第5話最前線からの大脱走と、運営とはじまりへ
時は戻り今最前線で、ログインしている多くのプレイヤーたちが絶望の声を上げていた。
「おい、なんだこのイベント! 敵の数が減らない、いつまで増えるんだよ!」
「魔王軍の侵攻イベントってレベルじゃねえ! いつまで戦えばいいんだ!」
「回復薬がもう底を突くぞ! 前線の壁が持たない、誰か応援を呼んでくれ!」
終わりが見えない泥沼の戦闘。
それもそのはずである。
このゲームの運営陣は、プレイヤーの予想をはるかに超えるブラック陣営だった。
イベントの盛り上がりのため、サイレント修正や急なアップデートを最前線でこれでもかと繰り広げている最中なのだ。
「ふはははは! 光の眷属どもめ、我が魔軍の前にひれ伏すがいぃーーー」
最前線に君臨する魔王マオは、迫真の演技で高笑いを響かせながら、心の中で血の涙を流していた。
(あぁーもう限界だ……! いつも意識が戻るたび四天王たちに渡すモンスターを生成させられてるが……感覚が短くなり続けてきたか……。いつまでこのままの状態なのか…クソ悪魔め……!)
魔王という絶対的な最高戦力でありながら、その実態はブラック企業並みに働かせられているただの悲しき労働者であった。
ゲーム内のNPCには目の前が現実であるため、意識が戻るたび、休む間もなくモンスターの製造ボタンを連打させられているのだ。
それは、迎え撃つ側も同じである。
「みんな、諦めないで! 私たちが引けば、この世界は闇に包まれます!」
可憐に叫ぶのは、光の最高戦力である勇者ユウ。
その背後には、お助けキャラクターであるNPC勇者パーティーの仲間、剣聖、賢者、聖女が控え、プレイヤーたちと共闘している。
大剣を必死に構えながら、ユウもまた精神の限界を迎えていた。
(もぉー無理無理無理! 最初は少しづつ、今じゃ感覚の短くなった敵の復活ほぼ終わりがないのなんでなのおぉぉぉ! デバフやらで死んじゃうもういやぁぁぁ!)
リアルを追求した仕様のせいで、長時間同じ姿勢で戦い続けたことによる筋肉硬直デバフ、そして徹夜による不眠症デバフが容赦なく体を蝕んでいる。
もう一歩も動きたくない、今すぐ布団に飛び込みたいというのが本音だった。
そんな戦場に、まさに奇跡と言える時間が訪れる。
突如として上空から、激戦が繰り広げられている真っ只中の合戦場に向かって、無数の小さな隕石がバラバラになって降り注いだのだ。
戦場全体へ無差別に降り注ぐメテオの嵐。
あまりに脈絡のない超展開に、敵も味方も言葉を失い、動きを止めた。
結果として、両陣営に数刻の休息の時が訪れた。
この貴重な空白の時間。
魔王マオと勇者ユウは、それぞれ別の場所で、しかし全く同じことを考えていた。
((――今だ、逃げよう))
二人は最高戦力としての地位も、プライドも、すべてを放り投げた。
二人はこの自由になった時間で、目立つ魔王と勇者の姿のままではすぐに連れ戻されてしまうと考えた。
プレイヤーたちの目を欺くための変装をするべく、それぞれのルートで最前線から離れた場所へと隠密に行動を開始するのだった。
――そして、悲劇は連鎖する。
最高権力者である魔王と、絶対的リーダーである勇者が同時に職場を放棄したそんな、空前の混乱の中にある戦場の一画で、戦っていた者たちもまた、完全に心が折れていた。
「……なあ、これ幸いにと私たちも逃げてよくない?」
「賛成。こんなブラックな戦場でもう一秒も働きたくない」
「この戦場のトップたちがいなくなりました。誰も私たちを責められないと思いますよ?」
「おっ、そりゃいいなぁ、戦闘終了!それぞれ各々で解散だ」
「ひぃーようやく解放される…魔王様はもういないの……?」
「こっちはユウがいない、速さも一流か……。お互いどこかであったら楽しくやろーぜ!」
「えぇ、では転移スクロ―ル。」「業火フレイムバーン」"
かくして、戦場に残され環境に耐えかねていた魔王軍の幹部である四天王たち、勇者パーティーの仲間である剣聖、賢者、聖女たちもまた、この好機をお互いに声を掛け合いながら、まばゆい光と共に転移スクロールを使って揃って行方をくらませる。同じくして、盛大な大爆発を起こし姿をくらましていった。
それを遠目に戦場に残されたのは、あまりの出来事に困惑する一般プレイヤーと、降り注いだ隕石のクレーター跡だけだった。
画面外であるゲームの管理画面では、運営陣が頭を抱えて大パニックを起こしていた。
「おい! 魔王と勇者のシステムログが消失したぞ!?」
「バグか!? イベントの主役が二人とも最前線からいなくなるなんて、前代未聞だ!」
「待て! それだけじゃない! 勇者パーティーの残りと四天王全員のログも完全に消えた! 全員一斉に職場放棄して逃げやがったぞ!」
「なんだって!? 全員ボイコットか!? 今確認中の、最前線攻略系の掲示板で大騒ぎです。数が増え続けてます!」
「ユーザーにバレたら大炎上どころじゃ済まないぞ! 早く火消しをしろ!」
主要キャラクターの全員に逃げられるという前代未聞の大不祥事に直面した運営陣は、最悪の力技に出ることにした。
お得意の突貫工事による、キャラクターの総入れ替えである。
さらに運営陣は、逃げ出したオリジナルのマオたちが万が一にも最前線に戻ってきて、新キャラクターたちと鉢合わせしてシステムが大バグを起こすことを恐れた。
「よし、今回のアップデート場所である最前線エリアに一部入場規制をかけろ!」
「元の魔王や勇者たちの固有識別データを弾くようにして、二度と最前線に入場できないようにシャットアウトするんだ!」
運営陣のすまじいやらかし、入場規制の設定、最前線のデータは一瞬で書き換えられていく。
しかし、長時間の突貫アップデート(魔王から始め主要キャラの再構築)が待ち受けていた。
運営のキーボードを叩く音が激しく響いた後、何も知らないプレイヤーたちの画面には、もっともらしいアナウンスが流れた。
【緊急アップデート:次回イベントのお知らせです。魔王は第二形態へと変化するために、ダンジョンの奥深くへと進みました。勇者たちが、それを追撃中です! なお、最前線の一部エリアを安全対策のための入場規制を実施いたしました。なお緊急の為、開放にしばらくお待ちください。】
最前線がそんな大混乱に陥り、自分たちが元の職場へ二度と入場できなくなっているとは露知らず。
自由を手に入れたマオとユウは、それぞれ自分たちの身分を隠すための道具を使い、僻地の方へと身を潜めていくのだった。
ーーー勇者と魔王視点ーーー
「よし、最前線端にある私の小城!喉も潤ったし……たしかぁ~ここにある…はず……あったわ!メイド服!これに着替えてっと。」
着替え終わって、ユウはふと思う。
もしかしたらここに人が来るかもしれない、戦場に近いこの場所で逃げたのがバレたら、と悩みだす。
「こんな戦場の近くじゃ、分らないとはいえ逃げたのバレたら……っ!ここは安住の地にはなりえないわ!もっと遠くへいける抜け道やいろいろ使って最前線とは逆に行くしかなさそうね!」
かくして彼女は不運に見舞われるなど、今後のことなど微塵も考えてはいなかった。行動あるのみと動き出す。
時同じくして、場所は魔王城の地下倉庫へ。
「城の地下までくれば何か、ある……まさか執事服!うむ、これならばれんだろ!着替えるとするか。」
着替えを終えると、マオは部屋の隅にあるものに気づく。
「まさか、仲間が作っておいたスクロールではないか!ふむふむ……まさか転移!おぉーどこへ行けるんだ?わからんが大丈夫だろ!フハハハハハ!」
高らかに笑う声は誰にも聞こえず、この後に起こる悲劇もまた彼は知らない。
ストックしまくるぞー!




