第二話 ワールド・オブ・フレイムⅡ
アリアは空いているブランコに腰をかけ、ぷらぷらと足を動かした。ブランコを漕がなくてもこれはこれで心が軽く弾んでいく。
左側を見ると、同じくブランコに腰をかけていた朔那と目が合った。戸惑った瞳の朔那はぷいっとそっぽを向き──一瞬にして体を地面に投げ出された。
「ッ?! 何すんだよてめぇ!」
「はぁ? 邪魔だから退かしただけだけど?」
いつの間にか朔那の背後に立っていた乾は、仁王立ちをして不敵に笑った。
「ふざけんなバカ!」
鋭く睨む朔那に、乾はふんっと鼻を鳴らす。
「ふざけてない。そもそもあんた、そうやってキレるほどアリアと遊びたいの?」
「ッ!」
乾と朔那を交互に見つめ、アリアは仲裁しようと口を開けるがその必要はなかった。尻もちをついていた朔那はぶかぶかの洋服についた泥を落とし、余計にボロボロになったランドセルを肩から下ろして適当に放る。そして、不機嫌そうな表情で柵に腰をかけた。
乾は跨ってブランコに座り、ほんの少しだけ頬を緩める。しかし、しばらくしてふと気がついたのか朔那を見上げてこう言った。
「南雲、押せよ」
「……チッ」
舌打ちをしつつも、朔那は二人の背後に回って最初にアリアの背中を押す。不機嫌そうなのに、なんだかんだで言うことは聞く。朔那はどんな人間なのだろうと思うくらいに。
「おぉー! 高い高ーい! さっくんもっと!」
返事の代わりに、力強く背中を押された。
「よし、南雲。こっちも早く押せ」
見ると、眼鏡の奥の碧眼がキラキラと輝いており、アリアは自然と口角を緩ませた。
「はぁ? なんで俺がお前も押さ……」
「できないのか? なっさけな」
ぴしゃりと言い放った乾は何故か得意げで、やけに機嫌がいい。
「ッ?!」
ドンッと強く乾の背中を押した朔那は、やけくそ気味だった。
「わっ! たかっ……」
「怖いのか?」
予想外の乾の反応を見たからか、朔那はニヤニヤと笑って今度はさらに強く押す。
「んなわけあるかぁ! ……うわっ?! 南雲、ふざけるな殺すぞ!」
片方をわざと強く押す朔那は、乾の反応を楽しんでいるのか次第に本物の笑顔を見せ始めた。
真っ直ぐに前を見つめるアリアは、そんな朔那の大きな変化に気づきもしなかった。一定のリズムを刻む音に目を細めて、意識を別の方向へと向けていく。
「…………」
耳朶の奥から、五道の声が聞こえてきた。
『アリア君、君は〝兵器〟なんだよ』
ドンッ
『そうだ。だからアリア君は、誰かと仲良くなっちゃいけないんだよ』
ドンッ
『〝兵器〟になる為に生まれてきた。〝道具〟として扱われる為だけに生まれてきたんだ』
ドンッ
『──Get to remain life of children』
それらがすべて、アリアの中で溶けていった。
(おじちゃんが言っていることは、多分正しい。けど、ずっと子供のままでいなさいって……。誰とも仲良くならないで、ずっと子供のままでいるなんて……そんなこと本当にできるのかな)
顔を上げると、茜色の空がどこまでも高く遠く広がっていた。
アリアは蒼目で茜色を受け入れ、あの日の大火災を思い出す。大火災の中で揺らめく両親の陽炎へと手を伸ばして、頭の奥がチリチリと燃えるように痛んだ。
『──、よく聞いてね』
流れるような美しい金髪と、母親の微笑み。
背景は白く、茜色の夕日に照らされていた。
『なぁにー?』
『貴方のお爺様は、オウインチョウという国の、とても強い力を持った一族の一人なの。……でも、本家じゃないから貴方の代からは力が継承されない。要するに貴方は、そういう意味では〝なりそこない〟みたいな子供なの』
『ふぅーん』
『でも、貴方は──として私たちが生み出したものだから。もしかしたら、いつか力が発現するかもしれない。そうしたらあの国に行って、王族の一員になるかもしれない』
『オウゾクになるの?』
『仮定の話よ。だって、王族の一員や家来になってほしいから貴方を生み出したわけじゃないもの。それに、王様や王族、その家来になったら殺されちゃうからね』
『そうなの? 良かったぁ。わたしまだ死にたくないもん』
『そうよね。誰も、死にたくないものね。でも大丈夫。例え力が発現しても、貴方には英国でみんなの役に立ってもらうわ。でもね、──。万が一の為に約束をしてほしいの』
『やくそく?』
『一生子供のままでいなさい』
『こどものままで?』
『そう、大人になっちゃいけないの。……わかった?』
『うん! ──、オトナにならないっ!』
笑顔でそう返すと、母親は愛おしそうにアリアの体を抱き締めた。
「──……ア! アリア!」
「ッ?! ……あ、ごめん。どうしたの?」
いつの間にか朔那が背中を押すのを止めていた。
アリアも無意識にブランコを止めていて、隣を見ると乾が心配そうに顔を覗き込んでくれている。
「どうしたのって……。そろそろ戻らないとヤバいよって言ってるんだけど」
「えっ?! もうそんな時間?!」
「行くよ」
「うん!」
アリアは慌てて立ち上がり、先を行く乾の後を追いかけた。振り返ると、ブランコの背後で朔那が棒立ちしたまま何故か地面を見つめていた。
「さっくん、バイバーイ! また明日ね!」
ぴくっと朔那の両肩が動いて、ゆっくりと視線が上げられる。捨てられた小動物のような錫色の髪から覗く青目は、すぐにアリアを捉えてじっと見つめる。
「……あぁ」
朔那は弱々しい笑みを浮かべ、両手を振るアリアに右手を軽く振り返した。
「じゃーね」
乾もそう言ったのが意外で、アリアは思わず頬を緩ませた。
誰とも仲良くならないだなんて、そんなの絶対できっこない。だって、こんなにも大好きだと思える友達に出逢えたんだから。
アリアは弾けるように乾に飛びついた。
「ぅわっ!?」
「あははっ! ヌイ、変な声出たねっ!」
「ちょっとお!」
怒ってはいても嫌がっているようには見えなくて。アリアがずっと離れずにいると、乾がぼそっと小声で尋ねてきた。
「あんたさ、さっき何考えてたの?」
「え?」
「ボーッとしてたじゃん」
「えへへ。あのね、ちょっと昔のことを思い出した!」
「えっ。……ふぅん、良かったじゃん。どんなこと?」
「ママとの話!」
一瞬だけ、乾が碧眼を見開いて。
「……そっか。良かったね。ほんとに」
アリアはニコニコを崩さないまま考えた。
あの会話は、思い出して良かった記憶なのだろうか。大事な記憶だということはわかるが、本音を言うともっと他愛もない会話の方が嬉しかった。
「うんっ!」
答えは上手く纏まらなかったが、それでも乾には笑って肯定した。
その瞬間、茜色に紫色が混じる。
「わっ。大丈夫なの?」
「まだ平気」
「そっかぁ。……さっくんは大丈夫かな?」
「知らない」
乾はそう言って足早に歩き出した。アリアは置いてかれないようにピッタリとくっついていく。空を仰ぐと、紫色はあっという間に半分にまで迫っていた。
ほんの少しだけ外に出るつもりだったのに、楽しさのあまり時間を忘れて遊んでしまった。
乾よりもアリアの方が外に出てはいけなかったのだろうが、そんな罪悪感でさえ吹き飛んでしまう。不意に、乾が最初に言っていたようにそのまま外へ逃げてしまえば良かったのかもしれないとアリアは思った。
……けれど、どこへ?
そしてすぐにそう思った。アリアと乾には〝帰るべき場所〟がない。この町のどこを探しても、どこにも帰れない。だから、生きる為には戻るしかない。
あの、クリーム色の養護施設へと。たくさんの人々が想いを託すあの場所へと。
二人ぼっちの少女がいて、研究熱心な施設長とその娘がいて、夢見る女性と名も無き青年がいて、たまに遊びに来る二人の男子中学生もいる。
乾は何があっても辛くない。
アリアは何があっても怖くない。
何故なら、一人じゃないから。
そこが二人の、何よりも大切で決して侵してはならない居場所だったから。




