ロンドン ― 古書店事件Ⅲ
正義の名を借りた群衆の影が、静かな古書店をゆっくりと人間の闇へ沈めていった。
戦慄と狂気が交差するノクターン古書店は、
人の闇にゆっくりと呑まれていく。
パキッ……バリッ……バリッ。
スマホを片手に撮影しながら、
割れたガラス片を踏みつけて店内へ入っていく影。
「さっきまで女の声、聞こえてたよな?」
『開ける直前まで聞こえたぜ』
数人がライトを掲げ、店内を撮影しながら確認する。
『視聴者数10万超えた!やべぇ!!』
無自覚な書き込みが流れ続ける。
散らばるガラス片の中、床には赤い痕跡が点々と続いていた。
それは奥へ、奥へと消えていく。
「奥の階段に続いてるんじゃないか?」
ライトを向けた一人が呟く。
『下に逃げ道でもあんのか?』
『立てこもりか?』
コメントが増殖する。
「どっちにしても行くしかないだろ。こんだけ視聴者いるんだし」
無邪気な狂気が、不穏な笑みに変わる。
追及する視線に、
自分たちが“何をしようとしているのか”という自覚はなかった。
地下室
「ハァ……ハァ……ハァ……」
パウラは血の滲む左手を押さえながら、
地下室の扉の裏に座り込んでいた。
その傷はかなり深い。
『パウラ!パウラ!大丈夫!よくやったよ!』
ミナの声が震えている。
「ミナ……ミナ……ミナぁ……!」
パウラはスマホを抱きしめるように泣き崩れた。
扉が破られる寸前、
ミナの声に突き動かされ、
ギリギリで地下室に逃げ込んだのだ。
だが――
階段を降りてくる足音が響き始める。
「この奥に扉があるみたいだぞ」
「ッ……!」
パウラの顔から血の気が引く。
『大丈夫、パウラ。スーマさんに聞いたけど、その扉はかなり丈夫にできてる。
一般人じゃ開けられないよ』
ミナは必死に声を落ち着かせる。
『怖かったね。よく頑張った。もう安心して。すぐ友達が着くから』
「ミ……ナ……」
緊張の限界で、パウラは意識を失った。
『パウラ!?パウラ!しっかりして!』
返事はない。
「扉、大丈夫なんだよね!?」
ミナが部屋で叫ぶ。
「大丈夫だ。俺様も行ったことがあるが、
あの扉は素人がどうこうできる作りじゃねぇ」
スーマが優しく答える。
「まずは……ありがとう、ミナ」
「後はエドとミラが着くのを待つだけです」
アリアが続ける。
ミナは涙を流しながら、
「パウラ……もう少しの我慢だよ……」
と呟いた。
そして――
ミナはスマホを握り直し、
自分のフォロワーへ向けて発信を開始した。
「これは犯罪だ」と。
ノクターン古書店地下
ドンドンドンッ!
「開けろよ!そこにいるのは分かってんだぞ!」
地下室の扉を叩く音。
その時、階段の上から声が響いた。
「スコットランドヤード(ロンドン警視庁)だ! お前ら、不法侵入だ!」
ライトを掲げた二つの影。
「おい、警察!? 早くね!?」
『マズい!ここまでか!?』
配信者たちは両手を上げて振り向く。
「お前ら、外に出ろ!」
刑事が鋭く命じる。
その足元には、
小さく折り畳まれたパラシュートの残骸が二つ。
もう一人の刑事が、それを静かにテーブルの下へ蹴り込んだ。
配信者たちは、
自分たちが何していたのかを
ようやく理解し始める。
外には、配信を見て集まった人々が増え始め、
遠くでサイレンの音が響いていた。
狂乱が宴を終え、
人々は自分の行動に恐怖を覚え、
静かに沈んでいく。
やがてパトカーが到着し、
侵入者たちは投降した。
その背後――
地下室の扉は静かに開かれ、
二人の刑事と共に、少女の姿は闇へと消えていった。
「古書店 ― エドとミラ」へ続く。




