異質空間 ― 聖獣対魔獣
ラデムの異常な再生――ルクジムは、観察と分析によってその限界を見抜く。
月光を纏った聖獣が、最大の一撃を放つために立ち上がる。
鉄の匂いを含んだ酸素が肺に溜まり、全身に倦怠感として憑依してくる。
赤く染まった薄暗闇の中、閃光が音を立てて瞬き、空間を切り裂いていた。
ルクジムの攻撃は、すでに十数回以上ラデムに命中している。
爆ぜた光が皮膚を焼き、硝煙の匂いが鼻腔に突き刺さる。
爪と刃が擦れ合う火花が、赤い霧の中で星のように散った。
そのどれもが致命傷となるはずの一撃――だが、ラデムの身体は数秒で再生されていく。
いや、再生というより「再構成」と呼ぶべき異様な修復だった。
「その攻撃、もう味わい尽くしたぞ。無意味だ。私にダメージなど無い。」
ラデムが口角を上げ、囁くように言う。
「お前の攻撃だって、まだ一発ももらってないぞ。」
ルクジムが返すが、その息は明らかに荒い。
**(制御を失うな。ここで暴走すれば、セシルを救うどころか、俺自身がこの空間を破壊し尽くすことになる。)**
体の奥で月の力が唸り、制御が指先からこぼれそうになる。
疲労が滲んでいた。
「ババッガキキッ!」
空間に響く衝突音。
お互い、何度も攻防を繰り返す。
「どうした?かなり苦しそうだぞ。」
ラデムが肩で息をするルクジムに、冷たく吐き捨てる。
「そろそろ、逃げた奴らも始末しないといけない。終わりにしよう。」
笑みの消えたラデムが、静かに言い放つ。
ルクジムは、相手の攻撃をかわしながら、確実に反撃を続けていた。
だが、体力の消耗は明らかに不利に映る。
そのとき――
ルクジムは、ある“違和感”を感じていた。
攻撃の感触。
再生の速度。
そして、ラデムの“粒子”の挙動。
「……何かがおかしい。」
ルクジムの鼻が、再生時の焦げた匂いの奥に、一瞬だけ別の、淀んだ異臭を感じ取っていた。
闇の粒子が、一瞬だけ逆流するように光った。
そこに崩壊の瞬間が潜んでいる気がした。
ルクジムの瞳が、黄金色に光る。
その違和感は、ただの疲労ではなかった。
ラデムの再構成には、何か“条件”がある――
それが、次の突破口になるかもしれない。
激しい攻防の中、ルクジムの攻撃の精度が徐々に落ち始め、爪がラデムではなく背後の壁を裂くようになっていた。
「どうした?当たらなくなってきたぞ。」
ラデムが不敵な笑みを浮かべる。
ルクジムは肩で大きく息をしながら、湿度を含んだ空気に呼吸音を溶かしていた。
だが、ラデムの攻撃もまた、ルクジムにはまともにヒットしていない。
一進一退の攻防が、時間と体力を奪っていく。
「所詮、貴様らの抵抗などこの程度よ。」
ラデムが余裕の笑みを浮かべる。
「どうかな……!」
消耗の中、ルクジムは攻撃のギアを上げた。
白銀の爪と牙が熱を帯び、金色の光を宿して加速する。
「ドガガガッズズズズガッ!」
嵐のような連撃がラデムの身体を裂く。
だが、その肉体は次の瞬間には再構成されていた。
「いつまで無駄なことを繰り返すつもりだ?」
ラデムが呆れたように言う。
ルクジムはゆっくりと立ち上がり、口角を上げた。
「……だいたい分かった。」
「お前に疲労の色はないが、攻撃が軽くなってきてるぞ。」
ラデムの爪が叩きつけられるたびに、壁が軋む音は弱まっていた。
最初は雷鳴のようだった衝撃が、今は石を投げつけた程度の鈍い響きに変わっている。
血を拭いながら、ルクジムが続ける。
「攻撃の衝撃は、質量に比例する。つまり、お前の一撃が軽くなってるってことは――」
闇の粒子がざわめき、形を維持できずに震え始める。
ラデムの声にも、初めてかすかな濁りが混じった。
ラデムの顔から笑みが消える。
「だから何だ?」
ルクジムの琥珀の瞳が鈍く光る。
「さっきから、お前の後ろの壁に、一定間隔で傷をつけていた。それで分かったんだ。」
「……何が言いたい?」
ラデムの顔に、初めて焦燥と、隠しきれない激しい怒りが宿る。
「お前、サイズが縮んでるぜ。」
ルクジムが言い放つ。
「再生してるんじゃない。攻撃で死滅した細胞を捨てて、残った細胞で体を再構成してるだけだ。」
「再生より遥かに早く傷は消えるが、体積は確実に減ってる。」
ラデムがルクジムを睨みながら呟く。
「それが分かったとて……何になる?」
「簡単なことだ。」
ルクジムが大きく息を吸い、黄金の瞳に決意を宿す。
月光が彼の背に集まり、白銀の毛並みがざわりと逆立つ。
大地を踏みしめた爪先が、床を砕いて火花を散らした。
「体が構成できなくなるまで、攻撃し続ければ――お前は、消える。」
そして、ルクジムは最大の一撃を放つため、全身に力を込めた。
「聖獣対魔獣 ― 月影の呪牙」へ続く。




