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それからの日々の話をしよう(R15版)  作者: 鈴乃


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8/12

「――――今日は母に会いに来たんです」


 ケイティは警官にそう話した。

 俺は少し離れてそれを聞いていた。


 あたりはだいぶ薄暗くなってきたが、街灯(がいとう)がつくには早い。だからパトカーの青いランプが一番明るい。


「母はこの近くの介護施設(かいごしせつ)入所(にゅうしょ)していて……私はクリスマスに休みが取れなかったので、帰省(きせい)()ねて息子を連れてきたんです」

「お住まいは?」

「…………、です」


 俺は内心おののいた。車で半日はかかる距離だ。


 話はこうだ。

 ケイティたちは施設のテラスで母親と面会していた。

 だが息子が飽きて、庭で遊びたいと言い始めた。


 庭はテラスの目の前だ。

 目の届く場所で遊ばせていたつもりが、少し目を離したスキに、息子がいなくなっていた。

 マジシャンも驚きの大脱出だ。いや、怪盗か?


 職員総出で探したが息子は見つからない。

 施設は警察に通報した。そのあたりで俺からの電話が入った。


「しかしお子さんが無事でよかった。今後は必ず大人が付き添うようにしてください」


 警官はケイティとの会話をそう締めくくり、


「職員の方に話を聞くので、しばらくお待ちください」


 と言ってマシューの方へ行った。


 あとには俺とケイティと気まずい空気が残った。

 俺は横目でケイティを見た。


「……名字、変わったんだな」

「ええ。前の夫の(せい)よ」


 聞くんじゃなかった。


「あなたはどう?」

「ああ……まあ、元気にやってるよ」


 カウンセリングセンターの駐車場で言うセリフじゃない。


「ママ、おなかすいた」


 少年がケイティの服を引っ張った。


「そうね。今日のご飯は何がいい?」

「やさいスープ!」

「またぁ?」


 ケイティは少年を撫でて笑った。昔と変わらない優しい笑顔で、昔よりずっと健康的な余裕の宿(やど)った笑顔だった。

 俺は少しほっとした。


「野菜が好きなのか。いい子だな」

「あなたが教えてくれたレシピよ。よく作るの」

「……ああ」


 俺はどう答えるのが正解か分からなかった。

 ケイティは少年を抱き上げて俺を見た。


「フードプロセッサーだけで作れるから、すごく助かってるの。妊娠中(にんしんちゅう)もよく飲んだわ」


 ケイティはパトカーを背にしてほほえんだ。言葉を探すような困ったような笑顔だった。


「ではベイカーさん、戻りましょう」


 警官がケイティを手招(てまね)いた。


「行かなきゃ」

「待ってくれ」


 ケイティは振り返った。

 俺は彼女の美しい目を見た。声は震えそうだったが、舌はどうにかマシに動いた。


「……あの頃のこと、本当にすまない。もっときみと話をすればよかった。俺のエゴできみを苦しめてたことを、あの時謝るべきだった」

「やめて」


 俺は胃のあたりがひやっと冷えた。

 しかし、ケイティは俺に近づいてきた。


「私、嬉しかったのよ。あなたに愛されてると思って、あなたと一緒なら自分をコントロールできるって信じてた。でも実際に体重が増えてるのを見たら、自分がすごくみにくく感じて。あなたに――――」


 ケイティはぐっと目元を歪めた。


「あなたに『ちょっと食べただけでこんなに太るのか』って、軽蔑(けいべつ)される気がして」

「言うわけないだろ!」


 ケイティは目を細めた。


「知ってたわ。……知ってたのに、ね」


 ふ、と短い吐息がこぼれた。

 点滅するライトが彼女の瞳に反射して、水気のある光を返した。


「ベイカーさーん!」


 警官がパトカーの後部座席のドアを開けて手招きする。

 それに(まぎ)れるように彼女が言った。


「……ごめんね。愛してたわ」

「俺もだよ」

「それじゃ、……さよなら」

「ああ。……さよなら」


 ケイティは息子と一緒にパトカーに乗った。


 パトカーはワゴンを先導(せんどう)して走り出した。

 俺は日の落ちた駐車場でそれを見送った。

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