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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
炬火のアリア
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第二話 ワールド・オブ・フレイムⅢ

「……チッ。なんでてめぇらがここにいんだよ」


 施設に戻って食堂へと移動すると、すぐにいぬいが舌打ちをした。アリアが開けた自動ドアの先にいたのは、帰ったと思っていた桐也きりやるいだったのだ。


「乾! ……っとぉ、隣の子は初めましてかなぁ?」


「初めましてっ! 私は有愛アリア、十一歳!」


「おぉっ、いい自己紹介だな! 俺は白院はくいんえぬ・桐也、十三歳! この世界に革命を起こす……」


「うるせぇ黙れそんなことは誰も聞いてねぇんだよ!」


 助走をつけて桐也に飛び蹴りをした乾は、ふぅと長い息を吐いた。桐也は銀髪を掻き乱し、呻き声を上げながら起き上がる。


「自業自得です。桐也」


「ナミダちゃんひでーよぉ!」


「俺の名前はルイです。ナミダではないです」


「あぁもう、話が進まねぇなぁ! こっちはなんでいんのかって聞いてんだよ!」


 乾がもう一度桐也に蹴りかかろうとすると──


「それ以上はあかんよ」


 ──柔らかな声がアリアの真上から降ってきた。振り返ると、音もなく開いた自動ドアの先に給仕の青年が立っている。

 アリアが道を開けると、青年はキッチンワゴンを押しながら「おおきに」と微笑んだ。


「あんま何度も言いたないんやけど? えーっと、クルミちゃん?」


「誰だよ」


「俺、君の名前知らんもん。せやからクルミちゃん。君は……蒼い目やからアオかなぁ?」


 青年はアリアの蒼目をじっと見つめてそう名付けた。乾の名前の由来は胡桃色の髪からなんだろうなぁとアリアは思い、唇を曲げる。


「なんかヤダ」


「そないなこと言わんといてやー。……どうも、名付けのセンスだけはないみたいやなぁ」


 青年は困ったように笑い、キッチンワゴンから料理を取り出して並べ始めた。


「もしかして、るいるいときーくんも私たちと一緒に食べるの?」


「だいせいか〜い。あの施設長が呼んだんよ? 一度家に帰って許可とってもらったんやて」


 給仕の青年がニコニコと微笑むと、桐也も歯を見せて笑った。アリアも笑ったが、涙と乾だけは微動だにせずに青年の話を聞いていた。


「ん〜。いい匂いですねぇ? 私、この匂い大好きでーすよぅ?」


「っわ、あこりん」


 声と口調で誰かを特定したアリアは、真後ろから肩を揉む亜子あこにほんの少しだけ怯えた。亜子は普段通りの態度で涙と同じテーブルを囲む。


「せやろぉ。今日は特別やから、めっちゃ頑張ったんやでー?」


 次々とキッチンワゴンから出てくる料理に、アリアも目を輝かせながら亜子の隣に腰を下ろした。アリアの隣には乾が、涙の隣には床に転がっていた桐也が座り小さな円になる。


「あら。先に来てたの、亜子」


小町こまち五道ごどうせんせぇが遅かったんでーすよぅ」


「少し、書類整理に手間取ってしまってね。それにしても……」


 アリアが料理から顔を上げると、目を細めながら全員を見回す五道が視界に入った。


「……たまにはいいものだね。全員で食事というのは」


 それは、〝愛しさ〟だったのだろうか。

 アリアには五道の考えていることがよくわからなかった。


「急に何よ、父様。気味が悪いわ」


「ふふふ。小町、娘の貴方がわからないのですかぁ? 今まで研究にしか興味がなかったあの五道せんせぇが、〝家族〟という存在の素晴らしさに気づいたんでーすよぅ? 小町はもっと五道せんせぇに親孝行した方がいいでーすよぅ?」


「小町は充分にしているよ。ここで私の研究を手伝ってくれている」


「やめて、父様。まだなんの成果も出ていないわ。……まだ、物語の序章でさえないのに……」


「違うぞ、小町! 俺たちの革命はもう始まってんだからな!」


 小町は拳を振り上げた桐也に視線を移した。小町のショッキングピンク色の瞳は、五道や彼の実姉の乙梅おとめと同じ色で、同じくいつも何かを憂いている。


「革命ごっこをしているのは貴方だけよ。私には私の信じる正義がある。その正しさを証明するだけだわ」


「俺は夢です」


「私も同じく夢でーすよぅ。涙とは立場が違いますけどねぇ?」


 ショッキングピンク色の瞳は、次にアリアと乾を捉えた。乾は視線を逸らし、その分アリアが頬を膨らます。


「みんな、何言ってるのかよくわかんない。わかるように話してよ」


「そういえば、アリア君には詳しい話をしていなかったね。……ちょうどいい、この話の続きは食後にしよう」


 他にもテーブルは置いてあったが、全員が同じ丸テーブルを囲む。ほんの少しだけ窮屈ではあったが、いつも二人だけで食べていたアリアにはそれがたまらなく嬉しかった。





 食後になり、五道ごどうは全員を施設の外へと出した。こうもあっさりと外に出れたアリアと乾は目を見開き、顔を見合わせて失笑する。

 紫色から黒へと変色した空には月や星々が輝き、辺りを薄暗くさせていた。


「準備はいいかな? るい君」


「完了です」


 涙が呟いた刹那、斜面の下から黒々とした〝何か〟が這い上がってくるのが見えた。


「なっ、何あれ……!」


 アリアは慌てて傍にいた給仕の青年に飛びつく。青年はアリアの背中を優しく擦り、黙って涙に視線を向けていた。


「アリア君、あれが詳しく話すと言っていたものの正体──〝妖怪〟だよ」


「この陽陰おういん町のみに存在する、憎むべき私たちの仇敵。淘汰されるべき癌ね」


 五道と小町こまちの説明を、アリアはゆっくりと飲み込んで聞く。そういえば、誰よりも前に立っている涙はこう言っていた。


『俺は陰陽師おんみょうじであり《十八名家じゅうはちめいか》です。俺たちは常にこの町に潜在する妖怪と戦っています。なので俺は、この町を、人を、守りたいです。それは俺の夢です』


「……みんな、妖怪と戦っているの?」


「んや、少し違う。戦ってるのは……」



「──馳せ参じたまえ、エビス」



「……ナミダちゃんと、その式神しきがみのエビスだけだ」


 桐也きりやは苦しそうに顔を歪めた。

 涙の手中の紙切れは空中に浮かばせて星のような光を生み出している。姿を現したエビスは、主を守るかのように真っ直ぐと背筋を伸ばした。


「エビス、今日も共に──」


「──いつまでも貴方様のお傍で」


 涙と同じ桑茶色の髪が夜風に靡いた。おかっぱ頭の幼い少年の姿をしたエビスは、長くて白いローブを流れるような動作で外していく。そして、自分の背丈には不釣り合いな長さをした日本刀を抜刀した。

 和服に汚れがつかないように坂を駆け下りる姿は白馬のようで、優雅で美しい剣さばきはそれに乗った王子のようだった。


りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」


 切りつけられた妖怪に向かって九字くじを切る涙は、やがて眉間に皺を寄せる。唇をきつく噛み締める前に「エビス!」と彼の名を呼ぶと、エビスはすぐに振り向いた。


「きゃあっ?!」


 エビスと涙の間に森の中から姿を現した妖怪は、ぬるりと動いてアリアに牙を向く。


「ッ、消えなさい!」


「邪魔でーすよぅ!」


 妖怪へと飛んでいく銀色の光は、小町の投げナイフだった。亜子は短刀を取り出して、伸ばされた触手を力強く切っていく。


「アリア君。私たち《十八名家》と陰陽師は、妖怪と戦わなければならない運命にあるんだ。綿之瀬わたのせ家も芽童神かいどうしん家も、白院はくいん家も結城ゆうき家も。《十八名家》ならば例外ではない」


「でも、きーくんが戦ってるのはるいるいとエッちゃんだけだって……」


「正確には〝戦える人材〟の話だね。私や小町、亜子君や桐也君は無力な〝戦えない人材〟だ。残酷なことに、ほとんどの人間が後者にいる」


 五道は戦場を駆け抜けるエビスを興味深げに眺めていた。


「私の研究はね、〝戦える人材〟を増やすことなんだ。いつか我々が戦わなければならない日が来た時に、〝戦えない人材〟を無駄死にさせない為のね」


「だから、俺はこの町の制度に革命を起こすんだ。《十八名家》や陰陽師だけじゃなくて、普通の人たちも戦えるように力を創る。だってそうじゃなかったら理不尽だろ? ナミダちゃんが、可哀想だ」


 桐也はエビスではなく涙だけを見つめていた。コバルトブルーの瞳は、揺らめきながらも固い意思を持っていた。


「妖怪は悪よ。奴らを殲滅させる為ならば、私は死んでも構わない。それが私の信じる道。私の正義よ」


「ふふふ。私には、特定の人にしか出現しない〝癒しの能力〟を散布させる夢があるのでーすよぅ。その第一号が、アリア。貴方なのでーすよぅ」


 亜子は給仕の青年にしがみつくアリアの頭を撫でた。


「……違うわ。貴方たちは、ここにいる私たち全員の夢の結晶よ」


 亜子の指の隙間から覗く世界を蒼目に映し、アリアは息を呑む。

 その世界では、星空の下で高く高く飛んだ美少年のエビスが幼い背丈にも関わらず妖怪を真っ二つに切り裂いていた。


 涙の九字を唱える声と、彼らを見守る五道と桐也、乾の後ろ姿。新たに投げナイフを構える小町と、アリアを包み込む給仕の青年と亜子。

 アリアが感じていた悲しみは、そのまま全員が感じていた悲しみだった。


「乾君。今、透視や予知ができるかい?」


「……できる。この辺にいる妖怪は全部で五体、あんたが聞きたいのはこれなんだろ?」


「さすがだよ、乾君はいつも飲み込みが早いね。だからサトリの血への適性能力が高かったのかな」


「……チッ」


 五道は微笑んで、再びエビスへと視線を戻した。


「アリア君。エビス君がたった一人でこのまま五体もの妖怪を倒すことは不可能に近い。それはわかるかな?」


「……うん」


「そこで君の能力だ。エビス君の疲労を回復させて、連続で戦わせる。君の能力は、これを可能にするんだよ」


 アリアも五道の視線を追い、自分と同い年かそれ以下に見えるエビスを捉える。強く強く自分の手を握り締めて、そっと手を伸ばした。

 手元に意識を集中させると、黄金色の輝きがエビスの体を包み込む。青白い顔色だったエビスは元の凛々しいエビスに戻り、再び優雅に太刀を振るう。


「順番が逆になってしまったね、アリア君」


「……逆?」


「君は、それでもここにいてくれるかい? 能力を既に手にしてしまった君や乾君に逃げるという選択肢はもうないけれど──君は、我々と同じ夢を共に見てくれるかい?」


「…………」


 アリアはそっと給仕の青年から手を離した。

 亜子もアリアの後頭部から手を離し、道を作る。


「乾君の透視能力で妖怪を視る。そして、予知能力で効率良く戦略をたてて被害を抑える。アリア君の回復能力で永久的に戦略を補充させる。そして、修理能力で被害を抑える。まだまだ足りない力はあるけれど、この計画に君たちは欠かせない存在なんだよ」


 これは自らが望んだ力ではない。アリアはすぐにそう思った。そして、陽炎の中へと消えて行く両親を想う。

 あの時、この力があれば両親を救えたのだろうか。この先、この力があれば救える命はあるのだろうか。


「……で、君たちの答えは?」


 もちろん。


「やるよ、私も。この力でみんなのことを助けたいよ」


 アリアの脳裏に浮かんだのは、ここにいる人たちだけではなかった。アリアの中には、出逢ったばかりの朔那さくなも含まれていた。


「あんたってお人好し。どうせ〝みんな〟の中に自分は含まれてないんでしょ?」


 振り向いた乾はまったく笑っていなかった。


「だから、アリアは私が絶対に守ってあげる。小町、亜子。そのナイフの使い方私にも教えてよ」


「ふふふ。いーですよぅ?」


「構わないわ。同じ夢を見てくれるのなら」


「ふんっ。私は……アリアを守るだけだから」


 アリアは必死に泣きそうになるのを一人で堪える。

 変わりに泣いていたのは、たった一人だけだった。


「ナミダちゃん!」


 桐也は涙に駆け寄ろうとして近づけなかった。涙が張った結界は強力で、足踏みをしながら彼の顔を覗く。

 妖怪をすべて倒したエビスにもたれかかりながら、涙は堪えていた涙を流していた。


「もう大丈夫ですよ、主。妖怪はすべて僕が倒しましたから。もう何も怖くないですよ」


 エビスは自分よりも大きな主の涙を優しく包み込んでいた。外したローブを主の頭にかけ、そっとを涙を拭っている。


「……そういう意味かよ、〝ナミダちゃん〟ってあだ名は」


 ぼそっと乾が呟いた。


「落ち着き、桐也。結界はもうないで?」


 給仕の青年はニコニコと笑っていた。その笑顔は、アリアの回復能力では癒せない傷を治しているかのようだった。


 だからアリアも同じように笑う。

 すべての悲しみと痛みを癒すように、笑う。


(この力に意味があるのなら、私はなんだってする。傍にいてくれるのなら、みんなと同じ夢を見る。ずっと、子供のまま)


「……いい返事だ。アリア君、このことは口外禁止で頼むよ」


 満足げに頷いたのは、綿之瀬五道ただ一人だけだった──。

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