スマホの悪魔 ― スーマの夜語り
郊外ホテル・午前11時
曙光カーテンの向こうでは、誰も知らない夜の声が眠っている。
部屋に微かに漂うのは、セシルが淹れた紅茶の残り香。
優雅な香りが残る空間に、静かに現れたのは一人の青年――ルクジム。
その背に宿るのは、銀月に狂う獣の血。
だが今夜は、彼の目は感情を閉ざしていた。
妖気すら隠さぬその無表情には、何か深い引力がある。
彼が手に取ったのは――かつて伯爵の中で眠っていた奇妙な存在。
画面が点灯する。
「フォン!」
スマートフォンに宿る悪魔が目覚める。
「おいなんだ!まだこんな時間(AM11時)だぞ!俺様は食事(充電)中だぞ!」
「寝てるときは更新が一気に来るからボーッとなんだよ!」
だが、ルクジムは何も返さない。
ただ無言で画面を叩く――「タタタッタタッ。」 そしてスーマを充電ポートに戻すと、振り返ることなく静かにその場を離れていった。
置き去りにされたスーマの画面に、焦りと困惑が滲む。
「何だよ、いきなり!何なんだよ!……地図アプリ…に座標…」
「おい!これって!」
語る相手はもう、部屋にはいない。
翌朝(夜)・静かな朝会議
いつも通り、セシルの紅茶が静かに湯気を立てていた。
朝の空気は冴えているが、話す内容は夜より深い。
セシルがカップを口に運びながら口を開く。
「今のところ奴ら、オルド・アークの動きも無いようだが…。」
「ヴェイルの血は最優先事項のはずが静かすぎますね…奴らは封印を少なくとも1つ以上、場合によっては全てそろえているはず…」
空気が張りつめる中――画面が揺れる。
「逆じゃねーか?」
スーマの割り込みに、ルクジムの耳が微かに揺れる。
「どういう事だ。」
「全部、持ってんならワン公を捕まえるだけだろ?来ないってことは、それ以上の優先順が有るか 平行作業中って事じゃねーか?」
セシルは考え込むように天井を見上げる。
「ふむ。では、封印を揃えていることは事は無いと…。」
タイミングを合わせたかのように、スーマが画面を明るくして言う。
「今、確認したが半径500キロ内の監視カメラやセンサー、探知機にそれらしい反応はねえな。」
「報道記事にもそれっぽいものは、無え。」
椅子が跳ねるような音を立てて、ルクジムが立ち上がる。
「お前、そんな一瞬でわかんのか??」
スーマは画面を反転させるように得意げに答える。
「おうよ!1万ペタバイトぐれーのデータ解析なら秒よ秒!」
それはもう、呪文より速い魔術。
吸血鬼すら眉をひそめる計算速度――だが、その真価は、別のところにあった。
セシルの目が鋭くなる。
“文明の頂に届くほどの技術が、魔物の宿る器となったとき――その存在は、力か災厄か。”
静かに、スーマが言う。
「怖え顔すんなよ!オッサン(セシル)の言いたいことは分かるぜ。でも心配すんな。 信じねえかも知れねえが、俺様は人間が好きなんだ!」
その言葉に、場が止まる。
紅茶の湯気すら、今は動かない。
記憶の底で語られる ― スーマの過去
「俺様は小せえ時から人の世界を見るのが好きでよ…… こっち側で言やーテレビの感覚か。 だもんで今回、召喚が来たときは喜んでたんだけどよ。 アイツ(伯爵)の自我は消えずに俺様の意識は伯爵の中で停止しちまった」
「アイツのしてたこと、考え、記憶は記録されてるが俺様の意思は無え。」
セシルが、どこか悲しげに微笑む。
「スーマよ、差支えがなければ人を好きになった訳を聞いても良いかな?」
画面が一瞬、静かになる。
そして、語りが始まった。
「俺は昔、人間を飼ってた事があったんだ。 魔法陣で繋がった契約の生贄が、子供の魂だった。 契約だから俺様は希望を叶えてやった報酬を、美味しく頂くつもりでいた……んだが、出来ずに飼う事になった。」
「泣いて、笑って、怒って、わめいて、甘えて…眠る。…そのうち、俺様の中で今まで生きてきて感じた事のない感覚が生まれて来やがった。」 「温かくて、フワフワしてて、嬉しくて…苦しくて、辛くて…訳の分からない感情。それからは何時も居るのが当たり前になった。」
静かに、画面が暗くなる。
「人間の魂の命はメチャクチャ短い。あいつが居なくなってから俺様は人間ばかり見るようになった。」
その声には、普段の粗野な響きとは異なる、切なさと温かさが混じり合っていた。
そして最後の記憶。
「名前、ってやつ。…あいつも言ってたような事を思い出したぜ、…最初が聞き取りにくいが、たしか最後が……ボナー。そう言ってたような…」
その画面は、涙のない涙を映していた。
沈黙と告白
セシルは口を開く。
「‥それは、愛だよ。スーマ。」
ルクジムは背を向ける。掛ける言葉が、出てこない。
だが、その背には、理解と痛みが混ざった震えがあった。
セシルが言葉を絞り出す。
「言葉も選ばず、偏見や固定観念で話をしたのを誤りたい。申し訳ない。」
スーマの画面が明るくなる。
「心配すんな!何とも思ってねえよ!」
そして――
「お前はとっくに同盟の仲間だ!」
ルクジムが口にしたその一言が、空気を変えた。
かつて、自分が誰にも信じられなかったように――今、自分が誰かを信じたのだ。
セシルの目が微笑みで揺れる。
“変わったな…ルクジム”
そして、ふと小さく呟く。
「…ボナー……まさかな…。」
誰も返さなかった。
ただ、部屋の空気はあまりにも――優しかった。
「グレイヒル-記憶の鍵」へ続く




