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同情か心配か

 王子は、寝台で相変わらず本を開いていたが、なかなかページは進まなかった。


 (俺は一体何を気にしているのだ‥‥自分でやったことではないか‥‥平気で他人を傷つける。実に化け物らしい‥‥)


 『あなた様は化け物などではありません』

 「!?」


いつもなら「お前は化け物だ」と囁く幻聴が聞こえてくるはずなのに、突如としてキエリの泣きたくなるくらい優しい声が聞こえた気がした。


部屋の中を見渡すがキエリの姿があるはずはなかった。


時計をみると、読書を始めてから随分と時間が経っていた。


 「くそ‥‥集中できん‥‥」


王子は本を閉じて、起き上がった。


行ったばかりだったがまた書庫に行ってさらに大量に本を持ち出そうと考えた。


そうすれば、しばらくの間部屋の外に出る必要がなくなる。


キエリと会う機会も少なくなる。


 自室の扉を開くと、廊下に朝の冷たくも澄んだ空気が感じられた。


 (あの女は結局何がしたいのだ‥‥突然現れて、掃除をして花を摘んで)


大きな狼の姿の王子がゆっくりと廊下を歩いて行く。


 (あいつ、そういえば何といっていたか‥‥)


朝の空気は王子の靄のかかった頭の中を澄みわたらせる。


 「俺を幸せにする?‥‥どういうことだ? 幸せ‥‥俺が?」


キエリの言っていた言葉を思い出したが、王子には結局キエリの目的は理解できなかった。


しかし、獣の毛で覆われた胸の奥に何か引っかかるものを感じた。




 「あぁ! 殿下!」


まだかなり朝早いというのに料理長のエレドナが廊下でなにかあたふたしていて、王子を見つけるなり駆け寄ってきた。


 「殿下、キエリを見ませんでしたか? あの子昨日の夜も見かけなくって‥‥あぁ、どうしましょう、あの子本当に何も食べてないんじゃ‥‥」


かなり慌てていて要領を得ないエレドナだったが、とにかくキエリを探しているらしい。


 「何故、俺があの女の居場所を知らなければならないのだ?」


王子は苛立ちをぶつけるように吐き捨てた。


エレドナは、少し怯えた表情で俯き、申し訳なさそうにした。


 「あ‥‥さようでございますね。失礼いたしました‥‥」


王子は、エレドナの反応をみるとハッとして顔をそむけた。


 (くそっ、またこれだ。幼い時から俺のことを知っているエレドナでさえこうだ‥‥)


ふと、まっすぐ王子を見つめるキエリの透き通る水色の瞳が頭に浮かぶ。


 (まただ、何故こんなにもあいつのことが頭に浮かぶのだ?)


 「どこにもいないのか?」


エレドナは、ぱっと顔を上げ、信じられないという表情で目を丸くして王子を見た。


そして、何故か嬉しそうに少し笑った後、心配の表情が戻ってきた。


 「こちらの東館は探したのですが西館はまだ‥‥」

 「そうか‥‥」


丁度西館に書庫がある。


ついでだと自分に言い聞かせ、エレドナをおいてそのまま書庫に向かった。


取り残されたエレドナは王子の背中を優し気な眼差しで見つめていた。




 王子が書庫に入り、キエリの姿を探す。


 「おい、誰かいないか?」


一応声をかけてみるが返事がない。


 (いない、のか?)


 「ん?」


昨日の内にはなかった掃除道具が床に転がっていた。


それをたどって本棚の間を覗いてみると、仰向けに倒れているキエリの姿があった。


ぴくりとも動く様子のないキエリをみとめ、さすがにぎょっとして王子はキエリに駆け寄った。


 「おいっ! どうした!?」


キエリの肩をゆするが、キエリは全く動き出す様子はない。


 「おい! おいっ、目をあけろ!」


王子がキエリの頬を軽く叩いてみても反応はなく、キエリの顔は血の気がなく、からだは異様に冷たい。


 「どうしてこんなにもからだが冷たいのだっ!?」


王子はキエリのからだを抱き上げ、温めるようにさすった。


王子がキエリのからだを動かしてもキエリのからだは抵抗力がなく、くたっとしていてされるがままだ。


不安が極限まで高まり、恐る恐るキエリの胸に耳をあててみると、心臓の鼓動が聞こえてこない。


 「っつ!? 嘘だ! 俺は‥‥俺はお前に死んでほしくなど‥‥」


狼狽した王子は、キエリを抱き上げたまま書庫を飛び出した。


 「コンゴウ! コンゴウ来てくれ! 今すぐ医者を呼んでくれ!」


とにかく大声でコンゴウを呼びつけていると、すぐさまコンゴウは王子のもとに走ってきた。


 「殿下、どうなさったのですか!?」

 「この者が動かなくなっている! ゆすっても目を覚まさないしからだも異様に冷たい! それにっ、心臓も‥‥」


王子は、驚くほど混乱していて声が震えている。


コンゴウは、王子に抱きしめられた動かないキエリをみる。


 「殿下、落ち着いてください。とにかく医務室に‥‥」


コンゴウが冷静に努めようとぐっと不安を飲み込んで医務室に二人を連れて行こうとした時、王子の腕の中のキエリがもぞもぞと動き出した。


 「ふぁ‥‥」


今までぴくりとも動かなかったはずのキエリがのんきにあくびをして、ゆっくりと目を覚ました。


王子とコンゴウは驚いてキエリを見ると、キエリは寝ぼけているのかゆったりと王子とコンゴウの顔を見た。


 「あれ? コンゴウさんに? 王子様? どうしたのですか?」

 「わたし今までどうして?‥‥いてて‥‥」


キエリはじんわりと意識が現実のものとなり、からだに床に落ちたせいか痛みがあることと、王子に抱きかかえられていることに気付いた。


 (はっ! わたし王子様に抱きかかえられてる!? な、なんで!?)


 「あのっ、申し訳ありません。なにかご迷惑をおかけしたようで、すぐにおります!」


そう言ってキエリはじたばたともがいて王子の腕からおりようとしたが、王子はキエリを離さないどころかより力を込められて逃げられないようにされた。


恐る恐るキエリは王子の顔を見上げると、王子はじっとキエリの顔を睨みつけている。


怒らせてしまったのかとキエリは不安になったが、王子から放たれた声は苦痛の混じった掠れた声だった。


 「お前は一体何なのだ‥‥突然来て、勝手なことをして、挙句の果てには床で眠っていたのかっ!?」

 「わたし、寝ていたんですか?」

 「何故自覚がないんだっ、そのせいで、俺はてっきり‥‥」


王子は力なく座り込み、頭を垂れた。


キエリは、なけなしの腕を伸ばして、王子の頭をそっと優しく撫でた。


二人のやり取りを見ていたコンゴウは通常ならそんな失礼なことは許さないのだが、それを止めることはしなかった。


 「王子様、心配させてしまって申し訳ありません」

 「俺が、心配だと?」

 「はい‥‥でも、どうしましょう。わたし、王子様が心配してくれたと思うと嬉しいです」

 「‥‥‥」


キエリは困ったように笑うと、王子は反論せず、キエリを横抱きにしたまま、再び立ち上がった。


 「お前、食事はとっているのか?」

 「しょ、食事ですか? あ‥‥とったことはないです」


それを聞いたとたんに王子はキエリを睨みつけた。


 「寝たのはいつだ?」

 「寝る? ええと、さっきのが初めてです」


王子の顔はもっと険しくなる。


コンゴウも顔をしかめて深いため息をついた。


 「わけが分からない。お前は俺に寝ろだの食べろだの言うくせに、自分で何故やっていない!」

 「それは、その‥‥」


キエリは、何かいい淀んで俯いて足をもじもじとさせている。


 「コンゴウ、エレドナに言って医務室に食事を運ばせろ」

 「かしこまりました」


コンゴウに指示を出した後、キエリを横抱きにしたまま移動しだした。


キエリは、驚いてまたじたばたしだしたが足を動かしたところで王子の歩みを止められなかった。


 「あの! 王子様、わたし自分で歩けますし、もう大丈夫ですから!」

 「そんなの信じられると思うか? まだお前のからだが冷たいじゃないか」

 「うぅんと、それは‥‥でもっ、ちょっとこの状態は恥ずかしいです!」

 「ならちょうどいい罰だ」

 「あぁ、ぅ」


キエリは恥ずかしさで顔が赤くなり俯いた。


 (あぁ、手があれば顔を隠せるのに‥‥)

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