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11話 雷ネズミ

 こんなやりとりをしつつ、交流試合前日の夜となる。

 5人試合となるので一緒に参加するテニス部の生徒達と親睦を深め、エクセルと明日の集合時間のやりとりを終えた後帰路へとつく。


 随分と遅くなってしまい、どっぷりと夜へとなってしまっていた。

 夜の街中を制服を着た少女が足早で進んでいく。


 明かりの少ない暗がりの道、ファンヌは急いで帰っていた。


(つけられているわね)


 生まれのおかげで気配を読むことに長けているファンヌは暗がりの中、数人の男達が一定の距離を保ちつつ追いかけてくることを知る。


 ファンヌは魔法学院の制服を着ており、平民生徒が着る制服とは異なっているため誰が見ても貴族生徒であることが分かる。

 貴族生徒の誘拐狙いの事件は少なからず存在し、ファンヌもそういう目に遭いそうになったことは何度もある。


 何度もあるが実際に誘拐されたことは一度としてない。

 むしろわざと引き寄せているという所がある。


(今回はちょっと違うみたい)


 挙動がプロの足捌きであった。

 誘拐目的ではなく、わざと気配を察知させ行動を制御しているような感覚に陥る。

 ファンヌはその誘導通りに動くことにしてあけた場所である公園へ足を踏み入れた。


 そこで7人の覆面をした男達囲まれる。


「わたくしに何か用でしょうか」


「……」


 男達は何も言わない。


「ではあなたに聞きましょうか」


 ファンヌは誰もいないあらぬ方へ呼びかけた。


「へぇ……私の存在に気づくなんてそっちの生徒会長も雑魚ではないようね」


 ファンヌの向けた視線先、木々の間から1人の制服姿の女子生徒が現れた。

 長く美しい金髪を揃えて、高価な装飾品とセルファート魔法学院の制服を身にまとったその姿……見覚えがあった。


「セルファート魔法学院、生徒会書記のリアンヌ様ですね」

「今は副会長よ」


 リアンヌは社交場で有名な公爵令嬢であった。

 公爵家の娘なのだから貴族界の中でも大きな力を持っており、ファンヌも存在を良く知っている。

 さらに言えばこの国の第一王子のヴェイロンの婚約者候補の筆頭であることも……。


「リアンヌ様がこのような物騒なことをされるなんてどう言った事情でしょう? 全く見当もつきませんわ」


「白々しいことを……。まぁいいわ。明日の交流会、欠席なさい。痛い目に遭いたくなければね」


「なぜそのようなことを……」

「すでに第二王子以外は押さえさせてもらったわ。あなたまでとは思ったけど、念には念を入れさせてもらうわ」


 ファンヌの表情が少しだけ変化する。


「理由を聞かせてもらえませんか? わたくしも生徒会長。聞くことくらいはさせて欲しいです」


「ふん、あの平民女にこれ以上……図に乗らさないようにするためよ」


「それはいったい……」


()()()()の噂くらい知っているでしょう」


 氷の乙女。

 噂はティートリアやエクセルなどを通じて聞いたことがあった。

 第一王子ヴェイロンが最近、一学年下の女子生徒をお気にいりしているらしい。

 しかしそれが平民だったとファンヌは素直に驚くことになる。

 男爵位の令嬢であるファンヌを捨て、平民に目をかけるようになるなんてとファンヌは少しだけ目の前の公爵令嬢に同情した。


 だがもはやそんなことどうでもよかった。


「あの女をヴェイロン様の婚約者候補にするわけにはいかない。ファンヌ・タルアート。わたくしの命を聞きなさい」


 腕を組み、公爵リアンヌは威高に声を飛ばした。

 いかに今まで上から目線で権力を使い弾圧してきたか想像にたやすい。

 このように脅しをかけて従わないものを全て罰してきた。


 男爵位の令嬢であるファンヌもすぐに従う、リアンヌはそう考えていたのだろう。


「おことわりですっ」


 ファンヌはにこやかに答える。

 しかしその声のトーンは怒気が少し含まれていた。


「私を誰だか分かっているの!? こけし女のくせに図に乗るな」


(分かっていますわ。公爵令嬢はさすがに雲の上の存在。しかしエクセル様と婚約し、エクセル様が王位を取れば私が王妃となる。そうなれば……この女は)


「その程度の地位でわたくしに物申されても」


 思わず鼻で笑ってしまう。

 ファンヌのあまりの行動にリアンヌは屈辱を受けたと思い、大声を上げた。

 護衛兼脅しの兵達にファンヌを痛めつけるよう指示をする。


 絶体絶命のピンチと思われたが……。


(痛めつけられるのはどちらか……私をこけしと言った罪を身を持って味わってもらいましょう)


「今度はわたくしが言ってあげましょう。私を誰だと思っているの?」


「なんですって!?」


「来なさいエリエス!!」


 その言葉と共に、雷鳴の如き速さでタルアート家のメイドのエリエスが現れた。

 誰も反応できなかったその速度に兵達はたじろぐ。


「メイドが来たからって何だって言うの! さっさとその女共を何とかしなさい!」

「だ、ダメです!」


 リアンヌの私兵達の取りまとめだろうか、渋い壮年の声をした男がエリエスの姿を見て、震えあがる。

 実際にはエリエスを見て震えたのではない。

 エリエスの懐から抜き取り、手に従えた聖剣を見ていた。


「その剣は【聖剣フィナーレ】。勇者にしか扱えないと言われている伝説の剣なのです!」


「ゆうしゃ……? なんでそんなものをメイドが」


 リアンヌは目の前の状況が理解できず、唖然と見たままとなっている。

 そんな状況をファンヌは答えた。


「簡単なことです。今から20年も前、わたくしの父、アルバート剣聖伯、母である大賢者ミルヴァスは目の前のこの子、勇者エリエスと共に魔王討伐の旅に出たことは教科書に載っていることくらい有名じゃないですか? リアンヌ様、勉強が足りないのでは?」


「なっ!」


 エリエスは聖剣フィナーレは男達に向けた。


「まー孤児である私を勇者にしてくれた2人の娘を……、お嬢様をお守りすることは当然のことですからねぇ」


「こっちは7人いるのよ!! 集団でやってしまいなさい!」


 兵達はファンヌとエリエスを取り囲む。


 兵達はじりじりと取り囲むばかりで動こうとしない。

 リアンヌは知らないが勇者エリエスは魔王軍数万の兵を瞬殺した逸話を持っている。

 それが真実であることを7人の兵達が知っているためうかつに動けずにいた。


「【雷鼠】と呼ばれたエリエスの力……見せてあげましょうか」


 ファンヌは手を翳し、エリエスに指示をする。

 火水土風の四大属性が常識の世界で雷属性という極めてレアなカテゴリーの魔法がこの世には存在する。

 それを使えることこそ勇者としての証。


「エリエス、十万ボルトォ!!」

「ピカピカアアアアアアアァァ!」


 エリエスの全身が雷の力で光輝き、その光は天と昇り、雷鳴が轟いて一斉に兵達に向かって降り注いだ。


 7人の兵達は着ている鎧全てが黒こげとなり、全員が後ろへ意思もなく倒れてしまう。


「い……いやぁ!」


 公爵令嬢リアンヌは目の前の光景がショックで涙ぐみ、恐怖に震えあがる。

 金に物を言わせた私兵達が一瞬にして黒コゲにされてしまったのだ。仕方がない。


「エリエス火力高すぎ」

「結構威力搾った方ですよ」

「回復して戻してあげなさい」

「はいはい、【リザレクション】」


 エリエスは勇者の力を使い、黒こげになった男達全員に治癒魔法を放った。

 勇者だけが使える蘇生兼全体回復魔法。世界中で使用できる者はほんのわずかと言われている。

 傷が完全に癒えたものの死を体験した兵達は震えて動くことができなくなっていた。


(死の体験より怖いものはないですからね)


 ファンヌは少しだけ同情する。

 最終的に見ればリアンヌの私兵達は全く傷のない状態だったのだ。

 ただ精神に刻み込まれた心の傷は癒えるはずもなく、項垂れてしまっていた。


「私兵同士が戦ったのです。主人同士も戦うべきでしょう」

「え……」


 リアンヌはファンヌの言葉に虚を突かれたように言葉を放つ。


 ファンヌはエリエスから聖剣フィナーレを受け取る。


「わたくしはエリエスほど強くはありませんが……剣聖の父、大賢者の母から受け継いだ魔法剣の力がございます」


 聖剣フィナーレに炎の力が宿り、赤く強く光り輝く。


「わたくしの生徒会に今後手を出してみなさい」


「ひゃぁ……」


「公爵家を跡形もなく焼きますよ」


 リアンヌの目に何が映ったか。

 確かな血筋で強力な魔力を剣に宿す、剣聖爵の令嬢、ファンヌ。

 その横に仕えるのは甚大な被害を引き起こしたと言われる魔物の王を討伐した勇者。


「いやああああああああああぁ」


 勝てるはずもなかった。手を出してはいけなかった。

 リアンヌはそれを理解し、私兵を置いて逃げ出してしまった。


 ファンヌは魔法の力を解き、エリエスに聖剣を返す。


「お嬢様怖すぎ」

「相手が弱いだけよ」


「お嬢様の実力ならあんな私兵大したことなかったでしょうに」

「一応学園ではかよわいキャラで通してるんだから勘弁してちょうだい」


「その割に脅してましたね」

「ふん、私にこけしと言ったやつは絶対許さないって決めてるから」


「それにしても困ったことになりましたね」

「ええ、あの感じだと私とエクセル様以外は明日、参加できなさそうね」


 エクセル以外はすでに明日の試合に参加できないようにしたと言っていた。

 参加メンバーに公爵令嬢をシバいておいたので大丈夫と言ったところで信じられないだろう。

 貴族達は本人の意思より家名の傷を気にするのだから当然だ。公爵家に睨まれてしまったら貴族社会で生けていけない。


 タルアート家は爵位は魔王討伐の功績によるものが大きく、例え公爵家に睨まれた所でほぼ意味をなさい。

 傲慢であるが気さくな父に研究命であるが万人に平等な母。

 爵位は低いながらもその血統を受け継ぐファンヌと勇者であるファンヌの従者


 タルアート家はたった四人で1つの国を滅ぼすことだってできるのだ。


 だがそんなことをする気もない。

 ファンヌにとって大事なことはそこではないのだ。


 魔法学園4年生活でヴェイロンに対する復讐への足掛かりを掴む。

 それが一番重要なのである。


「明日は荒れそうね」


 明日のテニヌの試合はどうやらファンヌとエクセルのみで挑むこととなったため少し不安を見せることになった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘メイド、いろいろいますけど、 ここまで尖ったメイドはヤバいですね笑 [気になる点] 十万ボルトとピカピカ~は 笑うしかないですね✨ [一言] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 男爵令嬢捨てて…
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