第1話 テンプレ、即脱走
月曜の社畜ルーチンを終え、「あー、ビール飲みてぇ」と呟きながら帰宅した瞬間。俺の日本での生活は、強制終了した。
眩しすぎる光に全身を包まれ、気づいた時には、見知らぬ土地に立っていた。
召喚されたのは野郎が四人。目的は魔王討伐。
全員の目が「あ、これテンプレのやつだわ」と物語っていた。
そして三日後、俺はバックレた。
だって面倒くさいし。せっかくの異世界、のんびり観光しなきゃ損じゃん?
で、今、なぜか魔王城のある街にいる。
……なんで?
山を越えれば逃げ切れると思っていた。道中の街では、神殿から「お借り」した金貨と宝石を使って、服から何からフルチェンジ。追跡魔法対策も、バッチリのつもりだった。
この世界には、ゲームみたいなステータス画面が出る。便利すぎる。
ただ、途中でオオカミにガブりとやられた時は、本気で痛かった。
「あ、これフルダイブじゃなくて実写版だわ」
涙目でそう呟きながらオオカミをこんがり焼き払ったのは、今となっては良い思い出だ。
そうして辿り着いた街が、まさかの魔王都ラルだった。
街中が「魔王様サイコー!」「魔王様マジ魔王」という声で溢れている。確信した。ここは敵の本拠地だ。
おどろおどろしい地獄絵図を想像していたのだが、街は至って普通だった。
住民には角や尻尾こそあるものの、みんな愛想が良い。治安もホワイト企業並みに良好だ。
戦う気はないが、せっかくだし魔王の顔でも拝みに行こう。ここまで来たら、聖地巡礼みたいなものだ。
「アポなしの訪問はお断りしております!」
「ですよねー」
門前払いを食らった。
だが、夜になると、好奇心という名の「やらかし精神」が顔を出した。
姿隠しと音消しを使い、ノリと勢いで潜入開始だ。
魔法は「強いイメージ」でいけると、お勉強済みである。ぶっつけ本番のイメージは失敗することも検証済みだが、今の俺は冴えている……気がする。
「貴様!何者だ!ここをどこだと思っている!」
最上階の手前で、一人の美少女に見つかった。
ここまで見つからなかったのは、単に運を使い果たしただけだったらしい。
内心ビビり散らかしていたが、それは隠して、最高にカッコつけた声で返す。
「……知っている。魔王はいるか?」
「この魔王に何か用か?」
「魔王? 君が?」
「そうだが?」
見た目は、完全に女子高生だった。でも、頭に角がある。なるほど。
うん、魔王だ。これは絶対に強いやつだ、と確信した。
「これは失礼。私はフェングランと申します」
名前は今1秒で作った偽名だ。
「魔王様がどんなファンキーな方か拝見しに参りました」
精一杯の敬語、のつもりで言ってみる。
「ご丁寧にどうも。あたしは魔王、エレン・ラルよ」
魔王は意外と礼儀正しかった。
「はっ!」
そこで魔王は顔を真っ赤にして、「コホン!」とわざとらしい咳払いをし、キャラを作り直した。
「で、では何が知りたいのかしら? 誰にも気づかれずここまで来た褒美に、質問に答えてあげてもよくてよ!」
「実は俺、あなたを倒すために呼ばれた勇者なんです」
「なっ!?」
そりゃ驚くだろう。だが、ここで追い打ちをかける。
「ちなみに、ブラックな労働環境からバックレた『元・勇者』ですけどね。争う気はゼロです」
「元勇者……? 興味本位だけで来たの? え、えええ?」
魔王は完全にパニックになっていた。さっきまでの威厳は、どこへ行ったのだろう。
「あんた、勇者の責任とかないわけ!?」
「勝手に拉致されて『はい、殺してきて』って言われても困りますよ。窮屈だし」
「それで逃げたの……?」
「ええ。ところで魔王様、お仕事楽しいですか?」
「……え?」
「いや、魔王って激務っぽいですし、有給とか取れてるのかなって」
魔王が黙り込んだ。ブラック企業の社長に「やりがいありますか?」と聞いてしまった時のような空気が、その場に流れた。
「楽しんでは……ないけど、まあ、暇はしてないわよ?」
「なら良かったです!」
俺が満面の笑みを浮かべると、魔王は少しソワソワし始めた。
「……これからどうするの? 追われるかもしれないわよ?」
「あちこち旅でもしようかと。世界、広そうですし」
「旅!? なにそれ、面白そうじゃない!」
魔王の目が、キラッキラに輝いている。この魔王、完全に外に出たいインドア限界女子だ。
「その旅、あたしも混ぜてくれない!?」
「「ダメです!!!」」
背後から、バリトンボイスが響いた。
振り返ると、角の生えた渋いおっさんが立っていた。
「魔王様、絶対にダメです。断固拒否です。無理です」
魔王は駄々をこねる子供のように言い返し、そこから「外に出たい魔王」と「仕事しろと言い張る側近」の、泥沼プロレスが始まった。
「お騒がせしましたー、俺帰りますね!」
「待てー! あたしを連れていけー!」
「魔王様、ヘッドロックはやめてください! 君! 早く逃げなさい、ここは私が食い止める!」
側近のオジサマに羽交い絞めにされる魔王を尻目に、俺は全力で脱出した。
ここは魔王城。いろんな意味で、危険すぎる。
「とりあえず、宿……寝よ」




