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第五十一回 二聖

 劇を鑑賞した風演と雪瑜は道端で露店でいくつかの買い物しながら仲睦まじく寄り添いながら大通りを歩いた。

 二人の前後には目立たない格好で護衛の兵士が見張っているものの、皇帝とその妃という身分を考えれば恐ろしく無防備である。

 だが、雪瑜はそのスリルを味わっていた。

「ふふドキドキしますね、大家(ターチャ)。たまにはこういうのも悪くない」

「命を狙われたばかりだというのに、お前は本当に」

大家(ターチャ)は皆から慕われておりますから大丈夫です。あの芝居を観てもお判りでしょう?」

「そうかもしれんが……おや占いか」

 風演は通りの一角に目を留めた。

 小さな机だけがぽつんと置かれていて、机の向かいには年老いた易者が座っている。

「どうだ雪瑜、一つ占ってもらおうか?」

「私は結構でございます」

「どうしてだ? 占いは嫌いか?」

「そういうわけではないのです。ただ占いについてあまりに無知な為、その結果を信じられないのですよ」

「ん、どういうことだ?」

「どのような易が出たか自分で分からないようでは、でまかせの結果を言われてもその真偽が分からないではありませんか。それでは占う意味もない。どうせならちゃんと易を学んで自分のことは自分で占いたいと思っております」

「ふうむ。確かに自分で学ばねば良し悪しも分からぬのは何事もそうだな」

「占いなどよりも書画骨董でも見て回りませんか。私の隣には天下の目利きがいらっしゃる。掘り出し物が見つかるかもしれません」

「私はいいが、それではお前はつまらぬだろう」

「まさか。大家(ターチャ)とこうしているだけで私は楽しいのです」

「……実は」

 風演は恥ずかしそうに言った。

「自分の目で見て市に売りに出されている物を買いたいと、以前から思っていた」

 微笑ましい望みに雪瑜の顔も綻ぶ。

「どうぞご随意に。ここは貴方の国ですよ、皇帝陛下」


 二人が骨董市の中でも一番の大店・金華堂に着くと、風演は少年に戻ったかのように無邪気にはしゃいだ。

「良い雰囲気だ。胸が躍る!」

 風演の心は浮足立っているものの、じっと品物を眺める目は真剣そのものだった。

 その評価はあくまで厳しい。

 陶器の皿を観察しては、「これは何某の贋作だ。しかも余り上手くない」

 書画を観ては「作者の名に聞き覚えはないが中々の絵だ。しかし構図がちと寂しい。もう一工夫あれば化けるだろう」という所見を述べる。

「中々大家(ターチャ)をご満足させる品は見つかりませんね」

「それはそうだ。これでも天下の名物を観てきた私だぞ。そう簡単には驚いたりはしない」

「むー……」

 雪瑜は番頭に近づいて言葉を交わし、何かを握らせると、一度番頭は奥へと消え、店主らしい老人を連れて戻ってきた。

 さらに老人は雪瑜と一言二言交わすと再び店の奥へと引っ込んでいく。さらに店の者数名が奥に向かった。

「ん、雪瑜、店の者に何を申した?」

「さる大貴族の当主が、この店で一番の珍品を見せて欲しいと望んでいると申しました。快く分かったと言ってくれましたよ」

「ほう? 何が出てくるかな」

 しばらくして老人が戻ってきた。その後ろでは店員二名が協力して何やら巨大なものを持っている。

 店員たちが持っている物には布が被せてあった。

 老店主は風演と雪瑜に向き直って拱手する。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありませぬ。店主の陳秀と申します、ええと……」

 店主は申し訳なさそうに名前を尋ねた。そこに雪瑜が助け舟を出す。勿論正体を明かすわけにもいかないので、内容は嘘である。

「こちらの方は風真様だ。廉安公主様のご子息に当たる」

「えっ!?」

 陳秀は目を見開いて驚いた。

 神都に居れば皇族に出会うことはさほど珍しいことではない。だがそれらの皇族の殆どは何の力もない傍流の裔だ。

 しかし、廉安公主となれば話は違う。先帝の姉であり、現皇帝の伯母に当たる存在だ。押しも押されもせぬ大貴族である。

「そ、それは失礼を……」

「よいよい。それより品を見せてくれないか。かなりの大きさだが」

「は。そうぞ、ご覧を」

 老店主は被せてある布を剥ぎ取った。

「む……」

 その品を見た瞬間、風演は目を細める。

 それは焼き物の類でも、書画でも、彫刻などの美術品でも、楽器でもなく、一個の在りのままの岩だった。正確には金鉱石である。

 大きさは二抱えほどもあろうか。

 かなりの巨大さで、これを砕いて金成分を取り出せばかなりの量の金が採れるはずだ。

 しかし、それをするにはこの金鉱石の元々の姿が美しすぎた。

 この金鉱石を山に見立てると、鞍部から渓谷に見える部分に純度の高い金が露出し、まるで黄金の谷といった風情を作り出している。

 その他に稜線から下部に向って何段階かに分かれ帯状に金の筋が走り、小さな山体を普通以上に立体的に見せる効果が発揮されていた。

 雪瑜が息を呑むと、老店主はこの金鉱石の由来を語った。

「元々は東国の鉱山で見つかったものでしてな。花石綱の一環として皇帝陛下に送られる予定だったのですが、突如花石綱の打ち切りが宣言され、この店で買い取ったのです」

「砕いて金を取り出せばかなりの価値になろう。そうしようとは思わなかったのか」

「はっはっは。旦那様もお分かりでしょう。そんなことは無粋だと。仮にこれを砕いて金を取り出したとしても、その金を元よりも美しいものに加工できる者がどれほどおりますやら」

 雪瑜は店主の言葉を聞いてそうかもな、と頷いていた。

 だが続く店主の言葉は、雪瑜の胸中をざわつかせた。

「これは在りのままの姿が一番美しい。人間も同じかもしれませんなァ。妙な考えを起こさず、己の分を弁えて在りのままであるのが一番なんですよ」

 風演は店主の言葉にうんうんと頷く。

 その隣で雪瑜は不快なわだかまりを感じていた。


 ……在りのままが一番だと。

 もし、在りのままの状態を受け入れていたのなら……今頃私は皇帝の妃という身分ではあるまい。

 小さな田舎の小娘に憑りついた妖として扱われていたはずだ。

 己の分など知ったことか。それは始まった時に分かるものではない。それは終わった後に分かること。

 思わず声が出た。

「果たしてそうでしょうかね? 私にはこの岩が最も美しいのは、このままであるとは思えません」

「いや、それは各々の感じ方一つでございますので……」

 店主が口を濁す。

大家(ターチャ)はこれを購入されますか?」

「少し悩んでいるが……どうした雪瑜?」

大家(ターチャ)が買わぬなら私が買います」

「え……」

「どうしますか、大家(ターチャ)

「それには及ばない。欲しいなら私が買ってやる」

「いいえ。私が(・・)買います」

 雪瑜が強い口調で言うと、風演は肩を竦めた。

「お前の好きにするといい」


 その場で雪瑜は金鉱石の売買の契約を結び、物は後日家人に取りに来させると言って金華堂を出た。

「一体どうしたんだ。突然むくれて?」

「……先ほどの老人の言葉が気になりました。あれは生まれが全てを決定するという考えに聞こえます。伊玄曹は高貴な生まれでございましたが、心は邪悪そのもので謀叛を起こしました。大家(ターチャ)の忠実な僕である庵室の学士の中には、生まれ卑しい者たちもおります。しかし本人の努力でその能力を磨き、陛下のお役に立っております。出自ではなく自身を磨く行為こそ尊いと雪瑜は考えます」

「うむ。その通りだ」

「変わらぬことこそ美徳、そのような考えは衰退の兆し。私はそのように思っております」

「それで、なぜその岩を買ったのだ?」

「ふっ。私はこれをあの老人が想像もできないくらい有効活用してみせましょう。ところで大家(ターチャ)今日は楽しめましたでしょうか」

「え? あ、ああ。良い気分転換になったぞ。城を離れてみるのも、たまになら良いかも知れんな」

「……日々の御政務大変でございましょう? 国を背負う重圧、私には想像もできませぬ」

「しかしそれが私の責務だからな」

「大変でございましょう?」

 雪瑜はもう一度繰り返したことで、風演も気が付いた。雪瑜は何かを言おうとしている。

「どうした、何が言いたい?」

「私に大家(ターチャ)の重荷を少し分けて下さることはできないでしょうか?」

 それから雪瑜は、がやがやとした雑踏のざわめきに紛れながら、一つの考えを風演に提案した。

 それを聞いた風演は仰天したが、雪瑜は皇帝を魅了している蠱惑的な笑みを浮かべる。

「何事も変わっていくものでございます」

 雪瑜の微笑に風演は逆らえない。

「そう、だな」

 と、頷いてその提案を受け入れた。

 比翼の鳥の如く二人は身を寄せ合って、馬車に乗り込み、帝国の最も深い場所に帰っていく。


 雪瑜が仙遊宮に戻ると、全ての者が彼女に平れ伏していた。

 ──全てねじ伏せた。

 自分の権力を存分に感じる瞬間。性的な興奮に似たゾクゾクとした感覚が彼女を興奮させる。

 ふと雪瑜は自分に平伏している者の中に孝淑妃を見つけた。

 慌てて近寄り、後宮の位ではこの場で唯一自分と対等な立場である妃の身を起こしてやる。

 哀れな孝淑妃は震えていた。

「月巧妃殿の寛容に甘えるばかりで、こ、此度の不始末は何とお詫びしてよいものか分かり申さぬ」

「そのようなことは無用でございますよ! 伊玄曹が悪いのです、伊玄曹が!」

 年上の妃に慈悲と寛容を与えると、雪瑜の自尊心と承認欲求はますます満たされていく。

 そして並々と満たされた承認欲求に彼女は酔った。

 どんな酒よりも深く酔った。


 後日、あの金鉱石が届くと、雪瑜はそれを砕くように命じ、取り出された黄金を使って一脚の椅子を飾り立てるように命じた。

 一言で言うと、雪瑜が作らせたのは玉座である。

 朝議などを聴政する皇帝の玉座のやや後ろに御簾が下ろされ、そこに雪瑜が座るもう一つの玉座が置かれた。

 その意図は彼女が聴政する為である。


「皇帝が幼帝であるわけでもなしに垂簾の政など! 何を考えているのか!!」

 諫臣・魏澄子などはこの処置に激しく反発したが、彼に賛同する者は皆無である。

 もはや雪瑜は後宮で陰謀を巡らすだけの存在ではない。

 名実ともに帝国の共同統治者であった。

 今回の更新で一か月ほど更新を停止します。

 ここまで読んでくれてありがとう!感想、評価ポイントもお気軽に宜しく!

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