第14話 DIYサウナ計画と暗黒の誤解
フィースの高級カーテン作成動画をあげてから、食事を終えたお昼すぎ。
我が拠点の1階では、信じがたい光景が広がっていた。マオ、ユウ、フィースの3人が、並んで床にひっくり返り、完全に白目を剥いているのだ。
原因は、発信した動画の投稿が信じられないほどの勢いで「バズって」しまったこと。見たこともない桁数の数字の閲覧者に脳の処理が追いつかなくなった彼らは、もはや生ける屍と化していた。
「う~ん……よし、彼らはしばらく使い物にならないかなぁ。」
サトウはそっと1階の喧騒というか静寂から離れ、あえて手つかずだった地下室への階段を降りることにした。そこは古い洗い場や井戸の遺構が残る、カビ臭く湿った未開のエリア。これからの拠点の発展、特に給湯システムやサウナの設置にはうってつけのロケーションと考えたのだ。
しかし、階段を下りきってから重大なミスに気づいた。
ランタン式ライトを持ってくるのを完全に忘れたのだ。
地の底の空間は、一寸先も見えないほどに薄暗い。だが、ここで引き返すのはもったいない精神が許さなかった。インベントリに使うために突っ込んだ【レンガ】の山、リビングで使っていた板材のあまりである適当な【板の端材】がある。
「ライトがないなら、火を熾せばいいじゃないかぁ」
サトウは暗闇の中、手探りでレンガを積み上げ始めた。給湯用、そして将来的なサウナ用を兼ねた堅牢な釜戸の形を組み上げていく。そこに、板材を割いてくべ、火打ち石で火種を落とした。
ボゥッ! と、激しい音を立てて炎が燃え上がる。
地下室の壁を赤々と照らす、【物理的な火の明かり】。これで視界の問題は力技で解決した。
この急激な光量変化と薄暗い空間のせいで、単眼機械生物「カガンのキロクキ」は、暗視モードが完全にボヤけて混乱していた。
サトウの作業を記録するため、カガンのキロクキは必死にその異形を震わせる。暗闇の中で焦点を合わせようと、その不気味な瞳が高速で駆動した。
縦スリットの瞳孔から、一気に四角い「ダイヤモンド瞳孔」へと【焦点調節機能】が切り替わる。超高解像度のピントをサトウのアバウトな手元だけに合わせるため、カガンの眼球は充血したように赤く発光し、ギリギリ、ギリギリとただ機械的な駆動音だけを響かせながら、限界まで見開かれていた。
その時、地下室の入り口から「ギィ……」と、心霊現象のような怪しい音が響いた。
1階で白目を剥いていたはずのマオ、ユウ、フィースの3人が、不穏な気配を察知して偵察に下りてきたのだ。
彼らの目に飛び込んできたのは、地獄のような光景だった。
仄暗い地下室。激しく揺らめく不気味な赤い炎。血のように赤いレンガの祭壇。転がる端材。そして何より、暗闇の中で狂ったようにギチギチと蠢き、怪しく赤く光るカガンの巨大な眼球。
そこで怪しげな建造物を黙々と組み上げる、サトウの後ろ姿。
二人は恐怖のあまり完全に思考がシンクロし、声にならない声を脳内で響かせ、完成していく作業にフィースは別ベクトルで加速させていた。
((我々を洗脳・強化変異させるための【暗黒培養槽】を作っている……っ!!))
(ハァ、ハァ……! ついに、ついに我が拠点に極上の温泉、いや、給湯器を自らの手で作り変えるのですね……っ! 素晴らしい、流石は主様です……!)
ガタガタと震えながら再び絶望のどん底へと突き落とされるマオとユウ。ただ一人、別方向の至福に浸りながら歓喜の息を漏らすフィース。
当のサトウは、ただのお風呂の前のボイラーを作っているだけなのに。
だが、サトウの背中から漂うオーラは、雇用人たちの絶望と狂信ポイントをさらに加速させるに十分なほどに烈しいものへとそのボイラーは変貌を遂げていく。
「よし、それじゃあ本格的にこのボイラー部分の気密性を高めていこうじゃないかぁ」
サトウはのんきに笑いながら、コテを握り直した。
本格的にクラフトシステムを連続駆動させた。地下室の薄暗い空間に、見る者の魂を凍りつかせるかのような漆黒の演出煙がさらに盛大に立ち上り魔王城の主としての威厳をこれでもかと見せつける、圧倒的なプレッシャーを纏ったスキルエフェクトである。
ドゴゴゴゴ……と不気味な地鳴りのような重低音が地下室の石壁を震わせ、サトウの全身から噴き出した黒い霧が、ボゥボゥと燃え盛るレンガ釜戸の赤い炎と混ざり合い、まるで世界を終焉へと導く暗黒の儀式のような視覚効果を演出していた。
「おお、相変わらずこの役職はゲーム的な演出が派手だなぁ! 臨場感があって、なんだか一丁前の職人になったみたいでワクワクするじゃないかぁ」
サトウ自身は、100%悪意のないピュアな無邪気さで、そのド烈しいスキルエフェクトを純粋に楽しんでいた。
しかし、階段の陰からその光景を凝視していた雇用人たちの視界は、完全に別の恐怖で染まっていた。
((あ、暗黒の魔力が物質化して溢れ出している……!? あの超越者は、ただレンガを積んでいるのではない……! あの悍ましい漆黒の霧を触媒にして、世界を崩壊させるための禁忌の魔導炉に火を灯し囲うために組んでいるのか……っ!!))
(ああ、なんと神聖で美しい生産オーラ……! おじ様がその御手を動かされるたびに、至高の給湯器の基礎が、このただの地下室をボイラー室へと威厳を帯びて構築されていく……っ! なんという果て無きプレッシャー(包容力)……!)
サトウは趣味だったDIYの記憶を思い返しながら、エフェクトスキルにより気分が高ぶって一丁前の職人気取りでレンガの隙間にコテでドロドロとしたモルタル(セメント)を滑らかに塗り込んでいく。
「コテの角度を少し斜めにして、こうしてスッと引くと綺麗にモルタルが伸びるんだよねぇ。よしよし、いい感じじゃないかぁ。お風呂の土台は堅牢でホワイトな……うんうん派手な仕上がりに限るからね!」
サトウの指先が動くたびに、クラフトバフが自動で適用され、アバウトだったはずの手元から信じられないほどの精度で完璧なレンガ壁が組み上がっていく。
そして、ここでシステム変化法律が音もなく牙を剥いた。
サトウが生産スキルを使用して制作した完成アイテム――ボイラー用のレンガ釜戸と、それに連動する古い石造りの浴槽構造物が、この『なんちゃって魔王城』の空間の一定値と判断され完全にシステム同期を果たし、この地下室にあったはずのただの赤レンガの塊が、見るも悍ましい最高峰の外見へと劇的に変化を遂げた。
滑らかだったセメントの接合部は、まるで深淵の底で這い回る魔獣の血管のように赤黒く脈動する不気味な紋様へと変わり、レンガの表面には怨嗟の声が刻まれたかのような古代魔導文字がじわじわと浮かび上がってくる。中央の浴槽の縁は、鈍い光を放つ黒金属で覆われ、すぐ横の井戸から流れ込む地下水は、魔力連動デバイスの輝きを反射して、まるで生命のスープとでも言いたげのような見た目のドロドロとした怪しい液状になり緑の燐光を放ち始めた。
ビジュアルだけを見れば、それはまさに神話時代の数多な英雄を死の恐怖で染め上げるがの如く脅えさせてきたであろうそんな恐怖そのものの暗黒生命培養槽であった。
だが、その劇的な変化の真実を、サトウの視界にあるシステム画面のログだけが、静かに、そして淡々と表示していた。
『完成アイテム:一般的な家庭用給湯釜戸(サウナボイラー機能付き)』
『完成アイテム:一般的な石造り風お風呂浴槽(保温効果:並)』
そう、変化したのは見た目のビジュアルだけであり、アイテムとしての効果や性能は、一般的なお掃除道具や普通の家具と何ら変わらない、ただの「ちょっと温かいお風呂とサウナ」なのである。
サトウは完成したその禍々しい大浴槽を見つめ、大満足そうにふくよかな顎を撫でた。
「うんうん、完成だね! 見た目がちょっとゴシック風というか、ダークファンタジーなホラーアトラクションみたいになってしまったが……これはこれで面白いじゃないかぁ。細かいギミックに凝っていて面白いし素晴らしいねぇ。これなら日頃の疲れもこの見た目なら一発で吹き飛んで行くんじゃないかなぁ!」
サトウはパチパチと音を立てて燃える薪の火を眺めながら、将来的にここに設置する予定の脱衣所やタオルの配置について楽しげに構想を膨らませていた。
そのサトウの楽しげな背中を見つめながら、マオとユウの精神は完全に限界を迎えていた。
二人は互いの肩をガタガタと震わせながら、目の前にそびえ立つ、赤黒く脈動する「暗黒培養槽」の威圧感に完全に圧倒されていた。
((あ、完成してしまった……。世界を統べる超越者のシモベ、あるいは我々すら一瞬で塵に還すような最凶の変異生命体が、あの禍々しい黒き浴槽の中で今まさに産声を上げようとしているのだ……っ!! 終わりだ、もう本当にすべてが終わりだ……!!))
(ハァ、ハァ……! 素晴らしい……これほどまでに濃厚な保温を湛えた極上の給湯が、間もなくこの地下で溢れ満たされるのですね……っ! 早く、早くこの身をその至福で出来た湯の中に沈めたいです……っ!!)
薄暗い地の底の空間で、ただ一人歓喜の息を漏らすフィースの声すら、絶望する二人の耳には「魔王の配下が禁忌の完成を祝う不気味な呪詛」にしか聞こえていなかった。
「よし、今日のお昼のDIY作業はここまでにして、1階に戻って3人の様子を見てみようかねぇ。少しはSNSの通知に慣れて、正気に戻っているといいんだけどなぁ?」
サトウは心地よい疲労感に腕を伸ばしながら、静かに振り返り始めた。
「あれ?フーちゃんじゃないかここはまだ出来たばかりだよそれよりもういいのかい?」
背後を振り返ったサトウの満面の笑顔、そしてその言葉を受けたフィースはさらに歓喜に震えた。
「ハァ、ハァ……! もちろん、もちろん我が身はすでに準備万端にございます、おじ様……っ! たとえまだ荒削りな出来たてであろうとも、主様が心血を注いで自らの手で建造されたこの至高の浴槽であれば、私は今すぐにでもこの身をすべて捧げて飛び込む所存です……っ!!」
「本当にフーちゃんは見た目に拘らないので、褒めてくれるねぇ。それじゃあ、戻ろうか。」
サトウからすればまだ使うには時間がかかると考えながら二人で階段を上るのであった。
その足音が近づくたびに、急いで階段の影になる暗い部分へ逃げリビングとは逆の場所で抱き合っていたマオとユウは、まるで世界の覇者の御前で裁きを待つ罪人のように震えあがっていく。
ただのお風呂を作っているだけなのに、地下室の古い洗い場遺構は、完璧なすれ違いの勘違いに包まれたまま、仄暗い地の底で妖しく赤黒い光を放ち続けるのだった。
手直し多かったが何とか完成!AIが初期かってどうにかして記憶を維持できないか試行錯誤中……




