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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
劫火のオペラ
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第五話 夜明けのカデンツァⅣ

 町役場に近づけば近づくほどに瘴気の濃さで息苦しくなる。だが、逃げることは絶対にできない。逃げることはしたくない。心からそう思っているから──町役場付近に〝全員〟が集っているのを視界に入れた瞬間、体中から勇気が湧いてきた。


「退いて退いて〜ッ!」


 ただ、このままでは特殊車両で全員のことを轢き殺してしまう。声を上げると、純血の半妖はんようたちもティアナたちも式神しきがみたちも飛び退いた。

 飛び退かなかったのはアリアの言葉を理解することができない妖怪たちで。犬神に乗って自由に動くことができるいぬいだけが、《無双むそう》であっさりと倒して特殊車両の道を開ける。


「アリアーッ! 今わたしのこと轢き殺すつもりだったでしょ!」


 そんなつもりは一切なかった──というかアリアが運転しているわけではないからそんなことができるはずがないのに、近くにいたクレアが怒鳴る。


「えぇっ?! あっ、クレア! いたの?! ごめん全ッ然気づかなかった!」


「かーッ! 白々しいッ! 生意気過ぎる! やっぱりアリアにだけは人権なし!」


「ごめんってば!」


「謝ったって無駄だから!」


 クレアはアリアが何を言っても怒っていた。仲良くなれたとは言えなかったかもしれないが、仲直りしたとは思っていたのに。


「こらクレア、落ち着きなさい」


「アリアは悪気ないから……」


 グロリアとアイラにクレアを宥める役目を押しつけてしまって申し訳なくなる。クレアとアリアにはお互いを理解する為の時間が圧倒的に足りないのだろう、その為の時間を作ることは、科学者であるクレアにも《カラス隊》のアリアにも難しいことだった。

 グロリアとアイラに宥められた上で怒り続けるクレアではない。グロリアはすぐに近くにいた自分の〝クローン人間〟のステラと力を合わせる。クレアとアリアの息は一切合わないから──アリアはアイラの腕の中から飛び下りてクレアの隣に立つことができなかった。


「お前ら止まるな! 妖怪は〝反対側〟にも湧くぞ!」


 瞬間、誰よりも周りを視ることができる乾の言葉で我に返る。反対側──ということは、今まで戦っていた南ではなく北に湧くということで。北にはオフィス街や雑居ビル地区といったアリアに馴染みの深い場所が密集していた。


「アリア! アイラ! 動くってよ! 掴まっとけ!」


 特殊車両の扉を開けて顔を出した朔那さくなが声を出す。直後に朔那にのしかかったのは衣良いらだったが、彼が見ていたのはアリアやアイラではなかった。


亜紅里あぐり!」


 純血の半妖の中からすぐに彼女を見つけた彼は、朔那と衣良が落ちないようにと背後から引っ張っているまこ星乃ほしのの気持ちを無視するようにさらに前のめりになる。


「俺は! 強かった!」


 そうなってしまうほどに伝えたい想いが従妹の亜紅里にあったのだろう。


「そうでなくっちゃ!」


 亜紅里がそう答えて初めて、二人は血の繋がった家族になったような気がした。


「俺たちも行きますよ!」


 特殊車両の上に飛び乗って来たのは、ヤクモに抱えられた末森すえもりとナナギに抱えられた本庄ほんじょうだ。


 彼らがいなければこの一行は陰陽師おんみょうじがいない一行になる。いてくれなければ困るから──アリアはほっと息を吐いた。


 特殊車両は北へと走る。瘴気が充満しているのは町役場付近だけで、北と南の瘴気の量は大差ない。町役場付近の瘴気も少しずつ減っているような気がするが、アリアたちが気にしなければならないのはその町役場へと向かおうとする妖怪たちだった。


「倒すぞ!」


 乾の一声で町役場へと続く大通りに停車した特殊車両から次々と隊員たちが下りてくる。妖怪が北からも攻めてくると言われても、自分たちだけでは北側すべてを守ることができない。すぐに末森と本庄が結界を張り、妖怪が攻めてくる道をなるべく狭める。


 この道だけ守り切れば町役場に集う妖怪の数を格段に減らすことができるだろう。自分たちはこの道を死守することにすべてを懸ける──。命だけは誰にも懸けさせない。


「衣良! あんま離れんなよ!」


 朔那は最前線に出て戦うタイプではなかった。朔那から離れなければ最前線で戦うことはないだろう。朔那から渡された刀を構える衣良は「わかってるわかってる」と返事をするが、衣良を朔那ほど頼もしいと思っていないアリアもかなり不安だった。


「星乃行くよ!」


 前に出るのはここにいる者たちの中で最も戦闘能力が高い人工半妖の真と星乃、そして式神のヤクモとナナギだ。四人が討ち漏らした妖怪は全《カラス隊》隊員と全《コネコ隊》隊員と衣良で迎え撃ち、それでも掻い潜ってくる妖怪は様々な攻撃方法を持つアイラが特殊車両の上から沈める。末森と本庄は特殊車両の前を陣取って、妖怪を瘴気へと還す九字くじを切り続けた。

 アイラの隣に立つアリアは戦うすべての者のサポートを行う。乾はこんなところで体力を消耗してはならない人材だ、妖怪である犬神と共にアリアの隣で事態を静観していた。


「ヌイ。ここにいる妖怪も、鬼も、倒せるんだよね?」


 どれほど強い力を持っていても、終わりが見えなければ不安になる。それはきっとこの場にいる全員が思っていることだった。


「あぁ。少しずつだが鬼が弱くなっている。あいつらならあと一息でやってくれるから、妖怪との戦いもあまり長くはないはずだ」


恭哉きょうやは無事?」


「無事だよ。今は南で戦ってる、あいつの従妹の椿つばきの件で呼び出されてたみたいだが、それももう丸く収まったみたいだしな」


「そっか……なら良かった」


 それに、南ならば座敷童子の純血の半妖である月夜つきよ幸茶羽ささはがいる。彼女たちの力ならば自分の力以上に信用することができるから、安心して任せることができた。


「──うぉ?!」


 瞬間に大地が揺れた理由を乾は予知できなかったらしい。それはすぐに収まって、何か巨大なものが地面に落ちた揺れだったのだと推測するが──妖怪の動きは激しさを増していった。


「鬼の上半身が落ちた!」


 乾の声はこの場にいる全員に届く。体を真っ二つにされた鬼はまだ生きているようだが、自分たち人間や人工半妖よりも強力な純血の半妖たちがまだ半分も残っているならば、そしてそこまで追い詰めているならばそう簡単に負けるとは思えなかった。


「あと少し持ち堪えてくれ! 町役場が陥落したら全部終わる!」


 思えば、六年前の百鬼夜行も妖怪が町役場を落とそうとしていた。あの時は結希ゆうきが妖怪を退けて百鬼夜行を終わらせたが、逆を言えば誰も町役場へと向かう妖怪を止められなかったということだ。

 アリアはすぐに全員の体力を回復させる。次に視線を送ったのは朔那と衣良だ。数々の武器を持ち替えて戦う朔那の武器も、常日頃から妖怪退治を行っている隊員たちと比べて戦いに不慣れなように見える衣良の武器も、まだ壊れていない。ただ、段々と押され気味になっているから──彼らが討ち漏らした妖怪の数は増えていく一方だった。


 もう、アイラ一人に任せられる数ではなくなってきている。アリアはいつでも抜刀できるように腰に下げていた《如月きさらぎ》に触れるが、「アリアは出るな!」と叫んで飛び下りた乾がそうさせてはくれなかった。


「ヌイ!」


「鬼が倒れたんだ、更地の南をなんとかすることができるのはアリアたちだけだろ!」


 そう言われたら動くことができない。《無双》を振り回す乾は妖怪を弱らせて前へと進む。弱った妖怪を倒すのは乾を見送った末森と本庄だ。

 すぐに朔那と衣良と合流した乾は衣良を下がらせ、正面から襲いかかってくる朧車を真っ二つに斬る。朧車はそのまま走れずに九字にやられたが、鵺はそう簡単にはいかない。乾が斬っても動くその体を朔那が万力鎖で抑え、衣良の刀でさらに細かく切断されるとアイラが生み出した子蜘蛛が焼く。


「──ッ」


 休む間もない戦いだ。アリアは大人しく傍にいる犬神に「見てて」と隊員たちを指差し、背後の町役場へと視線を移す。

 まるで、一度瘴気が消えたかのようだった。空まで届いていた瘴気は綺麗に消えていたが、地面からまた新たな瘴気が溢れ出しているように見える。そして、既に町役場に集っていた妖怪が壁を伝って這い上がっていき、屋上にいるであろう陰陽師が結界を張ってそれを防ぐから息が止まりそうになる。


 ──もう落ちてしまうのか。もう耐えられないのだろうか。


「ヌイ! 町役場が!」


「あいつらを信じろ!」


 多分、乾は町役場の状況を視ていない。視ていたらそんなことは絶対に言わないから──乾が信じるならばアリアも信じるしかないのだ。


「あいつらは! この町で最も強い力を持っている純血の半妖だ! あいつらがどうすることもできないなら私らが行ったところで無駄なんだよ!」


 乾が叫ぶ間町役場から聞こえてくるのは滝の音だ。水が物凄い勢いで流れている、それは──結界に縋りついた妖怪をすべて流していた。


 諦めるのはまだ早い。そう言われているようだった。


 結界はすぐに解かれ、地面から溢れ出している瘴気が再び空を覆おうとしている。だが、風が吹いているかのように町役場の屋上に流れて見えなくなったから──消えているのかと勘違いしてしまいそうになる。目を離せそうにない。


「──あ」


 とても温かい風が南側から吹いてきた。二月にしてはありえない春の風は、やがて町役場周辺に植えられている桜を咲かせる。


「みんな!」


 見てほしい、そう思って視線を戻すと──もう誰も戦っていなかった。妖怪は動きを止め、じっと町役場の屋上を見上げている。だから、全員がアリアが見ていた景色をアリアが教える前から知っていた。


「……終わった」


 呟いた乾が力なくその場に座り込む。この瞬間に襲われたら抵抗さえできないだろう、そう思えるほどの気の抜けっぷりだった。


「なら行くぞ」


 そんな乾の腕を朔那が引っ張る。衣良も引っ張って乾を立たせるから、アリアは特殊車両の上から飛び下りて朔那と衣良に腕を掴まれたままの乾を抱き締めた。


「……アリア」


「本当に、本当にっ、終わったの?」


「……終わったよ」


「もう誰もいなくならない?」


「……ならないよ。大丈夫」


 優しい声を出す乾から抱き締め返される。


「南側に桜が咲いた。それは妖怪の瘴気を消す桜だ。それがあればもう大丈夫、人間と妖怪の争いは終わったから──結希が、『一緒に〝生きて〟ほしい』って妖怪に言ったから、もう、大丈夫なんだよ」


 アリアと乾にとっての始まりは十年前。妖怪を倒す戦力を増やす為に五道ごどうの手によって人工半妖となり、それでも五道たちの想いに共鳴して妖怪退治を行った結果、六年前の百鬼夜行で無惨にやられた。以降妖怪退治の最前線から離れてそれぞれの道を歩いていたが、《カラス隊》という組織で二人の道は一つになり、百鬼夜行でもあった今回の戦いで人間と妖怪の争いを終わらせる一端になれたならば──亡くなった彼らの命も、行いも、無駄なことではなかったと胸を張れる。


「……どうして、六年前は駄目だったのかな」


 ただ、六年前に終わってほしかったというのが本音だった。


「全員、妖怪を殺すことしか考えてなかったからな」


 乾を離す。乾に寄り添ったのは犬神で、先ほどまで争っていた妖怪たちは誰のことも攻撃せずに消えていったから〝納得できない〟とは言えなかった。


 ──これは確かに、六年前では掴めなかった未来だった。


 特殊車両に乗り込んで町役場の南側へと向かうと、近くに停車したパトカーから虎丸とらまると恭哉、そして蒼生そうせいが出てきて。他の《十八名家じゅうはちめいか》たちを乗せた車も次々と到着する。視線を巡らせると、乙梅おとめを含めた各家の旧頭首たちも視界に入った。


 乾が言った桜に集っていた結希たちに結希の実父でもあり鬼の封印を解いた張本人でもある男の行方を尋ねるのは結希とるいの伯父でこの町の町長の千秋せんしゅうで。


 確かに男のしたことは許されないことだが、男が鬼の封印を解かなければこの結末はなかったのかと思うと複雑な気持ちになってしまった。

 男の処分は陰陽師が決めるらしい。それを聞いた時の結希に悲しさも異論もないようだったのが唯一の救いだと思った。


「では、次はこの町だな」


 南側に来てようやくアリアの視界にも入ったが、南には見渡す限り瓦礫の山しかない。最南端にある陽陰学園が見えるほどだ。


「月夜、幸茶羽、ヒナギク、来い」


 ずっと守ってもらったのは、すべてが終わった後でやらなければならないことがあるから。

 乾の隣に立っていたアリアは、乾に呼ばれた三人と共に町役場の屋上へと移動する。そこで改めて北側と南側の被害の差を認識した。


 双子の月夜と幸茶羽は手を繋ぎ、ヒナギクが双子の肩に自らの手を置く。


「アリアお姉ちゃん」


 アリアは月夜から伸ばされた手を取って、また亜子あこのことを思った。五道や小町こまちや亜子がこの未来を知っていたとは思えない。それでも、これが三人が望んでいたことだ。

 月夜と幸茶羽、そして半妖の力を最大限に引き出すことができるらしい総大将のヒナギクと力を合わせれば、半壊した町を綺麗に修復することができる。


 ──生まれてきて良かったと、今日ほど思う日はなかった。

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