24 タワマン嫉妬民
警戒心をあらわにするタワマン嫉妬民エルフに、スーリヤがおそるおそる尋ねる。
「あっ、あの……! 移住を受け入れないのは、ひとまずわかりました。それで、できれば理由を教えて欲しいなーって思うんですけど……」
そんなスーリヤに、エルフ男は眉間に深いシワを寄せながら口を開く。
「……以前、世界樹の森から来たと言うエルフの夫婦を我らの村に受け入れたことがあったのだ」
「えっ?」
思わず声を上げる俺。世界樹の森から来た夫婦? なんだか心当たりしかないんだけど。
脳裏をよぎるのは、俺が成人になってすぐに『ちょっとコンビニ行ってくる』くらいの軽いノリで世界樹の森から去っていった両親のことだ。
「どうかしたのか?」
不審げに俺を見るエルフ男。俺は慌てて首を振った。
「なっ、なんでもない。そ、それで、その夫婦が何かやらかしたのか?」
「やらかした……。ふむ、そう言ってしまえば……そうかもしれないな」
俺の問いかけに、エルフ男は当時のことを思い出すように遠い目をし、ぽつりとつぶやいた。
「その夫婦はとにかくモテたのだ」
「はあ……」
思わず気の抜けた声が漏れる。それが移住拒否とどう関係しているのいうのか。まるで想像がつかないんだけど。
「二人は美しいと言われている我らエルフ族の中でも群を抜いて美しくてな。しかもそれをひけらかすでもなく、誰にでも分け隔てなく、ほがらかに接することのできる人格者だった。やはり世界樹の森からきたエルフは我々とは違う――感心した我々は、あっという間に二人の虜になったのだ」
ぽっと頬を赤くするエルフ男。なんだか思っていた話と違うなあ……。
「そのような二人であったから、もちろん求婚されるのは当然の流れだった。我らエルフは子を成すことが難しく、故にモテる異性は重婚が当たり前だからな。だが、その夫婦は我々の求婚を一切受け入れなかった。あの二人がイチャイチャするたびに、我らの心がどれほどかき乱されたことか……! 今思い出しても……ギイイイイイイイイィィッ!」
エルフ男はなにかがフラッシュバックしたのか突然、顔を真っ赤にして頭をかきむしり始めた。NTRってわけでもないのに脳破壊されてるじゃねーか。
「おっ、落ち着いてください! でも、そのう……それはまあ個人の自由というか。そこまで嫌われるようなことかなあ……」
スーリヤがなだめるように言った。もっともな話である。エルフ男もピタリと頭をかきむしるのを止め、恥ずかしそうに目を逸らす。
「す、すまん。少々熱くなったな。だがそのとおりだ。求婚を拒まれたこと自体を恨んだ者はいなかった。何人かのエルフは既婚者にしか性的興奮を覚えぬようになったが、それは些細なことだ。……しかし、これは始まりにすぎなかったのだ」
「ど、どういうことです?」
「かの夫婦はとにかく外の世界の素晴らしさを説いていた。自分たちがかつていた世界樹の森だけではなく、とある大きな町、小さな村、帝国の帝都に住んでいたこともあったそうだ。悪気なく、ただ楽しそうに語っていたよ。……だが、夫婦に心酔していた村の若者たちは変わってしまった」
「若者……?」
「ああ。若者たちは外の世界を知り、あの夫婦の生き方を見て……この森を狭いと感じ始めたようだ。『もっと豊かな森がある』『世界は広い』『この森に縛られる理由はない』――そう言ってな。その言葉自体は間違いではなかったのだろう。だが……そんな日々がしばらく続いたある日、その夫婦はこつぜんとこの森から消えた」
またふらりとどこかに旅立ったんだろうな。俺が言うのもなんだが、旅好きの変人エルフだったし。
「夫婦がどこに行ったのかはわからん。だが……彼らを追うかのように、次代を担うはずだった若者たちが、次々と村を出ていったのだ」
あー……。とスーリヤが声を漏らす中、エルフ男は言葉を続ける。
「夫婦が去り、若者が去り、気がつけば村に残ったのは年寄りと外に出る勇気を持たない者だけになった。森は以前のように静かになったと言えるだろう。だがそれは平穏などではなく、未来を失った静けさだったのだ。――そして我々は誓った。世界樹の森のエルフは恐ろしい。二度と受け入れてはならない、と……」
ふうーっと長く息を吐き、エルフ男の昔語りが終わった。
うーん、なんていうか、都会の人間に感化されて田舎の若者が村から消えた――みたいな話だなあ。
まあたしかにエルフは人口が少ないから、それをやられると集落に大ダメージを与えられそうだけど。まさかうちの両親がサークルクラッシャーみたいな真似をしていたとは思わなかったぜ。
スーリヤがじっとりと俺の方を見た。コイツも勘づいてやがる。言うなよ、絶対にエルフ男に言うなよ。
そしていつの間にかエルフ男の視線も俺に向いていた。
「そういえばあの夫婦。世界樹の森にお前と同じくらいの年頃の一人息子を残してきたと言っていたが……」
「オ、オレはチガイマス」
「はははっ! わかっている。あの二人の息子だ。そんなマヌケ面なわけがないからな! ははははっ!」
エルフ男大爆笑である。ぐぬぬ……否定できないのが腹が立つぜ。両親はエルフの中でも特に顔面偏差値が高かったからなあ……。
そして俺はもうすっかり移住を諦めたのだが、どうやら諦めきれないスーリヤが慎重に言葉を選びながら言った。
「あの、普通に考えると、その夫婦だけが特別だったと思うんですけど……」
「そんな保証はない。だからこそ、我々は臆病になるのだ。世界樹があるかぎり、第二、第三のあの夫婦が現れぬとは言い切れんからな」
キッパリと言い放つエルフ男。やっぱ説得は無理そうだな。百年近い年月で凝り固まった観念はそう簡単には覆せそうもない。スーリヤがしょんぼりと肩を落とした。
「わ、わかりました……」
「うむ。身勝手だとは承知している。だが世界樹の森のエルフだけは受け入れることができん。もうあのときの思いは味わいたくないのだ。すまんが他をあたってくれ」
こうして俺たちは森から去ったのだった。
◇◇◇
「……いやあ、なんかウチの両親がすまんね」
「いや、別に気にしなくていいよ。でもさー、たしかにリーフのパパママって妙にキラキラしてたけど、だからって私たちの村がおかしくなったことはなかったよね」
「そうだな。まあ世界樹の森は他より良い場所みたいだし、出ていきたいとは思わなかったんだろ」
「それもそっか。……ああ、そういえば、リーフのパパママが村を出ていってから、ちらほらと移住者が増えた時期があったね。今思うとアレって――」
なるほどなあとスーリヤが一人で納得している。まあその頃の俺はウロに住みだして引きこもり生活をエンジョイしていたのでさっぱり知らないわけだが。
とにかくこれで俺たちの移住候補がひとつ消えたわけだ。とはいえ、森はこの森だけじゃない。他を探せばいい話だ。
幸い、金ならまだある。ひとまずスーリヤの両親が合流するまでは宿に引きこもっていられるだろう。
そうして俺はスーリヤと町への帰路を歩く。気づけば日も落ち始めていた。
夜中になると門がしまるんだったっけ。どうやら森を離れがたくて、少しのんびりしすぎたようだ。
だがそんなとき、俺のエルフイヤーが騒がしい音を聞き取った。
「ん? なんだ……こっちに馬車が来てる? いや、爆走しすぎだろ……あっ、横転したっぽい?」
「えっ、危ないじゃん! 行くよリーフ! こういうときは助け合いだよ!」
「おっ、おう」
音のした方に駆け出すスーリヤ。スーリヤなしではろくに外を歩けない俺も当然ついていく。
まあ馬車が横転したくらいなら、土魔法でグイーンと持ち上げてやればすぐに終わる。ロードサービスくらいならサクッと手伝ってやってもいい。
そしてそれが終わったらさっさと宿に戻ろう。今夜の食事はステーキに決定しているからな。
――と思って、向かったわけだが。
「くっ……! ここは私が食い止めます! 姫様はお逃げください!」
「そんなっ! カナンを残してなんかいけないわ!」
横転する馬車の近くには剣を構える女騎士と、真っ白でなんとも上品な服装の女が立っている。
そして二人を逃さぬように、殺気を漂わせた黒装束の男たちが半円状に取り囲んでいたのだった。
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