待つ時間と帰る場所・前編
読んでいただきありがとうございます。
たくさんの方に読んでいただけて感涙です。
アクセス数や評価などを見て「ど、どうしよう。う、うれしい。ヤバい」と震えております。
さて、この小話は二人が恋人になってシャイルが街を出た三ヶ月後のお話です。
お楽しみいただけたら幸いです。
「はあ……」
私は溜息をついた。
「またそんな溜息をついて。幸せが逃げちまうよ」
エルさんが苦笑しながら私に言う。
「だってこんなに寂しいと思わなかったんです」
「……まあ仕方ないさ」
シャイルがこの街を出てもう三ヶ月になる。
数ヶ月程度がこんなにつらいとは思わなかった。
一度はもう一生会えないと覚悟したのだから。
(あの時はよく別れようと思えたなあ)
もしあの時、本当に別れていたら自分はどうなっていたのだろう。
そう考えればまた会えるというだけ随分マシではあるのだが……。
(恋人になった途端遠距離とか……)
溜息をつくくらい許してほしい。
近所に住む友人は幼馴染の恋人と毎日のように会っているというのに。
羨ましい。
彼が語り部でなければ良かったのに。
そこまで考えてはっとなる。
(駄目よ、こんなこと考えちゃ。シャイルが語り部じゃなかったら、私たちは出会うこともなかったんだから)
私は顔を上げる。
「考え込むからいけないんだわ。仕事しよ、仕事」
と、思っていたのに。
「なぁいいだろ?ちょっとだけだからさ」
しつこい。
目の前の男を見ながら私は内心溜息をついた。
昨日泊まった客が洗濯をしている私の所に来たのは少し前。
私が何か御用ですか?と聞くと。
「ちょっと俺と遊びに行こーぜ」
たまにこういうお客さんはいる。
いつもはターンさんかエルさんに助けてもらうのだが宿の裏まで来るお客さんは初めてで、二人はおそらく厨房にいるのでここからの声は聞こえない。
自分でどうにかしなければいけないのだが……。
「申し訳ありません。仕事中ですので」
「固いこと言うなって。大丈夫。君っていつも熱心に働いてるって評判だから。そんな君が一度くらいサボったって女将さんたちだって怒らねーよ」
サボってでもあんたと遊びに行こうなんて思わないわよ。
というか、あんたと遊ぶくらいなら休憩時間返上して仕事するわよ。
こう言ってやれたらどんなに楽か。
(相手はお客さん。相手はお客さん)
心の中で呪文のように唱えつつ、できるだけ丁寧に断る。
「ごめんなさい。ターンさんたちが信頼してくれているのにそれを裏切りたくないの」
「裏切るって大げさ!」
「大げさではありません」
「大げさだろ。まあいいや。とにかく行こーぜ」
グイッ
「いたっ!」
腕を強く掴まれ、そのまま引っ張られた。
男はそのまま私をどこかへ連れて行こうとする。
「離してください!」
私は何とか振り払おうとするが男はびくともしない。
「さ、行こーぜ」
「いやっ離して」
「チッ。うるせーな」
男はさらに力を入れてくる。
「い、たい……っ」
骨が軋むほど強く掴まれ、涙が出てくる。
(誰か……助けて……)
そのとき頭に浮かんだのはいつも助けてくれるターンさんたちではなく、この前出会った愛しいあの人。
「シャイル!助けて……っ!」
男が訝しげに私を見る。
「シャイル?恋人か?ま、残念だったな。助けは来ないみたいだし」
(……いるわけないと分かっているのに。私、本当に馬鹿ね)
私は諦めて抵抗するのをやめた。
「お、行く気になったのか?それじゃ」
「その手を離せ」
(……え?)
たった今、シャイルがいるわけがないと判断したのにも関わらず、彼の声が聞こえた。
一瞬幻聴かと思った。いや、そんなはずはない。
確かに聞こえた。
恐る恐る声がした方を見る。
そこにはこの世で一番愛しい人の姿があった。
「シャ……っ!」
会えた嬉しさに彼のもとへ駆け寄ろうとしたが、まだ腕を掴まれたままで動けなかった。
そんな私を見たシャイルが怒りを帯びた鋭い目で男を見る。
「もう一度言う。その手を離せ」
「あぁ?なんだお前」
「俺は彼女の恋人だ。ほかの男が彼女に触れるのは不愉快だ。離せ」
そう言ってシャイルはズカズカと私たちに近づき、私の手を掴んでいる方の男の腕を掴んだ。
男はシャイルを不愉快そうに見る。
「悪いんだけど俺はお前の彼女とこれから用事があるんだ」
「どう見ても嫌がっていて泣きそうな恋人を行かせるわけがない」
「あぁ!?うるせ……っ!」
声を荒げようとした男をシャイルが手に力を込めて黙らせる。
「ってめ……離せ!」
「そちらが先だ」
譲らないシャイルを見て男は舌打ちをし、私を離した。
「……覚えてろよ」
そう言って私たちから去って行った。
「なんて定番な負け犬のセリフ……」
私は思わず呟いた。
しかしシャイルがいることを思い出し、彼に思いきり抱き着いた。
「シャイル!お帰りっ」
「うわっ!」
私がいきなり飛びついたためにシャイルはバランスを崩しかけたが、しっかりと私を受け止めた。
「ありがとう、シャイル。助かったわ。本当にあの男しつこくて……。あ、いつ帰ったの?今回はどこに行ってきたの?何か面白いことあった?私もたくさん話したいことがあるの!」
三ヶ月の間に溜まりまくったことを一気にシャイルにぶつける。
しかしシャイルに反応がなく、おかしいなと思って私が彼を見ると何故か固まっていた。
「……シャイル?」
「っあ、ああ。ごめん。ちょっとびっくりして……。てか、話は後だよ。リーベ、腕見せて」
シャイルは慌てて私に向き合った後、すぐに真剣な顔に切り替えた。
「大丈夫よ。大したことないわ」
「それは俺が見て決める」
私はシャイルが譲らないと分かり渋々腕を見せる。
「やっぱり痕になってるじゃないか」
「すぐに消えるわよ」
「どうだが。痣になるんじゃないか?」
「大げさね」
「大げさじゃない。とにかく手当てしよう」
本当に大げさなシャイルに溜息をつきながら私は手当の道具を借りにエルさんのもとへ向かった。
ありがとうございました。
後編は明日にでも更新しようと思っています(希望)。




