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源さんだった。
源さんは薄暗くなった部屋の明かりをつけると、中央に進んで「俺にも弾かせてくれないか」と、最高潮に達したムードに水を差すよう友里へせがんだ。場がざわつき、一瞬にして盛り上がった雰囲気が台なしになる。
――誰、この人? 友里が太一に目配せをしてきた。
太一は無言で口をぱくぱくさせて、その人が源さんだよと教えた。
しかし突如混乱する状況に施設長が慌てる。源さんのほうへ足を進ませる。
「源田さん、椅子に座って静かに聴きなさい」
「平気です」友里がそれを押しとどめた。源さんに向き直る。「かまわないけど、あなたは踊りが専門じゃなかったかしら。バイオリンを弾けるの?」
ん――? 源さんが怪訝な目をさせた。「あんたは誰だ」
「波江さんの孫ですよ」
太一は言った。
ほう、と肯いた後、源さんは「なら静かに聴かせてもらう」と言って、空き椅子を見つけそこに座った。
「言っとくが、おれの専門は踊りじゃない」
嘘? 友里が目を点にさせる。唇を台形にして動かなくなる。
その理由は見当もつかないが、表情から朗報でないことが太一に伝わってきた。もしかすると波江さんの恋人は源さんではないのかもしれない。となれば当然のように血縁の線は消えてしまう。
「それにしても似てるな。そっくりだ……」
源さんが言った。友里が反発する。
「あなたに言われたくない」
「そう言われると身も蓋もないけど、あんたの言う通りだ。権利なんてあるわけがない」
源さんが目線を落とす。「でも、何でそんなにかっかきてるんだ。おれが演奏に水を差したからかい」
「そんなんじゃありません。真実を把握できたからです」
「把握って、まさか……あんたは知ってるのか?」
源さんが何かを怖れるようにトーンを下げる。
友里はきっぱり言った。「知ってますとも。あなたが卑劣漢ということもね」
そのやりとりに、一挙に部屋が騒然とする。
「中止だな。やはり部外者が出るとこうなる」
尾崎さんが、それ見たことかと声高に言った。施設長はいかにも残念といった面持ちで口を結んだ。
太一としても、友里を奏者として入居者にパフォーマンスをしてもらうつもりでいたので、こうした不協和音は痛いものがあった。源さんも今回の共同作業の一人だと考えていただけに、先がまったく見えなくなった感が強い。
例えるなら運動会の当日、晴れていたのにいきなり暗くなって、どしゃ降りの雨になったようなものだ。それもグランドがぬかるんで走ることすらままならない状態。見物人も蜘蛛の子を散らしたように慌ただしく姿を消していく。
「私たちを無視して、勝手に中止などと――ひどいと思います」
そのとき、蚊帳の外に置かれていた入居者の中から非難の声が上がった。夢子さんだった。
「感動を、私たちから奪わないでください!」
別の入居者も悲痛に叫んだ。