第五十七回 パワー・ゲーム
「節度使に何か問題があるのか、魏高輔」
風演が尋ねると魏高輔は断言した。
「勅命を聞かず、陛下の朝廷をないがしろにして、私腹を肥やしている」
「節度使たちがか!?」
「へぇ。魏澄子もちらりと、禍根を残すって申していたでしょうが。ありゃあ雪瑜殿のことだけを言ってるんじゃございませんぜ」
「そ、そうなのか」
「へへぇ。藩鎮の連中はやりたい放題ですぜ、陛下。雪瑜殿の協力で作った新法も、まるきり無視ときたもんだ。このままじゃあ真面目にやってる他のモンに示しがつかねえ」
そこでようやく雪瑜が口を開いた
「信じがたい。それは本当のことですか、魏高輔殿。各藩鎮には毎年監察を送っていますが、節度使たちは品行方正という報告を受け取っています」
「こりゃ目敏い雪瑜殿にしては目が曇ってらあな」
「……なに?」
「毎年お決まりの視察の目なんていくらでも誤魔化せる。あとは宴を開いて賄賂でもやらあ、監察は悪いようには書かんモンよ」
「そこまで言うからにはなにか根拠があるのかな。我が父である欧陽乙も節度使の任に着いていることをお忘れなく」
「監察からは良い話しか伝わって来ねぇが、北域や西域では風土気候の違いを理由に新法の適用が進んでねぇってのは事実だ」
「それはしょうがないことではないか。全てを画一に当てはめようとするなど、現実的ではない。それに辺境の防備を担う節度使は何かと物入りなのだ、多少の蓄財には目を瞑ってやらねばならん」
「だったら風土もきちんと考慮して法を改変すればいいだけだろう、雪瑜殿。節度使なかりせば胡人どもが侵略が始まるのは必定、わしとてその程度のことは分かってらァ。しかし中央の命令を無視する、統治の実態すら把握していない、ってそいつはマズいって申してんのよ。特に石豹将軍辺りは相当な財産を築いてるぜ。おまけに昭国には報せてない兵まで養っている。一体何に使うつもりなのやら」
「石豹将軍は西域の要、数々の戦功に加え、最近では伊玄曹の反乱にも気が付き対策を講じてくれた。根拠なき侮辱は許さんぞ」
「他はまだだが石豹将軍については根拠はある。っていうのも新法の施行が進んでるか部下に調べさせたのよ。そのとき将軍の不審な動きにも気づいたのさァ」
「不審……?」
「石豹将軍は昭の文字じゃない新たな文字を作らせようとしてる形跡がある。なぜそんなものが必要なのか、理由は一つしかない。独立だ」
「……」
雪瑜は迷った。
彼女は石豹に親近感を抱き、前々から気に入ってたし、恩も感じていたからである。
その彼を悪く言われるといい気分はしなかったが、確かに特権を与え過ぎだと言われれば、否定しきれない。
昭国最強の軍団を持ち、昭国の誰よりも広い支配地を持ち、そこで王の如く振舞う男。
それが従順ならばいざ知らず、自分たちの法を無視しているというのは見過ごせない。
締め上げる必要があるかも知れない。
だが、ただ一度疑惑が持ち上がっただけで圧を加えてよいものか。
雪瑜はちらりと横を向いて、風演がどう思っているか発言を促した。
しかし、風演は小声で何かぶつぶつと独り言を言っただけで、それ以上の言葉はない。
ちっ。
大家ははっきりしない。
優柔不断な皇帝に、雪瑜は思わず舌を打った。
「魏高輔殿の意見は分かった。石豹将軍やその他の節度使への対応はこちらで考える。魏高輔殿は各地域に対応した新法の改変案を考えていて欲しい」
「承知。頼んますぜぇ、雪瑜殿。伊玄曹も石豹将軍には常に警戒していた。わしもそこだけは奴と同感だなァ」
この密会を終えた後、節度使たちの元に皇帝の名で書状が送られた。
諸君の日ごろの働きを労う酒宴を開くので、神都まで来るようにという内容である。
だが実態は彼らを招き、その真意を今一度問いただす為の招集である。
──特に石豹将軍には直接話をせねばならんだろうな。そうすれば分かってくれるはず。
そう雪瑜は考えていた。
一方この頃の玲は相変わらず後宮から出ることは稀だったものの、亮を通じて独自に外部の情報を集めていた。
亡母の廟に腰を下ろした玲は、いつものように亮からの報告を聞く。
「新法によって利益を奪われた者たちは相当魏高輔様を憎んでいる様子……」
「それくらいは予想されたことです。魏高輔殿も迎え撃つ準備は出来ているでしょう」
「不満は新法そのものだけでなく、藩鎮の節度使たちが新法を無視していることにも原因があるようです。公正な法の適用を求める方もいれば……いっそのこと新法に反対した節度使が反旗を翻せばいいと仄めかした者もいます」
「不埒な……しかし魏高輔殿も石豹将軍の動向は気にかけていました。良くないことが起こるかも知れません……」
玲は憂いを湛えた目で天井を仰いだ。
権力闘争に終わりはない。気が滅入る。
「他には……雪瑜の動きに変わったところはありましたか?」
「先の件と関連して一つ。雪瑜様は個人的に石豹将軍と連絡を取り合っています。酒宴に招待された際の立ち振る舞いなどを助言しておりました」
「そうですか。彼女は早く皇后になりたがっています。石豹将軍の口からも昇格を推してもらおうという魂胆があるのかもしれません……」
玲は荘子の一節を思い出した。
獲物を捕って食らおうとする者は、自分を狙う背後の危機に気付かない、という下りだ。
いまの雪瑜は早く皇后になろうと躍起になっている。
危険が目に入っていないのかもしれない。
「……用心しすぎることはないわ。最悪の場合、呼び出された節度使たちの反乱があるかも知れません。節度使が滞在してる間は、いつでも陛下をお連れして逃げ出せる用意をしていて」
「承知いたしました」
そこまで言うと玲は目を瞑った。
そのまま固まったように動かない。
しばらくすると、玲は両手で頭を抱えて蹲った。
「……玲様!? どう致しましたか、ご気分が優れぬのですか!?」
心配して亮が心配して声をかける。
「なんでもない、なんでもないわ。ちょっと悪い想像をしただけ」
「横になられた方がいいのでは?」
「大丈夫よ。なんでもないから……亮、少し一人にして」
玲がそういうので、亮はためらいを見せつつもその場を離れる。
一人になった玲は、再び頭を抱えた。
伊玄曹の乱の最中──宗靖は颯爽と現れ、私を助けてくれた。
もしまた乱が起これば再び宗靖に会えるのではないか。
玲が頭を抱えたのは、脳裏にそんな考えが過ったからである。
陛下を何に変えても守ると誓ったはずなのに、陛下の命を危機に晒してまで、自分は宗靖に会いたいと思っているのだろうか。
しかも、よりにもよってあの時命を散らした護景の弟の前で、そんな考えに耽るとは……!
ほんの一瞬浮かんだ邪な考えの為に、玲は自己を激しく嫌悪した。
なんということ。なんとういう女だ……!
……いや、分かっていたはずだ。自分が邪淫の女だと。
雪瑜を作り出した女だと。
今更悲劇ぶるな。
自分の本性が途方もなく邪悪でも、それでも陛下に尽くすと決めたはずだ。
自分に対する失意の中、玲はいつになく長く廟の中に籠っていた。
「……」
天啓の如き閃きが彼女に舞い降りたのは、その時だった。
暗くなり始めた廟堂の中で、玲はハッと目を見開く。
──靖ちゃんはなぜあのときあそこに現れたんだ?
そして今このときどこで何をしている?
反乱の衝撃が大きすぎて、今まではそのことに疑問にすら思っていなかった。
だが、考えてみればおかしなこと。
靖ちゃんはいつも私を見守っていた、なんていうのは非現実的。夢見がちな少女の考えだ。それはない。
あの時あの場に現れたのは必ず理由がある。
そしてこれ以前に靖ちゃんが現れたのは、武挙の改革のとき。
石豹将軍が参朝したとき。
「あっ」
欧陽玲はついに石豹と宗靖の繋がりに気が付いた。
立ち上がった玲は叫んだ。
「亮、まだそこにおりますか! 亮!」
「はいっ玲様!」
宦官の少年が現れると、玲は額と額が触れ合うほどに顔を突き出して囁いた。
「信頼できる人を選んで西域の藩鎮に送りなさい、そこで調べて欲しいことがある。秘密にして欲しいけど別に違法なことではないわ。できるかしら?」
「少しお時間を頂ければできます」
「時間は少しぐらいかかってもいいわ。慎重に進めて。人選が決まらないなら、私の名前を出して焦螟様に相談してもいいわ」
「はい。それで何を調べればよいのですか?」
「詳しくは後で話すけど、知りたいのは石豹将軍の配下に、宗……いや、胡人でない若者がいるかどうかよ。できるならその人と連絡を取れるようにしたい」
「承知しました」
──靖ちゃんは石豹将軍のところにいる。
権力争いの渦中にいる節度使、王になる野心が見え隠れるする男のところへ。
そして私は……雪瑜と共にある。政治を裏から操り、皇后の座を着こうとする女と共に。
う、上手く行けば、私達はその両方への重しとなれるかもしれない。
書き溜めが尽きたので一か月ほど更新をお休みします。
ここまで読んでくれてありがとうございます。それでは次回の更新で。




