50話 欠けたピース 前編
なにが社長だ。
なにが勝ち組だ。
なにが
なにが
なにが──
脳裏に映像が瞬くたび、欠けていたパズルのピースがひとつずつはまっていく。こんなに欠けていたのに、どうして今まで気づかなかったんだろう。
僕のせいで消えた二つ目の命。
僕がいなければ、今もそこにあったはずの命。
あの声は君だった。
君だったんだ。
君が死んで、僕だけが残された。
感謝も追悼もしないまま日々を過ごし、気づけばこんなにも時間が経ってしまった。
だから、ずっと呼んでいた?
怒っている? 恨んでいる? 憎んでいる?
僕がそこへ行けば、君は赦してくれるのだろうか。
忘れてしまって、こんなに待たせてしまって、ごめん。
──あかり。
うるさかった耳鳴りは遠のいて、いつの間にかサアサアとした静かな雨の音へとすり替わっている。
暗闇の奥に、ぼんやりとした光が浮かび上がり、そこを見ているうちに僕の意識は、二十四年前のあの放課後へと吸い込まれていった。
◆◇◆◇
後ろから誰かが駆けてくる音がする。
その日、僕は傘を忘れて雨に濡れながら歩いていた。
雨は嫌いじゃなかった。肌を伝う温かな雨粒は、僕を優しく包んでくれるから。静かな雨音は、夜も朝も変わらず僕のそばにいてくれるから。
ただ、教科書や鞄が濡れるのは困るのだけど。
──バシャッ、バシャッ、バシャ!
「旭君、走らないの? 濡れちゃうよ」
後ろから走ってきた同じクラスの西村灯里が、息を弾ませながら声をかけてきた。
「もうびしょびしょだし、別に雨イヤじゃないから」
「ふーん、でも傘さしたほうがいいよ!風邪引いちゃう」
「西村さんだって傘ないじゃん、僕と同じだよ?」
僕がそう言うと、彼女は初めて気づいたように自分の姿を見回し大きく目を見開いた。
「そうだった!い、いつもはさしてるの!今日は忘れちゃって」
さっきまで勢いよく話して来ていたのに、今度はしどろもどろになって言葉に詰まっている。そのコロコロと変わる様子が可笑しくて、僕は思わず吹き出してしまった。
「ふふっ、変なの~。そっちこそ早く帰りなよ」
「あれ? 笑ってる。さっき後ろから見たら泣いてるかと思ったのに、何でだろう?」
僕は確かに泣いてなんていなかった。それなのに、そう言われて胸がドキリとした。
西村さんは女子の中でもかなり元気な子で、友達に囲まれている印象しかなかった。ほとんど話したことはなかったけれど、このとき初めて、ただ騒がしいだけの子じゃないんだと思った。
「雨、私も嫌いじゃないんだ。だって楽しいでしょ?」
「じゃあ一緒だ」
「うん。あ、雨の日のとっておきの遊び教えてあげる! 私がハツメイしたの! 」
「遊び?」
「まずはー、こういう水溜りに何でもいいから葉っぱを浮かべてー、思いっきりこう!!」
バシャッッ!!
「!」
「あれっ?葉っぱ……あ、あったあった。水たまりから遠くまで飛んだ方が勝ちなの。水と一緒にバーン! って蹴る感じだよ。次は旭君ね」
「次の人は水少ないよね? あまり飛ばないと思うよ」
「ふっふっふっ。そっかぁ自信無いのか~、そうだよね!初めてだから負けてもしょうがないよ!」
普通に考えて、葉っぱを飛ばすためには水がいるのに水たまりの水は減っていて、2番手は不利だった。でも、西村さんは僕が勝てない言い訳をしてると思っている。
そのことに、僕は少しイラッとした。
「勝てるし! 葉っぱを使えば何でもいいんだよね? ……それっ!」
ズシャッッ!!
カラン、カッカッカラカラ……
「向こうの道まで行きましたぁ~♪」
「あ! ズルい!! 葉っぱに石を刺して蹴ったでしょ! それじゃ石を蹴ってるのと同じで飛ぶに決まってるじゃん」
「僕の勝ちだよ。『石を刺した葉っぱがダメ』なんてルールはなかった。ていうか、それならそれぞれ違う水たまりでやって、何歩分飛んだか競争した方がいいね。ひとつの水たまりでやると後の人が不利だし、不公平だから」
「フリでフコウヘイ……旭君頭いい~、私が作る遊びが全然流行らないのはフコウヘイでダメだからかな?それともつまんない?」
「遊びが作れるなんて凄いよ。駄目とかじゃなくて、今みたいにルールとか遊び方が『出来上がってない』から、みんなが楽しめないんじゃない?」
「でも自分だと何が出来てないのかわかんない……」
うつ向いてしょんぼりする彼女を見ていると、もったいないな、という気持ちが湧いた。発想力と行動力はあるのに、あと一歩が足りない。
けどその一歩なら、僕にも手伝える気がした。
「……僕も考えてあげようか?」
「いいの?! これでサイキョウだよ! 今からうちに来れる?」
「うん」
「私の遊び、今十個くらいあるんだけど、これで全部流行っちゃうかも~♪」
「西村さんってなんか面白いね」
「あかりでいいよ、可南君!」
「あかり?……いいの?」
「うん!早く行こう。帰りはうちで傘貸してあげる。本当にカゼひいちゃうよ」
そう言うと、彼女は軽やかに駆け出した。何度も僕を振り返り、終いには僕の手を引きながら住宅街の細い道を進んでいく。
初めて人に手を引かれて、ただ引かれているだけなのに不思議と足取りまで軽くなった気がした。
◆◇◆◇
ある日の下校中、校門を出た辺りで後ろから声をかけられた。
「可南君ー! えっと、さっきありがとう!」
「僕は見たことを先生に言っただけだよ」
「うん。でもあのね、んっと……その後あんなにダイキ君蹴飛ばさなくても良かったかなぁ~って」
「言うだけじゃあいつにはわからないよ。女子だって困ってるよね? 勘違いして思い込んだことをすぐ喋るせいで、今日のあかりみたいに関係ない子が悪者にされてさ。嫌じゃないの??」
「嫌だけど……痛いでしょ?」
「痛い思いすればいい。悪いことをする方が悪いんだ」
「ううん、やり返されたら可南君が痛いでしょ?」
「そんなのどーでもいいよ。あんなのが痛いとか言ってたら……あ、でも大丈夫!勝つのは僕だから」
「もー、男子ってみんな勝ち負けばっかり!(笑)でも私は可南君どうでもよくないんだからね?!」
そんなことを言われたのは初めてで、僕はどう返せばいいのかわからなかった。
「……」
「あ!照れた?」
「照れてない。でも……ありがと」
「うん!」
やっと口から出た返事は間違っていなかったらしく、灯里は大げさなくらい満足そうに頷いていた。




