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それからの日々の話をしよう(R15版)  作者: 鈴乃


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5/12

 さて、日曜の夜になった。

 マシューは俺の予想よりすっきりした顔で玄関に現れた。荷物を置き、俺の肩越しにオーブンをのぞいて目を輝かせる。


「いい匂いだね。手伝えることある?」

「座っててくれ。徹夜明けなんだろ?」

「仮眠したから大丈夫」


 と言われてもな、あとはオーブンの仕事待ちだ。


「風呂に入ってくるか? あと20分はかかるぜ」

「お言葉に甘えようかな」


 マシューはいそいそとバスルームへ向かった。



 そして夕食はつつがなく終わった。


「お茶を入れるね。先にソファに行ってて」


 と、マシューが席を立った。

 俺はソファに腰を下ろした。


 ローテーブルに温かいカップが置かれた。


「カモミールだよ。リラックスしたい時によく飲むんだ」


 マシューは隣に座ってカップを持ち上げた。

 湯気からやわらかい緑の匂いがした。


「きみの家に来るときはディナーが楽しみなんだ。この前のシチューもおいしかったし」

「そりゃよかった。実は俺も久しぶりに一人前食ったよ」


 マシューは目を丸くした。予想外というより、予想が当たってしまった顔だった。


「……ちょっとやせた?」

「かもな。一応、まめに何かつまむようにはしてるんだが」


 仕事を休んでいることはマシューに話していた。

 包丁をうんぬんかんぬん、なんてところまでは言ってない。この天使にうまいものを食わせる楽しみまでなくすのはごめんだ。


 マシューがカップを置いて俺を見上げた。


「僕にできることある?」

「……じゃあ、キスがしたい」

「キスだけでいいの?」


 俺とマシューは冗談っぽく見つめあった。

 柔らかく唇が触れた。

 薄く目を開けると、淡く火のついた眼差しとかちあった。

 俺は心臓をわしづかみにされた。彼のすべてを食ってしまいたいと思った。


 俺はそっとマシューの頭を引き寄せた。マシューも俺の背を撫で上げた。互いの吐息を飲み込んで、口づけがさらに深くなった。


 俺はどさっとソファに押し倒された。天井を背にしたマシューの顔が見えた。

 状況を飲み込むまでまばたき一つ程度の時間がかかった。


 マシューは浅く息をして俺の肩を撫でた。

 俺はその感触とともに理解した。


――――そりゃそうだ。どっちがどっちとは決めてない。


 栄養の回った頭がスッとクリアになった。


 男同士のセックスはいろいろと考えることが多い。

 食事は気にしたほうがいいし、腹いっぱい食わせてから突くのが最悪なのは言ったとおりだ。


 だがそれは抱かれる側の話で、抱く側はそこまで神経質にならなくてもいい。

 だったら俺がボトムをやれば、ひとまずの問題は片付くんじゃないか?

 幸い食事の加減は知ってる。深くは聞くな。


「マシュー」


 俺は押し倒されたままマシューの頬を撫でた。


 いいぜ、ヤろう。

 1回目はそれでいい。俺にもポジションの希望はあるが、とにかく今はきみに触れたい。


「ライアン」


 再びマシューの顔が近づいた。

 弾力のある唇が強く触れて、触れただけで離れていった。


「もうこんな時間だね。寝ようか」

「えっ」


 腹の上に乗っていた体温がさっとどいた。

 俺はあっけにとられた。

 文字だけ見ればセックス前の定型句だが、ポンポンと軽く腕を叩かれて「今日はおしまい」って感じだ。


 ――――怖がらせたか?


 俺は反射的に思った。そういう場面じゃなかったと思うが、マシューにとってはどうだろう。


「明日は何時に起きる?」

「あ――……そうだな。午後に出かける予定があるから、遅くても9時には」


 ダメだ、これは本当に寝る空気だ。

 風呂は夕食前に済ませたから、寝室に行くってことは健全に眠るってことだ。今までと同じく。


「マシュー、もういいのか?」

「うん」


 俺の悪あがきは不発に終わった。

 この天使に向かって「セックスする空気だったよな。しないのか?」と聞けるヤツは手を上げろ。出口はあっちだ。



 俺とマシューは二人してベッドに横になった。

 間接照明の明かりをしぼって毛布を引き上げる。

 淡いオレンジの明かりの中で、アンバーの瞳は穏やかなブラウンに見えた。


 ちょうどよく腕に収まる体温があるってのはいい。

 それでも俺は眠るのが惜しかった。寝て起きたらこのぬくもりを離さなきゃならないって事実は、8時間後の俺にはともかく、今の俺には少しばかりきつかった。


 マシューはしばらく俺の背を撫でていたが、ベッドをずりあがるように目の高さを合わせた。

 そして、視界をふさぐように俺の頭を抱き込んだ。


 そこからの時間はそう長くなかったと思う。

 先にマシューの寝息が聞こえてきたので、俺は彼に抱き込まれたまま目を閉じた。


 よく眠れた。

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