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ナイトコードΩ 【残響の封印】  作者: 神北 緑


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フェンス内雑木林 ― 悲しき運命

林に響く衝突音。

かつて一つだった命が、今、感情という運命の中でぶつかり合う。

苦しみを知った者と、苦しみを拒む者。


轟音と共に舞い上がった土埃は、湿気を含んだ重い空気に押し戻され、林の中に沈んでいく。

木々をなぎ倒しながら、ジョーと人工合成人間――フランケンが激しくぶつかり合う。


拳と拳、肉体と肉体。

それは、ただの戦闘ではなく、運命の交差だった。


ジョーが、戦いの最中に低く呟く。


「……認識番号、零号か?」


「‼」


フランケンの動きが一瞬止まる。

その沈黙を破るように、彼が言葉を発した。


「なんだ……お前、人間なのか?」


「……‼」


ジョーは息を呑み、慌てて返す。


「お前……自我があるのか⁉」


「だったら何だ!」


フランケンが再び襲いかかる。


「ズガン! ゴン!」

衝突音が林に響き渡る。


「やめろ!俺も……零号だ!」


ジョーの叫びが、空気を震わせた。


「……。」


激しいぶつかり合いの熱が冷め、瘴気を含んだ冷気が霧となって二人を包む。

荒い呼吸の中、二人の巨人は困惑の眼差しで互いを見つめていた。


ジョーが静かに口を開く。


「俺たちは、ある実験の副産物として生まれた人工合成人間だ。自我はなくとも……記憶はあるはずだ。」


その瞳には、深い悲しみが宿っていた。


「あの事故で……お前は死んだと思っていた。」


「……放射線耐久実験の時のことか。」


フランケンが呟く。

その言葉に、ジョーの脳裏に、白く眩しい光の中、互いに声を掛け合いながら耐えていた、あの日の記憶が蘇った。


「ああ。俺たちは、二人で一人だった。」


ジョーは自分の胸を指差す。


「俺のここには……お前の心臓が入っている。教えてくれ、なぜ……お前が生きている?」


フランケンは溜息を吐き、地面に座り込む。


「俺たち人工合成人間は、廃棄されても使えるパーツは流用される。今の俺になる前の記憶は、血に残る残留思念程度だ。」


その言葉には、苦しみと怒りが滲んでいた。


「俺の身体には、ブラックドック研究の遺伝子操作で作られた獣の心臓と、機械式の義足が付いている。」


ジョーの目に涙が浮かぶ。

「それでも……お前と生きて、再び出会えるとは……」


フランケンが皮肉めいた笑みを浮かべる。

「この場で『心臓を返せ』と言われても、おかしくないんだぞ。」


ジョーは照れくさそうに呟く。

「俺はジョー……ジョー・ファクシマス。この体の提供者の名前を名乗ってる。」


フランケン――いや、カーロスが答える。


「その理屈で言うと、俺の頭部の人間名は……カーロス・リングだ。」


そして、カーロスが悲痛な表情で問いかける。


「お前は……この“自我”ってやつ、感情はいつからだ?何ともないのか?」


ジョーが答える。


「どういう意味だ?俺は、お前の心臓を移植されて……気がついた時から、ずっとだ。」


カーロスの顔が、怒りに染まる。


「俺は……三日前からだ。胸の奥が焼けるように痛い……何もしていなくても、心臓を掴まれているみたいに苦しいんだ!こんな感覚、俺には必要ない!」


拳を握りしめ、叫ぶ。


「痛みも迷いもなく、ただ命令をこなすだけでよかった。事実も現実も興味はない。死ぬ時に死ぬ、それだけでよかったんだ!」


その告白は、ジョーの期待とは真逆の言葉だった。


熱が冷め、瘴気が再び冷気を纏い、林の空気を支配する。

小動物の気配さえ感じない、静寂の中――

二人の人工合成人間は、運命の残酷さを噛み締めていた。



「……3日前と言ったら、俺たちがロンドンに入った頃だ。」


ジョーの顔が訝しげに歪む。

思考の糸が、過去と現在を結びつけていく。


「俺がお前に近づいたことで……干渉し合い、自我が芽生えたのか?」


その言葉に、カーロスの表情が変わった。


「……何だと?」


殺気が、滝のように溢れ出す。

空気が震え、林の温度が一気に上がる。


「貴様のせいだったのか‼」


怒号と共に、カーロスが噴火のように荒れ狂う。

拳が唸りを上げ、地面を砕く。


「ドゴゴッ! ドンドンッ!」


狂気に満ちた表情で、カーロスが拳を振り回す。

その動きは、もはや理性を失った獣のようだった。


「貴様のせいで……ただ敷地への侵入者を排除するだけだった命令が、苦痛と疑問の山となった!」


「この事実が知れれば、オルド・アークがどんな実験に乗り出すか……その恐怖に戦慄しなければならない!」


拳が空を切るたびに、空気が裂けるような音が響く。


「ガンッ!」


ジョーがその拳を受け止めた。


「やめろ、カーロス! お前の苦しみは分かる!お前は……まだ生まれたばかりなんだ!」


ジョーの声は、怒りではなく、哀しみに満ちていた。


彼は知っていた。

この苦しみは、自我を持った者にしか訪れない痛みだと。


カーロスの瞳が揺れる。

その奥に、混乱と怒り、そして言葉にできない孤独が渦巻いていた。


「だから何だ!なぜ俺が苦しまなくてはならん!」


カーロスの怒りは止まらない。

拳が唸りを上げ、地面を砕き、木々を震わせる。


ジョーはその攻撃を受け止めながら、叫ぶ。


「苦しみが無かったんじゃない!感じる心が無かっただけだ!状況は何も変わってない!」


だが、カーロスの怒りは理屈を超えていた。


「そんなことはどうでもいい!俺は……苦しいんだ‼」


その叫びは、まるで駄々っ子のようだった。


身体は巨大でも、心を持ったのはほんの数日前。

感情というものの理解が追いつかず、負の感覚だけが彼を支配していた。


「じゃあ……お前は、死にたいのか‼」


ジョーが怒鳴る。


「うるさい‼そういうことじゃない!俺の苦しみを……取ってくれ!」


カーロスは苦悶の表情で暴れ回る。

その拳は、ジョーを倒すためではなく、自分自身の苦しみを叩きつけるかのように、無秩序に、そして悲しく空を裂いた。


林全体が二人の戦いに息を潜めた。

葉の一枚すら揺れず、夜そのものが二人の決着を見守っているかのようだった。


ジョーの声が、静かに、しかし力強く響く。


「痛むのは、生きている証だ。お前は今、ただの兵器じゃなく――“命”としてここにいるんだ!」


その言葉と共に、ジョーも反撃を始める。

彼の拳には怒りではなく、悲しみと願いが込められていた。


ジョーの拳は迷いを抱えながらも、相手を守るように軌道を描いた。


対するカーロスの拳は、己の苦しみを叩きつけるためだけの暴力だった。


二人の人工合成人間――

かつて一つだった命が、今、感情という新たな運命の中でぶつかり合っていた。


「地質調査研究所 ― 異質空間遊戯」へ続く。

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