【第50話・最終話】歪な砂時計の落ちる先
|ケジメという名の罰ゲーム《ロミオとジュリエット》が思いのほか長引いてしまったため、
撤収作業をその日のうちに終わらせることは早々に諦め、
翌日の振替休日に持ち越すことになった。
とはいえ、大抵のものは処分か返却、あるいは持ち帰るだけのものだったので、翌日の作業は手早く片付いた。
俺たちはいつものファミレスへ集まり、打ち上げを兼ねた坂口の送別会を行った。
最初は店の迷惑にならない範囲で賑やかに盛り上がっていた俺たちだったが、
坂口の今後についての話になると、空気は一変してしんみりとしたものに変わった。
運動部において、二年の後半からの入部など異例だ。
中学での実績があり、個人競技だからこそ付いていけるのだろう。
本人は、高校在学中は身体を馴染ませる段階に留め、卒業後は体育大に入って本格的に競技を再開するつもりらしい。
「そういうわけだからさ、頑張ってくるよ」
元気に振る舞う坂口だったが、周囲の感傷がそれを許さなかった。
「せ、せんぱい……せっかくなかよく……なれたのに」
沙耶ちゃんのマジ泣き。
「でも、永遠の別れってわけじゃないんだよ、沙耶ちゃん」
それに釣られた、陽向のもらい泣き。
「俺、璃奈先輩がいなくなったら誰にツッコミもらえばいいんスか」
陸がわざわざ目薬を差すところから見せつける嘘泣きは、少しだけウザかった。
「そ、そんな泣かなくても。陽向はクラスで会えるでしょうに。まあ週一くらいで会いに行くからさ。泣かないでよ、沙耶」
坂口が困ったような笑顔で、沙耶ちゃんの頭を優しく撫でる。
「この流れで言いにくいんだが、俺も進学のための勉強とバイトに集中したいから、今度こそ本物の幽霊部員になる。名前は残すけど、それだけだ」
坂口の話は以前から聞いていたが、悠斗の決断は初耳だった。
けれど彼の家庭環境を考えれば、高二の秋という時期が、彼に許されたタイムリミットだったのだろう。
「悠斗先輩まで。俺、寂しいっスよ」
「お前はゲームで繋がってるだろ」
「何言ってるんですか。考えてみてくださいよ、残りのメンバー。駿先輩のハーレムじゃないですか! 俺、生殺しですよ」
本当に、こいつは……。
「な、中原くん、もう私と駿先輩はそういうのじゃないから」
「でも、好きなんだよね」
「うん」
「ああああああああ」
……うん。なんか、ごめん。俺にはこの流れを止める術はない。
「西村がこんなにモテるとはね。中学の頃からは考えられなかったよ」
「そうだな。でも俺たちが駿と一緒にいなければ、今頃彼女の一人いてもおかしくなかったと思うぞ」
「それは私が許さない」
「そうですよ。陽向先輩以外に駿先輩の隣はありえません」
「沙耶ちゃーん。もう相変わらず可愛いなあ、もう」
「ほら、見ました? 璃奈先輩。俺、ずっとこれ見せられるんですよ」
「う、うん。少し同情した。西村もしっかりしなさいよね」
「ここまで俺、ほとんど何も言ってなかったよね。言ったら藪蛇になるよね」
ガクリと項垂れる俺の肩に、悠斗がしみじみと手を置いた。
「まあ、しばらく陸にイジられるのは覚悟したほうがいいな」
口では俺を罵りながらも、これが陸なりの祝福であり、
今もなお沙耶ちゃんを優しく見守っていることを俺は知っている。
沙耶ちゃん本人も、それは十分に理解しているはずだ。
止まっていた砂時計が再び動き出す時、また新しい二人の物語が始まるのかもしれない。
◆
文化祭が終わると、クラスの空気もまた穏やかな日常へと戻っていった。
昼休みは、時には四人で集まって近況を語り合い、
時には陽向と二人で、のんびりとした時間を過ごした。
もう、陽向を恋人として迎え入れる決心はついていた。
陽向にもそれは伝わっているようで、彼女から催促されることもない。
ただその前に。
俺は羽ばたいていった仲間たちの背中を見て、自分もまた成長したのだという証明がしたかった。
材料は揃っている。
去年、この時期の帰り道でたまたま見つけたゴールデンスポット。
決まった時間にしか訪れない、奇跡のような光。
目指すは十一月の終わりに控える『秋光フォトコンクール』。
応募締め切りはもう目の前だ。
結果はどうあれ、俺にとっての自信の一枚を刻みつける。
それが、自分に課した成長への課題だった。
何度かその場所へ足を運び、シャッターを切る。
確かに、いい風景だ。
通学路の途中、道が緩やかに曲がり、
建物の隙間から差し込む西日のコントラストが美しい「日常」。
けれど、去年感じたあの強い衝撃には、何かが足りない。
これでは、到底自信作とは呼べない。
数日が過ぎ、締め切りが間近に迫ったある日。
俺は部室には寄らず、その場所に張り付いた。
記憶に間違いはないはずだ。
あの時感じた衝動は、確かにここにある。
けれど、何かが足りない。
あと数ピースで完成するはずのパズルのようなもどかしさが、胸を焦がす。
「あ、駿くんだ。今日も部室に来なかったね」
部活の帰りだろう。陽向が俺を見つけて声をかけてきた。
「うん。ここが一番いい写真が撮れそうな気がするんだけど、何か足りなくてさ」
「こんな何もないところが?」
「何もないところだからだよ」
陽向は辺りを見渡し、その日常を瞳に焼き付けようとしている。
何気ない仕草、
差し込む光に縁取られて、くっきりと浮かび上がる輪郭。
濃い栗色のボブカットが夕日に染まり、
オレンジのメッシュが入ったような非日常的な美しさを見せる。
ああ、そうか。
ここは、いつもの陽向が、一番綺麗に見える場所だったんだ。
日常の中の非日常。
一緒にいるのが当たり前で、俺の大好きな、陽向。
「陽向」
ファインダーを覗き、声をかける。
もう目眩なんか起こさない。
陽向を、レンズの内側に閉じ込める。
振り向こうとする陽向を捉え、シャッターを切った瞬間。
足りなかった最後のピースが、完璧に嵌まった。
「駿、くん?」
シャッター音に驚いた陽向に、
俺は何も言わず、モニターに映る会心の一枚を見せた。
「撮って、くれたんだね、やっと」
モニターに、ポツポツと水滴が落ちる。
データを見つめる陽向の瞳から溢れた涙だった。
「私だけを、見て、くれて。ありがとう」
涙でぐしゃぐしゃになった顔。
けれどそれは、今まで見た中で最高に輝く笑顔だった。
「陽向。今まで『家族』でいてくれてありがとう。これからは『恋人』として、ずっと一緒にいてほしい」
夢中で飛びついてきた陽向。
二度目に交わした唇は、以前よりも少ししょっぱくて、そして、ひどく熱かった。
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「歪な砂時計の落ちる先 ―幼馴染のまどろみが終わる時、僕たちは絶望を抱きしめる―」をお読み下さり、誠にありがとうございました。
趣味が高じて書く段階まで至り、様々な方との交流を通じ、何とか完結まで筆を運ぶことができました。厚く御礼申し上げます。
もう少しだけ続きます。どうぞお付き合いください。
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冷たい風に季節の移ろいを感じ始めた十一月中旬。
俺の家に一通の封筒が届いた。
送り主は、「東ヶ丘市文化振興課/秋光フォトコンクール事務局」。
再び我が家の住人に戻った陽向と一緒に、封を切る。
送ったのはもちろん、あの時の陽向の人物写真だ。
まずは内容を見ずに裏返し、テーブルに置く。
二人で深呼吸をして心の準備を終えてから、一気にひっくり返した。
* * *
秋光フォトコンクール事務局です。
この度はご応募いただきありがとうございました。
厳正なる審査の結果、西村駿様の作品
「いつも隣にいる君に」
「あの日、私を見てくれた人へ」
の二点が佳作に選ばれました。
入賞作品は下記日程にて展示を行います。ぜひ会場にてご覧ください。
* * *
「二点?」
「駿くん、二つも送ったの?」
「いや、最初のは俺がタイトルを付けて送ったものだから間違いない。これだけのはずなんだけど」
「よく分からないけど、行ってみるしかないんじゃない?」
「そうだね。何にせよ、入賞できてよかった」
「おめでと、駿くん。展示されるのは恥ずかしいけどね」
◆
入賞作品の発表当日。
展示された二枚の写真を見て、俺はすべてを理解した。
本人がずっと白を切っていたのもあるが、
あのタイトルと、自分の作品だったということで、
どうして今の今まで気づけなかったのだろう。
夕日の差し込む通学路で、俺にすべてを預けきった表情をする陽向の写真。
そして、
堰を背に、水の反射する白い世界であどけない表情を見せる沙耶ちゃんの写真。
「やられたね、駿くん」
「ああ。まさか沙耶ちゃんが、こんな悪戯をするなんてな」
歪な砂時計が落ちた先で手にした二枚の人物写真。
それは俺と陽向の心に一生消えない、けれどひどく心地の良い傷跡を残した。




