終章 世界のアルフィーネⅡ
陽陰町の、その上《十八名家》の結婚式ともなれば準備期間は一ヶ月もあれば充分だった。
綿之瀬家の現頭首である鈴歌のはとこの〝クローン人間〟。そして分家の養女でもあるアリアの式に来てくれる者はそれほど多くない。そう思っていたが乾や風や鈴歌だけではなくトメや乙梅やクレアまでいて。
各家の《十八名家》の重鎮たち──と言っても全員顔見知りだったが、彼女たちまで来ているとは思わなかった。
「結婚式の主役は当然お前たちだが、私たちは《十八名家》だ。血で家を、力を、職を、言葉を、意志を──千年もの間弛まず継いできたのが私たちだ。それを継ぐ必要がなくなっても、《十八名家》の運命も、宿命も、掟だってそう簡単には変わらない。私たちは《十八名家》の人間として、お前が《十八名家》に相応しい人間か見極める必要がある」
朔那に刺さる視線は一つではない。だが、朔那は動じていないようだ。
それを言ったのが乾ではなかったら、アリアはその必要はないと断言していただろう。ただ、世界が乾を疑ったとしてもアリアだけは乾を信じているから──アリアは朔那が動じたとしても何も言う気にはならなかった。
「朔那。お前は《十八名家》の一員として、潰れず、死なず、アリアを永遠に支え続けると誓えるか」
頼んだのは友人スピーチだが、まったく別物になっている。
「誓う」
朔那は友人スピーチを放棄している乾に怒ることなく驚くほどあっさりと誓う。
「《十八名家》は短命が多いが、《十八名家》の血を継いでいない者の命はもっと短い」
乾がそれを危惧していることに気づいていたからだろうか。朔那はアリアの言動を予測不可能だと言うが、乾の言動が予測不可能だとは言わない。アリアと乾がかけがえのない絆で結ばれているように、朔那と乾の間にも朔那と乾にしかわからない絆があるのだろう。
「そこにいるのは《十八名家》の現頭首だ」
乾が指を差した先にいるのはパーティドレスに身を包んでいる純血の半妖たちだった。親族の鈴歌だけではない、麻露や依檻も式場に来ているから驚いたのだ。そして十八人全員が片時も視線を逸らさずに朔那を見ているから──《十八名家》にとってこれはとても重要な儀式なのだと気づく。
「人間と妖怪の争いが終わって、継がなくてもいいものが出てきて、変えなければならないものや変わっていくことが出てきた初めての現頭首があいつらだ。あいつらはこれから《十八名家》を変えていく。私たちはあいつらのおかげで《十八名家》の掟を守らなくても良くなって、お前は、掟を守らなくても良くなった初めての血縁のない《十八名家》の人間になる」
一つの時代が終わったのだろう。そう思ってしまうほどに乾の話は壮大な話だと感じる。
「──頼むから、長生きしろよ。お前が《十八名家》は短命でないと……そういう運命を覆す〝一人目〟になるんだ」
それは、涙が出てくるくらいに切実な願いだった。胸が締めつけられて苦しくなってしまうほどに、この式場にいる《十八名家》の人間が〝すべて〟だと言うのならその数はどう考えても多くはない。呼んでいないわけでも来ていないわけでもない、亡くなってしまった命がそれほどまでに多いということだから悲しくなる。
「泣くなよアリア。今日はめでたい日だろうが」
「お前が泣かせたんだよ」
「うるさいバカ」
「なんでだよ」
乾は朔那に悪態を吐きながらも席に戻った。碧色のパーティドレスに身を包んでいる乾と同じテーブルを囲んでいるのは《カラス隊》の面々で、《十八名家》の結婚式がそれほど普通の結婚式とは違うのか怪訝そうな顔をしている。ただ、全員がアリアと朔那の結婚を祝福してくれていた。
乾も結婚を祝ってくれたが、朔那が綿之瀬家の姓を名乗ることだけに関しては渋い顔をしていて。それでも先ほど朔那が迷いなく誓ったからか、もう思い詰めたような表情はしなかった。
衣良も、嬉しそうに拍手をしている。涙も、悲しそうな表情をしていない。微笑んでいる。
「みんな! ありがとう!」
昔から知っている彼らがこの時を楽しんでくれているならば、これ以上に嬉しいことはなかった。
アリアは視線を巡らせて式場の隅にいるティアナたちを見つける。アリアが結婚式をすると告げた瞬間に出席したいと返した彼女たちも、戦っている時には見せなかった柔らかい表情を見せていた。
「本当にありがとう! みんな大好き! 私たち! 結婚します!」
ここにいる全員がそのことを知っている。
「二人ともおめでとー!」
アリアに応えるように衣良が叫んだ。遥も、睦見も、必要以上に場を盛り上げる為に色々と言っている。
「お前らうるさい!」
相手が衣良と遥と睦見ならば、朔那は躊躇うことなく叱り飛ばす。そんな朔那を今でも信じられないとでも言うように眺めているのが朔那の母親の菫だった。
『母さん、俺たち結婚するから』
乙梅たちには朔那からプロポーズを受けた三月五日中に報告をしており、アリアは菫にも報告をしたいと話していたが朔那はなかなか首を縦に振らず。ようやく決心をして会いに行ったのは一週間が経過した三月十四日だった。
その日はホワイトデーで、義理チョコしかあげられなかったのに朔那から返されたものは結婚指輪で。受け取っていいのかと迷ったが、朔那から『返されたら困る』と押しつけられる。その指輪を菫に見せると、菫は何度も何度も涙を拭いながら『ごめんね』や『良かった』と呟いた。
菫だけが暮らしている南雲家の暮らしは、朔那の父親が生きていて朔那が子供だった頃と比べると余裕のある生活になっている気がする。こうなった今だから、菫は余計に朔那に対して負い目を感じていたのだろう。
子供の朔那に貧しい思いをさせていたこと。あのまま金融業者で働いていたら指輪を買えるほどの給料を得られなかったであろうこと。菫の涙は、たった一つの感情から出た涙ではなかった。
アリアは菫にも幸せになってほしい。幸せになってほしいと思いながら、何もしないままの自分ではいたくない。アリアは菫も家族の一員だと思うから──その縁を切りたくなかった。
『ヌイ! さっくん! 絶対にいなくならないでね!』
乾と朔那との縁が切れそうで切れなかったのは、あの日の自分の言葉があったからなのだろうか。
あの日から十年経って思うのは、やはり、陽炎のように消えていった人々だ。どれほど偉い立場の人間でも生きていれば呆気なく命が散っていく。それでもこの式場に少なくない数の人々が来てくれたのは、十年前から今日までアリアが出逢いと別れを繰り返したからだろう。
持っているブーケを握り締める。アリアはこれからも多くの人と出逢い多くの人と別れるだろう。それが乾であっても、朔那であっても、衣良であっても、自分であっても、その日まで悔いのないように生きたいと願う。
アリアはクレアへと視線を移した。クレアは嬉しそうでも悲しそうでもない。真顔で拍手をしている彼女がいなければ自分は生まれていないから──クレアの方へとブーケを投げる。
「──えっ?」
ようやくクレアが真顔以外の表情を見せた。アリアは笑い声を上げながらブーケを視線で追いかける。
歴乱の花でできたブーケは、花弁を式場に散らしながらクレアの頭部へと落ちていった。
「アリアーッ! 何これ嫌味?!」
「違うよ! プレゼント!」
強さとは、愛だと思う。アリアは五道から有愛という名前を貰ったから、ずっとそう言い続けるだろう。




