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「――――今日は母に会いに来たんです」
ケイティは警官にそう話した。
俺は少し離れてそれを聞いていた。
あたりはだいぶ薄暗くなってきたが、街灯がつくには早い。だからパトカーの青いランプが一番明るい。
「母はこの近くの介護施設に入所していて……私はクリスマスに休みが取れなかったので、帰省を兼ねて息子を連れてきたんです」
「お住まいは?」
「…………、です」
俺は内心おののいた。車で半日はかかる距離だ。
話はこうだ。
ケイティたちは施設のテラスで母親と面会していた。
だが息子が飽きて、庭で遊びたいと言い始めた。
庭はテラスの目の前だ。
目の届く場所で遊ばせていたつもりが、少し目を離したスキに、息子がいなくなっていた。
マジシャンも驚きの大脱出だ。いや、怪盗か?
職員総出で探したが息子は見つからない。
施設は警察に通報した。そのあたりで俺からの電話が入った。
「しかしお子さんが無事でよかった。今後は必ず大人が付き添うようにしてください」
警官はケイティとの会話をそう締めくくり、
「職員の方に話を聞くので、しばらくお待ちください」
と言ってマシューの方へ行った。
あとには俺とケイティと気まずい空気が残った。
俺は横目でケイティを見た。
「……名字、変わったんだな」
「ええ。前の夫の姓よ」
聞くんじゃなかった。
「あなたはどう?」
「ああ……まあ、元気にやってるよ」
カウンセリングセンターの駐車場で言うセリフじゃない。
「ママ、おなかすいた」
少年がケイティの服を引っ張った。
「そうね。今日のご飯は何がいい?」
「やさいスープ!」
「またぁ?」
ケイティは少年を撫でて笑った。昔と変わらない優しい笑顔で、昔よりずっと健康的な余裕の宿った笑顔だった。
俺は少しほっとした。
「野菜が好きなのか。いい子だな」
「あなたが教えてくれたレシピよ。よく作るの」
「……ああ」
俺はどう答えるのが正解か分からなかった。
ケイティは少年を抱き上げて俺を見た。
「フードプロセッサーだけで作れるから、すごく助かってるの。妊娠中もよく飲んだわ」
ケイティはパトカーを背にしてほほえんだ。言葉を探すような困ったような笑顔だった。
「ではベイカーさん、戻りましょう」
警官がケイティを手招いた。
「行かなきゃ」
「待ってくれ」
ケイティは振り返った。
俺は彼女の美しい目を見た。声は震えそうだったが、舌はどうにかマシに動いた。
「……あの頃のこと、本当にすまない。もっときみと話をすればよかった。俺のエゴできみを苦しめてたことを、あの時謝るべきだった」
「やめて」
俺は胃のあたりがひやっと冷えた。
しかし、ケイティは俺に近づいてきた。
「私、嬉しかったのよ。あなたに愛されてると思って、あなたと一緒なら自分をコントロールできるって信じてた。でも実際に体重が増えてるのを見たら、自分がすごくみにくく感じて。あなたに――――」
ケイティはぐっと目元を歪めた。
「あなたに『ちょっと食べただけでこんなに太るのか』って、軽蔑される気がして」
「言うわけないだろ!」
ケイティは目を細めた。
「知ってたわ。……知ってたのに、ね」
ふ、と短い吐息がこぼれた。
点滅するライトが彼女の瞳に反射して、水気のある光を返した。
「ベイカーさーん!」
警官がパトカーの後部座席のドアを開けて手招きする。
それに紛れるように彼女が言った。
「……ごめんね。愛してたわ」
「俺もだよ」
「それじゃ、……さよなら」
「ああ。……さよなら」
ケイティは息子と一緒にパトカーに乗った。
パトカーはワゴンを先導して走り出した。
俺は日の落ちた駐車場でそれを見送った。




