私が死んだ途端に親友と婚約者が引っつきました。別に構わないのですが、私を殺しておいてただで済むと思わないでくださいね?
私、子爵家の次女リディスは、気付いたら透けた体で空中を漂っていた。
ふと下に目をやると、青白い顔をしたもう一人の私がベッドで寝ている。
…………、思い出した!
私は今日、お茶の席で急に乱入してきた男にナイフで刺されたんだ!
で、今こんな魂みたいな姿でいるということはまさか……、死んでしまったということか!
(そう、あなたは死んでしまったのです、リディスさん)
突然の声に振り返ると、そこには私同様に半透明の、背中から翼を生やした少女が。
あ、もしかして私を迎えにきた天使……?
(あなたを迎えにきたというのは当たりですが、天使ではなく死神です)
と少女はどこからか大鎌を取り出して見せた。
あっそ……、よく見ると翼も烏みたいに真っ黒だ……。
とにかく天使だろうが死神だろうが、私は行かないからね。まだ十六歳でやり残したこともいっぱいある! 今すぐ本体に戻って即蘇生だ!
ベッドで寝ている体めがけて飛んでいこうとした私の腰に大鎌が引っかけられる。
(無理ですって、あの肉体はもう死んでいます。面倒をかけないでください。さあ、行きますよ)
死神の少女はそのまま私ごと大鎌をぐいーっと引っ張っていく。
ま、待って待って!
せめて大切な人達に最後のお別れを言わせて!
(仕方ないですね……。少しだけ時間をあげますので、手早く済ませてください)
……意外と、話せば分かる死神だね。
じゃあ、やっぱり一番はお父様とお母様の所へ……、いや、それよりもエキドナとフレッド様の方が気になるな。
エキドナは幼い頃からの親友、フレッド様は私の婚約者で、どちらも私にとって大切な存在だった。今回、私が暴漢に刺された現場にも居合わせたので、大層気に病んでいるに違いない。早速二人の所に行こう。
……あれ、ドアノブが手をすり抜けて掴めない。どうやって扉を開ければいいの?
私の様子を見ていた死神がため息をついた。
(今は魂だけの存在なので物質に妨げられることはありません。そのまま扉をすり抜ければいいのですよ)
なるほど、もっともな意見だ。
現在私がいるのは自宅である子爵家屋敷の自室だった。どうやら暴漢に刺された後に運びこまれ、ここで息を引きとったらしい。
自室の扉をすり抜けた先の廊下にエキドナとフレッド様はいた。どちらも涙に暮れて窓辺に佇んでいる。
やっぱり二人共、私のことを思って……。
と感慨に浸っていると、引っついてきていた死神が首を傾げた。
(そうでしょうか? 何だか邪な感じがするのですが)
何を適当なことを……。
……ちょっとだけ、会話を聞いてみようかな。
私はそろりと二人の背後に回った。魂だけの存在だから別にそろりとする必要はないんだけど。
涙を拭いながらエキドナがフレッド様の顔を見上げる。
「フレッド様、私達は大切な人を失ってしまったのですね……」
「ああ。リディスが突然こんな形でいなくなってしまって、私はどうすればいいのか全く考えられそうにない……」
ほら、二人共すごく悲しんでくれてる! 全然邪な感じじゃないよ!
ところが次の瞬間、エキドナがスッとフレッド様の体に抱きついた。
「私達は、お互いの心に空いた穴を埋め合えると思うのです」
「エキドナ……。……そうだな、もうこんな状況になってしまっては仕方ないのかもしれない」
「では、ついに私の思いに応えてくださるのですね!」
「ああ、君とのこと、前向きに考えてみるよ」
「フレッド様!」
……え、ちょっと待って。何、この展開……。
私、ついさっき息絶えたばかりで、まだそこの部屋に遺体があるんだけど……。
私が呆然としていると、隣で死神が(ふーむ……)と唸った。
(……どうやら、リディスさんの親友のエキドナさんは常々フレッドさんを狙っていたようですね。そして、フレッドさんの方も彼女からのアプローチに少なからず心が揺らいでいた)
……どうして、そんなことまで分かるの……?
(私達はいわば思念体なのです。意識を集中させれば人が何を思っているか読み取ることができるのですよ。リディスさんも試してみては?)
死神から促されるままに、私は意識をエキドナとフレッド様の思考に集中させた。
(ふふ、やった! うまくいったわ!)
(もうリディスはいないわけだし、これは浮気じゃないよな? ……実は前からエキドナのことが気になって仕方なかったんだ)
こ、こいつらー!
ほんの数分前までこんな奴らを大切と思っていた自分が恥ずかしい……。
ああ……、こんなくずな親友と婚約者に恵まれて、私の人生もまさにくずそのものだった……。
うなだれる私の肩に死神がポンと手を添えてきた。
(まあまあ、来世はいいことがありますって。さあ、もう行きましょう)
……そうか、来世があるなら、こんなに辛い今世とはさっさと決別するべきかもしれない。
と死神の誘いに乗りかけたその時、再びエキドナの思念が聞こえてきた。
(本当にここまで苦労したわ。だけど、ようやくこれで報われる。人を使ってリディスを殺した甲斐があった)
私を、殺した……?
……つまり、私を刺したあの暴漢はエキドナが放ったということ?
…………。
……ちくしょう。
……ちくしょう! ふざけるな、この女!
ずっと親友だと思っていたのに、そっちにとって私は男のために簡単に殺せる程度の存在だったなんて! ていうか、男のために簡単に人を殺せるってどういう神経してるの!
……おのれ、絶対に許さない!
このまま来世に向かってなるものかー!
その瞬間、私の体から何かが吹き出した。
かと思えば、突然エキドナが目の前でもがき苦しみはじめる。
「ぎゃあー! なぜか急に全身に痛みがー!」
「ど、どうしたんだ、エキドナ! 大丈夫か!」
意味が分からず首を傾げる私の隣では、死神がわなわなと体を震えさせていた。
(リディスさん! あなた凄まじいほどの霊力ですよ!)
……何? 霊力?
(言ってみれば純粋な生命エネルギーです。通常の怨霊が数年かけて得られる霊力をあなたは最初から備えていたということ。これは大変なことですよ! あなたは魂になったばかりなのにもう人を呪い殺せるのですから!)
ほほう、それはいいことを聞いた。
エキドナ、あんただけは許さない! このまま呪い殺してやる!
(ただし、人を呪い殺した場合あなたの魂の格が下がり、来世に悪い影響を及ぼします)
死神からの追加情報に、私は霊力の放出をぴたっと停止。
……悪い影響って、どんな風に?
(リディスさんの場合、親友に婚約者を奪われた上に殺されていますので、望めばまず確実に人間に生まれ変われますが)
はっきりと言うな……。正確には、殺された後に婚約者を奪われているんだからね。
(人を呪い殺せば、虫への転生もありえます。よくて魚でしょうか)
ひぃ、次も人間がいいです!
……うぅ、こんな目に遭って、よく分からない力に目覚めたかと思えば、それを使って復讐することもできない……。
だったら、こんな力なんて別にいらなかったよ……。
脱力した状態で空中を浮遊する私を見て、死神の少女はしばし考えた後に。
(……私の仕事の範疇を超えているのですが、特別に教えてあげます。先ほども言ったように、霊力とは純粋な生命エネルギーなんですよ。つまり、攻撃のみならず治癒にも使えるのです)
それって、どういうこと……?
(あなたのその霊力で自らの肉体を治療すれば、今ならまだ生き返ることができます)
本当に! すぐにやる!
高速で自室に戻った私は、早速自分の遺体を霊力で包みこんだ。
すると、青白かった肉体に見る見る生気が甦ってくる。
おお、すごい……。まさか生き返る術があったなんて。もう完全に諦めていたからなお嬉しい!
やがて死神が(そろそろ大丈夫です)と言った。
これを合図に私は自分の肉体に突撃。
――――。
ベッドで目を覚ました私は、まず真っ先に暴漢に刺された傷口を見た。
「……綺麗に治ってる。まるで、刺されたのが嘘みたいに」
しばらく生き返った実感を噛みしめていると、部屋に入ってきた侍女が私を見て叫び声を上げた。
「お嬢様が生きておられます! 生き返られました!」
この声を聞きつけて、お父様にお母様、治療に当たってくれていた神官などが次々に部屋に。
皆で信じられないものでも見るかのように私の無事を確認。
それから少し遅れて、フレッド様と共にエキドナが現れた。彼女は一瞬驚愕の表情になったのち、その目に涙を浮かべる。
「よかった、リディス! 親友のあなたがいなくなったら私もうどうしていいか!」
「…………。ふざけるな! どうしていいかって全力でフレッド様を落としにかかってたでしょ! そんなことより! よくも私を殺してくれたな!」
こみ上がってきた怒りと共に湧き上がってきた霊力がエキドナに向かって飛んでいった。
取り憑かれた彼女は絶叫しながら床を転げ回る。
「ぎゃあー! なぜかまた全身に痛みが!」
「私にやったことを吐け! さもないとこのまま呪い殺すよ!」
虫に転生はしたくないので単なる脅しだけど、それでも威力は充分だった。
こうしてエキドナは計画の全てを自白。
のちに実行犯の暴漢も捕まり、こちらも彼女の指示で動いていたことを自白したため、共に牢獄送りとなった。
なお、フレッド様との婚約は当然ながら破棄した。
婚約者が死んで速攻で別の女性に乗りかえるような人はごめんだし、私自身、恋愛や結婚に割いている時間がなくなったので。
というのも、私は大きな霊力を持ったまま生き返ってしまい、人々が放っておいてくれなくなってしまった。瀕死の人間をも完治させられる私を、聖女様と崇めてくる。
王族や貴族もこの力を頼りにしてきて、当子爵家は一気に侯爵家にランクアップ。お父様や一族の皆は喜んでいるものの、忙しい日々を送ることになった私は複雑な心境だ。
まあ、暴漢に刺されてあのまま死ぬよりは断然よかったし、愚痴を言い合える相方もいるので何とか頑張っている。
(こうなると分かっていたのに、なぜ私はあの時助けてしまったのか……。はぁ……)
目の前では死神の少女がため息をついていた。
彼女は私の魂を回収しなければ帰還できず、つまりずっと私に取り憑いた状態になっている。非常に気の毒だし、非常に申し訳なかった。
「もう暴漢も病気も霊力で跳ね退けられるし、たぶん私、百歳くらいまで生きると思う。かなり待ってもらうことになるけど大丈夫?」
(本当に百歳まで生きそうですね、リディスさん……。まあ、気長に待ちますよ。あなたとの日常も楽しくないこともないですから)
お読みいただき、有難うございました。
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