遺跡 ― それぞれの旅立ち
夜明け前の森に、静かな奇跡が芽吹いていく。
物語は、祈りと絆を抱えて、新たな旅立ちへと進む。
どこまでも透き通る夜空に、無数の星々が瞬きを放ち、星座を描いていた。
イングランド郊外、深い霧に閉ざされた山中――
その奥深く、人の目に触れることのない場所に、ひっそりと遺跡が佇んでいた。
かつてリバースたちが人間の目を避け、結界に守られながら暮らしていた聖地。
h-aonの闇のゲートが開いたのは、まさにその聖なる地だった。
ルクジム、エド、ジョー、カーロス、スーマ、そしてセシル。
一行は、持ち主のいなくなったログハウスで、静かに傷を癒していた。
ウッドデッキで紅茶を飲むセシルに、エドが話しかける。
「アンタが……あの蛇だったとはな。」
一瞬の沈黙。
セシルは静かに微笑んだ。
「エドワード。こうして直接話すのは初めてですね。よろしく。」
そして、セシルはエドの背後に視線を落とす。
「そして、大きなお友達も……よろしくお願いしますよ。」
少し後ろから様子を伺うカーロスの姿があった。
「……あいつ、いつの間にか、いつも俺の後ろをついてくるんだよな。何も言わずに。」
エドがぶきっちょな顔で呟く。
「気に入られたみたいですね。」
セシルがティーカップをソーサーに戻しながら言う。
「あなたには、酷い経験をさせてしまった。何とお詫びをすればよいか……」
セシルの声には、深い悔いが滲んでいた。
「ルクジムも、あんたも……なんでリバースって奴らは、そんなに生真面目なんだ。どっちみち、国に捨てられた命なんだぜ。」
エドが、申し訳なさそうに返す。
そして、ふと真剣な表情で問いかける。
「……でも、被爆した体が、何もなかったかのように元通りになるなんて……あの水は、何なんだい?」
紅茶の咆哮が森に吸い込まれて消えていく中、セシルが静かに語り始める。
「三人が下した判断の、最悪のシナリオへの最後の希望……いや、賭けでした。」
森の奥から、フクロウの鳴き声が響く。
「放射線を打ち消すことなど、理屈では不可能。けれど――あの泉の“祈り”が、奇跡を紡いだのです。」
セシルの言葉に、あの日の記憶が蘇る。
……遺跡へゲートが開かれた直後
「ジョー、友人を小屋の中へ!エドワード、頑張れ、すぐに運ぶからな!ルクジム、動けるか?」
セシルの声が飛ぶ。
「俺は大丈夫だ。スーマを電源へ繋ぎに行く。」
よろめきながらスーマを掴み、部屋へ入るルクジム。
全員が、ギリギリの状態でログハウスに滑り込んだ。
「ルクジム、バックをください!」
セシルの声が、焦りに震えた。
「……ああ。どうするんだ?」
息を切らしながら、ルクジムがバックを差し出す。
「望みは、これしかありません。」
セシルはバックから、結界呪符で包まれたボトルを取り出した。
中には、聖者の刻――そしてそれを満たす、エリシアの泉の聖水。
「我々リバースには、ある程度の放射線耐性がありますが……エドは人間。一刻を争います。」
ボトルを手にしながら、セシルの額には焦りの汗が滲んでいた。
「この聖水は、エリシアを知る者には力を貸してくれる。だが……エドには、何の繋がりもない。加護が現れるかどうか……」
一瞬の躊躇いが、セシルの手を止める。
そのとき、ルクジムが微かに微笑みながら呟いた。
「大丈夫だ。きっと母の水は、エドを助けてくれる。それに……ここ(遺跡)には、母が眠っている。」
ジョーも、重い口を開く。
「……それだけじゃない。この水を使えば、聖者の刻は再び彷徨い、いずれ消失するかもしれない。それでも、いいのか?」
フォン――
スーマの画面が淡く光を放つ。
残り8%。
それでも、確かに“生きて”いた。
「今ここでの現実じゃ、エドは救えねぇ。ワンチャン、それしかねぇだろ!」
スーマは続ける。
「それに、聖者の刻は俺たちが持ってるってことにして、どこか別の場所に移してくれた方が安全かもしれねぇ。」
「“あちら”の予言者がどこまで見えてるか分かんねぇが、全滅して奪われるよりマシだ。」
セシルが静かに頷く。
「もともと、集めることが目的ではなく……奴らに渡さないことが目的ですから。」
そう言って、セシルはボトルを開け、聖水をエドの口元へと運んだ。
「……あとは、運を天に任せましょう。」
そして、セシルはルクジムに向き直る。
「さあ、私たちも残りの水を飲みましょう。我々にも、放射線は染み込んでいる。」
聖者の刻を満たしていた聖水は、静かに失われていく。
ボトルの中には、封印だけが残された。
そのとき――
ジョーがふと視線を落とすと、カーロスが目を開けていた。
「……気づいていたのか、カーロス。」
「……ああ。お前との殴り合いごときで、壊れはしない……」
ぼんやりと天井を見つめながら、カーロスが静かに返した。
夜明け前の森には、小動物たちが目を覚まし始めていた。
霧の中、木々の葉がわずかに揺れ、すきま風が静かに舞う。
ログハウスの中、エドの顔色が徐々に良くなり、荒れていた呼吸が穏やかに整っていく。
「……よかった。もう安心だ。」
セシルの安堵の声に、ルクジム、ジョー、そしてスーマが大きく頷いた。
その瞬間、部屋の空気がふっと軽くなる。
まるで、誰かが見守っていたかのように。
ルクジムがそっとエドの額に手を当てる。
「熱も下がってる。……本当に、助かったんだな。」
そのとき、微かな花の香りと、温かい月の光のような霊気を感じた。
「母さん……ありがとう。」
霧が薄れ、夜が明けていく。
その光の中で、誰もが静かに笑っていた。
スーマの画面が静かに点滅する。
「ふぅ……これで、少しは報われたってもんだな。」
ジョーは黙って窓の外を見つめていた。
その視線の後ろには、まだ眠るカーロスの姿があった。
夜が明ける。
新たな旅立ちの予感と共に――
「遺跡 ― 再始動の夜」へ続く。




