古書店「ノクターン」 ― 闇の対話
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店内の空気は、紅茶の香りと古書の静けさに包まれていた。
だが、ルクジムの瞳は鋭く、問いを投げかける準備ができていた。
「……セシル。ひとつ、いや、いくつか聞かせてくれ。」
セシル・ノクターン卿は、カップを静かに置き、頷いた。
「もちろん。夜は語りの時間にふさわしい。」
ルクジムは、羊皮紙を見つめながら言った。
「母を……エリシアを、なぜ知っている?」
セシルは、少し目を伏せた。
その瞳には、過去を見つめるような静かな哀しみが宿っていた。
「彼女は、かつて“オルド・アーク”の研究部門にいた。
リバースの遺伝子、魔法陣、封印術――そのすべてに精通していた。
だが、彼女は“予知”を持っていた。
それが、彼らにとっては“鍵”だった。」
「鍵……?」
「オルド・アークは、異能者を兵器化し、魔界との接続を目指す死の商人だ。
表向きは政府の異常事象対策局。だが、実態は――デビルズと契約を交わした者たちの集団だ。」
ルクジムの眉が動く。
「母は、そこから逃げた……?」
「そうだ。彼女は、君の存在が“最後の鍵”であることを知った。魔界の門を開くには三つの封印が必要。
その最後が――君の血だった。」
ルクジムは拳を握った。
「……それで、母は俺を守るために……」
セシルは頷いた。
「彼女は私と暫くの期間、行動を共にしていた。
だが、オルド・アークは彼女を見つけた。
私は、彼女を守りきれなかった。」
「彼女の背に、あの夜の風が吹いた時…私は、あまりにも無力だった。その記憶は、今も私を苛む」
沈黙が落ちる。
パウラは、奥で静かに作業を続けていたが、空気の重さに気づいていた。
ルクジムは、次の問いを口にした。
「あれは、何なんだ?俺が戦った“あれ”は、リバースでも人間でもなかった。」
セシルは、棚から一冊の古文書を取り出し、ページを開いた。
そこには、魔界語で描かれた魔法陣と、悪魔の階層構造が記されていた。
「あれは契約者、契約者とは――人間の魂を分離し、デビルズの本質と融合させ、人体を触媒として提供する。
その結果、感情を失い、命令に忠実な兵器が生まれる。
それが、契約者部隊――“Pact Units”だ。」
ルクジムは、言葉を失った。
その仕組みは、あまりにも非人道的で、あまりにも冷酷だった。
「……魂を、切り離す……?」
セシルは頷いた。
「魂の切断は、意識と感情を奪う。残るのは、命令に従うだけの“殻”だ。
だが、デビルズの力を宿すことで、常識を超えた戦闘能力を得る。」
「それは、理性も慈悲も持たない存在。私は、彼らの目に映るものが“命”とは思えない。」
ルクジムは息をのんだ。
「それを……あいつらは、兵器として使ってるのか。」
「そうだ。そして、君の血は――その儀式を完成させる“最後の鍵”だ。」
ルクジムは、深く息を吐いた。
「……母は、それを止めようとしていたんだな。」
セシルは静かに頷いた。
「そして今、君がその意志を継ぐかどうか――それが問われている。」
ルクジムは、しばらく黙っていた。
その瞳には、これまでになかった、微かな光が宿っていた。
だが、やがてゆっくりと顔を上げた。
「……俺は、まだ答えを出せない。でも、知ることは……始めることだ。」
その眼差しは、セシルの深紅の瞳を真正面から捉え、問いかけと同時に、協力の可能性を探るかのように揺れた。
セシルは微笑んだ。
「それで十分だ。夜は長い。君の歩みも、これからだ。」
ルクジムは、セシルの言葉を遮るように問いを投げた。
「……なぜ、俺の血なんだ?母が死んだ理由も、オルド・アークの行動目的も、全部そこにある。
教えてくれ、セシル。俺の血に、何がある?」
セシルは、しばらく沈黙した。
その瞳は深紅に沈み、表情は険しくなっていた。
「……その前に、私の知る事柄を話さなければいけない。」
彼は、カウンターの奥から一冊の古文書を取り出す。
その表紙には、魔界語で「分離の記録」と刻まれていた。
「どこから話したものか……」
セシルは、静かに息を吐き、語り始めた。
「遥か古の昔――人類がまだ“知恵の実”を与えられるもっと前。
世界には、我らリバース、人類、神、そしてデビルズが共存していた。」
「だが、違う種族間での生存競争は絶え間なく続き、
人類は抗うこともできず絶滅に向かい、神でさえ劣勢を強いられ、数を減らしていった。」
「このままでは、悪魔だけの世界になる。そう察した神は、共存を模索した。
だが、デビルズは一切を受け入れなかった。」
ルクジムは黙って聞いていた。
セシルの声には、歴史の重みが宿っていた。
「神は考えた。このままでは、生物の存在そのものが滅びかねない。そこで、神・人類・悪魔三つの次元を作り、分離した。
互いに干渉できぬように。」
「そして、現世の者が誤って扉を開かぬよう、三つの封印を作り、バラバラに分散させた。
さらに一つ、楔を打った。三つの封印を奇跡的に集められても――それらを“神の血”に浸さなければ、門は開かない。」
ルクジムの瞳が揺れる。
「……神の血?」
セシルは頷いた。
「三つの世界に分かれた以上、現世で神の血を手に入れることは不可能。――のはずだった。」
「だが、宇宙規模の戯れか、蜘蛛の糸よりなお細い因果の糸は、遥か彼方の時を経て延ばされ続けていた。」
「ヴェイルの血統には、神の血が紡がれている。」
ルクジムは言葉を失った。
自分の血が、神の因子を宿している――?
「君の母、エリシア・ヴェイルは、神の血の“残響”を持っていた。それが、予知能力として現れた。
そして君は、その血をより濃く受け継いでいる。」
「彼女は最後まで、自分の血を“道具”にされることを拒んでいた。」
「オルド・アークはそれを知っていた。だから君を狙う。君の血は、封印を解き、門を開く“最後の鍵”なのだ。
あの夜私は彼女を守りきれなかった。その過ちを、今度こそ繰り返すわけにはいかない。」
沈黙が落ちる。
「……俺の血が、世界を壊す鍵だっていうのか。」
セシルは静かに頷いた。
「だが、鍵は使われなければ、ただの物だ。君が選ぶのだ。開くか、閉じるかを。」
セシルは、窓の外に広がるロンドンの夜を見つめながら、静かに言った。
「これから、ロンドンの町は――人々も、リバースも――大きな厄災に巻き込まれるだろう…。」
その声には、確かな予感と、抑えきれない憂いが滲んでいた。
ルクジムは、険しい表情をしていた。
脳裏に浮かんだのは、パウラの笑顔。
何も知らず、ただ日常を生きている少女。
その無垢な笑顔が、悪魔の嘲笑と、血の匂いのする瓦礫の山に重なった。
「……あの娘のような者も、犠牲に……?」
彼の声は低く、震えていた。
「じっとなりを潜めてなんか、いられない!」
セシルは、ルクジムの瞳を見つめた。
そこには、怒りと悲しみ、そして守ろうとする意志が宿っていた。
「君が動くなら、私も共に動こう。だが、覚えておいてほしい。これは、ただの事件ではない。
“構造”そのものが、書き換えられようとしている。」
その言葉が、夜の静寂に重く響いた。
そして――皮肉にも、この会話を境に、ロンドンでは連続的に猟奇的、残虐極まりない事件・事故が多発し始める。
「夢の中 ― 涙の記憶」へ続く




