Op.62 罪過を背に
「国際救助隊……?」
ライドが呟いた。
応接室のソファに座り、ミコトとシタンは、テーブルを挟んでライドと向かい合っている。
「我が国は、警察組織が運用するものを除いた、全ての武力を放棄する。無論、安全保障まで放棄するわけではない。安全保障に関わる機能については、世界安全保障機構に委ねる」
「それで、国際救助隊というわけか……」
「人員や装備については、取り合えず我が国の軍組織を編入することで賄う。いずれは賛同を得られた各国の軍組織や、世界安全保障機構の予算で拡充を図る。体制は軍隊ではあるが、主な活動は災害発生時などにおける人命救助となる。即応性の観点から各国に分散して配置することになるが、各国が独自に部隊を保有するよりも、状況に応じた人員や装備のやりくりを柔軟に行うことができるようになるだろう」
「……概要は理解した。しかし、俺にそれを話したわけは?」
「貴公に国際救助隊に所属する樹械兵部隊の一隊を率いてもらいたい」
「……!」
「様々な地域、様々な状況への対応を求められることが予測される国際救助隊において、走破性、多用途性に優れる樹械兵は、中核を担う装備となるだろう。シュタールで樹械兵部隊を率いていた貴公の能力と経験は、正直なところ、喉から手が出るほど欲しい」
「……買ってくれるのはありがたいが……今の俺に、その申し出を受ける資格があるとは思えない……」
「懸念は分かる。安心してくれと言うのも変だが、貴公が犯した罪や被害者の感情を棚上げにするわけではない。社会奉仕命令に服する形で務めてもらうことになる。報酬に関しても、同格の者と同じというわけにはいかない。さらに補足させてもらうと、これらはシュタールとも調整した上での提案だ」
「周到だな……だが、すまない……情けない話だが、俺は辛い……生きている。ただ、それだけのことが……」
「……それでも、貴公は生きるべきだ。蔑まれることもあるだろう。誹られることもあるだろう。命を狙われることさえあるかもしれない。そして、それ以上に、自らを苛み続けることになるだろう。しかし、生きているからこそ、できることがある。その事実から目を逸らせてはならない」
「相変わらず手厳しいな……」
「人は愚かだ……間違いを積み重ねる。だからこそ、間違いを犯したあとの生き方が問われて行くのだ。私は、そう思う」
言いながら、シタンは自らの手を見つめた。
「……過酷なものだな……人の生は、どこまでも……」
「そうですね……でも、大丈夫です」
ライドの独白に対して、ミコトが口を挿んだ。
「大丈夫?」
ライドが眉根を寄せると同時に、扉を叩く音がした。
ワイザムに先導され、ヘレンが入室して来た。
「ヘレン……」
「おはようございます」
ヘレンはライドの横で敬礼をすると、携えていた紙束をテーブルに置く。
「新設される樹械兵部隊への入隊申請書をお持ちしました」
「入隊申請書?」
「旧シュタール連邦共和国第十三樹械兵連隊の隊員全員が、あなたの隊への入隊を希望しています」
「全員が……どうして?」
「あなたを信頼しているからです。人生を賭してセバルの民を救おうとしたあなたであれば、民族の違いなどに関わらず、全ての人々を救う道を歩くこともできる。そう、信じているからです」
「しかし……私は、罪を犯したのだ。その信頼を得るに値しない……」
「……少し、立っていただけますか?」
ヘレンの要請に応え、ライドはソファから腰を上げた。
「失礼します」
ヘレンはライドと距離を詰めると、唐突に唇を合わせた。
「!?」
不意を突かれ、ライドは呆然と立ち竦んだ。想定外の事態に、ミコトとシタンも想瞼をパチクリとさせた。ワイザムだけは泰然とした表情を崩さずに「若さだな」と、何やら感慨深げに頷いている。
「クリファに色々と先を越されてしまっていたので、挽回しなければと思っていました」
唇を離したヘレンは言った。
「ヘレン……」
「皆、あなたを慕っているのです。それで、十分ではありませんか」
「…………」
「身を裂くような痛みを伴う道行きとなるでしょう。否定はしません……けれど、背に負うものが重くなれば、分かち合えば良いのです。歩き続けることが辛くなれば、支え合えば良いのです。だから――」
ヘレンはライドの胸に飛び込む。
「生きることから、背を向けないでください。一緒に……傍に、いさせてください……」
「…………」
束の間、ライドは逡巡した後、ヘレンを優しく抱き締めた。
「……すまない……いや……ありがとう……」
ライドはヘレンから身を離すと、シタンに向き直った。
「数々の御配慮、感謝する。貴殿の申し出、慎んで請けさせていただく」
ほっとしながらも、どこか沈痛な表情を作ったシタンは、立ち上がってライドと握手を交わした。




