地下屋敷 ― 銀月の咆哮
伯爵は続ける。
「数年前に我をそそのかし契約者にさせた後、奴ら――オルド・アークが持ち去った。
魂が分離できぬ契約者など、奴らには都合が悪い。コントロールできんからな……」
その言葉を残し、伯爵の体は灰となり、風に舞って消えていった。
静寂が戻る。
差し込む朝の光の中、ルクジムは膝をつき、セシルはそっと肩に手を置いた。
「封印は、まだ遠い。だが、君の力は確かに目覚めた。
今はそれだけで十分だ」
ルクジムは、静かに頷いた。
朝の光が、崩れた教会の瓦礫の隙間から差し込んでいた。
戦いの余韻がまだ空気に残る中、セシルはゆっくりと息を吐き、背筋を伸ばした。
「……これで、アリアの呪縛も解かれました。彼女の記憶は、私が“夢”の中に閉じ込めましょう。
もうこの夜を思い出すことはないでしょう。彼女は、ただの優しいシスターとして生きていける。」
セシルの声には、安堵と少しの疲労、そして皮肉が混じっていた。
その安堵は、まるで重い荷を下ろしたかのような、微かな息遣いとなって漏れていた。
瓦礫の中に立ち尽くすルクジムの背に、セシルの声が静かに届く。
セシルは朝日に照らされた瓦礫の中、目を細める。
「オルド・アークが来ていたのなら、この現場もすぐにもみ消されるでしょう。
彼らは“痕跡”を残すことを何より嫌いますから」
そして、口元にニヤリと笑みを浮かべた。
「ロンドンの後ですからね。これ以上のゴシックは、最悪でしょうから」
ルクジムは、半笑いで肩をすくめた。
「……嫌なヤローだ」
セシルは、肩をすくめて答える。
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
その時――セシルのスマートフォンが、怪しげに光っていた。
パウラの日記
20××年7月20日(日) 夜
数日前から、町では怖い事件や事故が相次ぎ、大騒ぎになってます。
警察も来てるし、ニュースでは「異常事象」とか言ってて、なんだか物騒。
学校も休みになって、外出禁止令まで出ちゃって……。
こんなこと、今までなかったのに。
でも私は、ちょっとだけラッキーかも。
1週間ほど前に、古書店の店長――セシルさんから留守電が入ってました。
「ルクジムとしばらく旅に出るので、店は開けずに、たまに掃除してくれるだけで良い」って。
給金はいつも通り貰えるって言ってたし、仕事は楽になるし、ちょっと嬉しい。
……ルクジムって、あの人の名前かな?
白い髪で、無口で、でも優しい目をしてる人。
セシルさんが「青年」って言ってたけど、なんだか……不思議な雰囲気の人だった。
白い光の中にいるような、ちょっとだけ現実じゃない感じ。
地下屋敷―封印無き戦場
瓦礫の隙間から差し込む朝光は、静かに灰を照らしていた。 チリとなって消えた伯爵の残骸が、風に舞い上がり、空へと溶けてゆく。
ルクジムは膝をつき、拳をほどきながら呟いた。
「……こいつも、犠牲者だったんだな……」
ルクジムの脳裏には、どこか自分と重なるような伯爵の姿がよぎった。
悪魔に利用された存在――それは、ヴェイルの血を引く自分もまた、常に隣り合わせの危険だった。
セシルはその言葉を聞きながら、しばらく黙っていた。 そして、ルクジムの目をまっすぐ見つめる。
「吸血鬼に“死”という概念は在りません。 八十八日後、蛇の姿で再び地上に現れ、時間をかけて元の姿へと還るでしょう。 だが、契約者としての“本体”は元素に還り、失われています。 あの伯爵はもう、オルド・アークの執行者には戻れません」
瓦礫が乾いた音を立てて崩れ、教会の奥で十字架が鈍い音を立てて地に落ちる。
ルクジムは少しだけ、肩の力を抜いたように小さく頷く。
「……そうか……」
目を伏せた彼の背で、白銀の体毛が静かに揺れていた。 戦いの痕跡はまだ空気に残っている。
だが、今はただ、静寂。
「屋敷跡地―スマートフォンの悪魔」へ続く




