかける努力をしてくれ。何の前触れもなくいきなりでもいいからな。私は怒らねぇ」
「うん。わかった」
「そう、そんな感じで! やれば出来んじゃねぇか」
「...やっぱ慣れないなぁ」
背中のナツが居心地悪そうなので、千世はそろそろ移動することにした。
「...おやすみなさい、レムリアさん」
「うん。おやすみ」
◆
「おりゃ!」
流石に5kgと言えど、部屋に運ぶまでにはへとへとになってしまう。
最後の力を振り絞ってナツをベッドに投げた。
「ぐふぅ...」
はっ、しまった。勢い良すぎた。吐いたりしないだろうな。ていうか起こしてしまったら大変だ。
...というのは無駄な心配であった。
いつも通りのだらしない寝顔がそこにはあった。
「ふぅ...」
急に体が重くなってきた。宴が盛り上がりすぎたせいで気づかなかったけど、けっこう眠いぞ──。
自然と千世の体はベッドへと誘われる。
いつもはソファで、ナツとは別々で寝ているのだが、まぁ今日くらいは許されるだろう。
バタン。
あぁ。この冷えたシーツが気持ちいい──。
意識が遠のいていく。眠るのも時間の問題だな──。
おやすみ──。
「──とうっ!」
ガシャーン!!!!
耳を劈く音。窓の割れる音がした。
尋常じゃない事態に眠気は一気に醒めた。覚醒した。
一体何が起きたんだ!?
千世は体を起こして音のする方へと目を向ける。
「......誰だ!」
そこには──ペンギンを模したフードを被った黒髪の少女が立っていた。




