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語り部の恋人  作者: 猫璃
1/6

前編

短編として書いたのですが思ったより長くなり、前後編にしました。

それでも長い気がします。

最後まで読んでいただければ幸いです。

「お世話になりました」

「いいんだよ、そんなことは。それより……本当にいいのかい?」

「……いいんです」

 それでは、さようなら。

 私は長い間お世話になった宿屋の主人とその奥さんに別れを告げた。

 私は今日、この街を出る。

 何故そうすることにしたのか。

 それは私のおなかに小さな命が宿ったことを知ったからだ。


 私の両親はもういない。

 母は私を産んだ時に、父は仕事先の事故で亡くした。

 私の父は冒険者でギルドの依頼をこなしながら生計を立てて、私と二人で旅をしていた。

 父を亡くして路頭に迷った私を拾ってくれたのが宿屋を経営しているターンさんとその妻のエルさんだ。

 たくさんの店が並び、ほかの街への馬車もよく出ていて何かと便利な上、治安も良いこの街にはよく立ち寄った。

 そのときは決まってターンさんたちの宿屋に泊っていたので夫婦とは仲が良く、父を亡くした私を憐れんで引き取ってくれたのだ。

 それが今から十年前。

 時がたつのは早いものだ。

 その短い時間の中で私はあの人に出会った。


 三年前。

 私は引き取ってもらってからずっとその宿で働いていた。

 少しでも恩を返そうと真面目に働いた。

 それに働くのはとても楽しかった。

 お客さんたちはいろいろなとこから来ているのでどの話も飽きないし、この宿を気に入ってくれてとても嬉しかった。

 ある日のお昼過ぎ。

 食堂の掃除をしていると、泊りの受付をするカウンターの方から呼び鈴の音が聞こえてきた。

 そのときターンさんとエルさんは出かけていて対応できるのが私しかいなかったので私は慌ててカウンターへ行った。

「いらっしゃいませ」

「ああ、こんにちは。部屋は空いてる?」

「はい」

「よかった。じゃあしばらく世話になるよ」

 これがシャイルとの出会いだった。

 茶色の髪に緑の瞳。目立つような感じではないけれど整った顔立ち。そして穏やかな雰囲気。

 今にして思えば一目惚れだったのかもしれない。

 彼と初めて会ったとき理由はよく分からなかったけれど、私はなんとなく彼に惹かれたのだ。

 シャイルは語り部だった。

 語り部とは様々な国、地域で起こった出来事をほかの地、または次代へと伝える仕事だ。

 その話はやんごとなき身分の方々のものもあれば、ただの農民や町娘のものもある。また内容も恋物語だったり英雄譚だったりと様々だ。

 私はシャイルによく話を聞きに行った。

 話はどれも楽しかったし、何よりシャイルに会いたくて。

 彼はそんな私を迷惑がることなく受け入れてくれた。

「こんにちは。シャイル」

「やあ、また話を聞きに来たの?」

「だって楽しいもの」

「もうそろそろお金取ろうかな」

「あ、ひどい。お金の代わりお昼ご飯を作るので交渉成立したじゃない」

「冗談だって」

 頬を膨らませて大げさに起こったふりをしてそう言う私に彼は声を立てて笑った。

 つられて私も笑う。

 穏やかな時間を過ごした。

 私はシャイルのことが大好きだったし、シャイルも少なからず私を想ってくれていたと思う。

 はっきり言葉にはしていなかったけれどお互いにそう感じていたと思う。

 いつものように話をしていたある日。突然彼は真剣な顔になって言った。

「俺、もうそろそろこの街を出ようと思うんだ」

 ああ、とうとうこの時が来てしまったと思った。

 私はこの時を恐れて彼への気持ちを口に出さなかったのかもしれない。

 彼は語り部だから。

 いつかこの街を出ていく人だから。

「そっか……。元気でね」

「……君はそれでいいの?」

「…………仕方ないでしょう?」

 何故、そんなことを聞くのだろう。

 たとえ私が泣き叫んで、行かないでと縋っても行ってしまうくせに。

 こらえきれず涙がこぼれる。

 すると突然抱きしめられた。

「ごめん。泣かせるつもりじゃなかったんだ」

「だってそうしないとシャイルが困るでしょう」

「うん、ごめん。……君に頼みがあるんだ」

「なあに?最後だから何でも聞いちゃうわよ」

「無理に聞かなくていいよ。自分勝手でこれから君をたくさん泣かせてしまうような話だから」

「シャイル?」

「好きだ。君のことを愛してる」

 時間が止まったかのように周りの音が消えた。

「でも俺は語り部でまだたくさん伝えたい物語、知りたい話があるんだ。それにやり遂げなければいけないこともある。だからずっと一緒にいることはできない」

 シャイルの声以外の音が聞こえない。

 別れを告げられているはずなのにどこか期待してしまう。

 彼があまりにも愛おしげに囁くから。

「でもそれをやり遂げたら、ずっと君のそばにいたい。そう願ってはだめだろうか。」

「……え?」

 思わずシャイルの胸に伏せていた顔を上げた。

 そして今までに見たことのないくらい真剣な表情にこんな時であるにもかかわらず胸が高鳴る。

「やり遂げるのがいつになるか分からない。もしかしたら俺や君がおじいさんおばあさんになるまでできないかも。でもいつか絶対にやり遂げる。それで君を迎えに行く。だから待っててくれないだろうか?これが俺の頼みだよ」

 シャイルはもっと力を込めて私を抱き込んだ。

 私は泣いた。嬉しくて。

「……しょうがないわね。待ててあげるわよ。ずっと、ずっといつまでも」

「本当?」

 シャイルは驚いたように目を張る。

「本当。なんで驚くのよ」

「だって……本当に自分勝手で君にたくさん我慢させてしまうから……っ!」

「きゃっ!?」

 さらに強く抱きしめられ思わず声を上げる。

「ありがとうっ……ありがとう!」

「……こちらこそ。あ、でもやっぱりなるべく早くね」

「ああ、頑張るよ!」

 その五日後、シャイルは町を出た。


(いろいろあったわねえ)

 揺れる馬車の中で私は今までのことを思い出す。

 シャイルはたまに帰ってきた。

 早いときで二ヶ月、遅いときで五ヶ月会えない時もあり一緒にいる時間は少なかったけれど、その短い時間の中で私たちは愛を育んだ。

 前にシャイルに会ったのは二ヶ月前だ。

 私は自分のおなかを撫でる。

 そのときだろう。

 この子がここに宿ったのは。

 できたと分かったときは予想外すぎてどうしようと混乱したものだ。

 でも、とりあえずシャイルにこのことを知らせてはいけないと思った。

 彼にはやり遂げたいことがあるのだ。

 私は彼にやりたいことをやりたいだけやってほしい。

 彼にできなかったと後悔してほしくない。

 子ができたと言えば彼は私のもとに居続けるだろう。

 だから私は彼に知らせないと決めた。

 シャイルに秘密にするならばターンさんたちにも黙ってなければ。いや、この街の誰にも話してはいけない。

 彼は話に関してはプロなのだから。

 しかし誰にも頼らずこの子を育てるのは無理だ。

 どうしよう。

 そう考えているとき私はある人に出会った。

 いつものように私は宿で仕事をしていた。と、いっても掃除のみだ。

 今日、ターンさんたちは隣町に行っていて明日まで帰らない。

 なので、今日は宿は休みだ。

 しかしカウンターの呼び鈴が鳴った。

 今日は休みだとドアに札をかけておいたのだが気が付かなかったのだろう。

 一言お詫びを言って帰ってもらおう。

 そう思っていた。

「ミテラ?」

「……え?」

 私は目を見張った。

 『ミテラ』

 それは父・パテルからよく聞いた母の名だった。

 深呼吸をし、一度落ち着いてから目の前に立つ人物を見る。

 貫録のある老人だ。

 そしてどこか似ていると思った。父さんに。

 震そうになる声を抑えて、問う。

「ミテラとは母の名です。どちら様でしょうか?」

「母……。もしかして君の父の名はパテルだろうか?」

「……そうです」

「なんと……あぁ神よ、感謝します。君に会えるとは思わなんだ。私の孫」

 これが祖父との出会いだった。

 最初は半信半疑だったものの少し話すだけでこの人が父を育てた人だと分かった。

 目の前の老人から聞く息子の姿はまんま父の姿だった。

 どうやら父はある山奥にある村の長の二男だったらしい。

 母も同じ村の出身だった。

 小さいころから冒険者になりたかった父は十五歳で村を出て、母も父を追いかけて行ったそうだ。

 そのときすでに二人は恋人同士だったのだ。

 二人は村を出てからは音信不通だったようだ。

 いや、手紙くらい送れよ。

 思わずそうつぶやいた私に老人…いや、祖父は、

「ははっ。気にせんでいい。二人とも大雑把な性格だったからなあ」

 そう豪快に笑った。

 その様子を見ながら私は思った。

 この人に頼ろう。

 十五歳の少年少女を二人きりで旅に出すくらいに本人たちの意思を尊重するこの人なら私の気持ちも理解してくれるはず。

 そう思って私はすべてを話した。


「もうすぐ着くが調子はどうじゃ?」

「ガッドお祖父ちゃん」

 隣に座る祖父が自分の顔を覗き込んでそう言った。

「大丈夫だよ。ふふっ」

「?なんじゃ?」

「お祖父ちゃんに初めて会った時のことを思い出してたの」

「おお、あのときか。あの時は本当に驚いたのう。風の便りでパテルとミテラが逝ってしまってたのは知っていたし、子がおることも知っておったがどこにいるのか見当もつかんで。たまに街へ行って探してはいたがまさか見つかると思ってなかったからのう。奇跡じゃと喜んでいれば腹に曾孫がおると言うし、とんでもない頼みごとをされるし。考え直せと言っても聞く耳も持たんで、ほっとけば一人ででも街を出て行きそうだったから、渋々承諾したわけだが」

「ごめんなさい」

「頑固な所は親譲りじゃな」

 お爺ちゃんはあの時と同じように苦笑した。

 思い出話に花を咲かせていると馬車が止まった。

「ついたようじゃな」

「ええ。……お祖父ちゃん」

「ん?」

「改めてよろしくね」


 


 


 

  

読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字があれば教えていただけると嬉しいです。

もし感想などいただければ泣きます(喜びのあまり)。

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