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陰府これに隨ふ  作者: 雀ヶ森 惠
1.Cast a cold eye On life, on death.Horseman, pass by!
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女教皇の抱擁

 放課後の、中学校の教室。掃除の時間も終わったそこにK達の一団は群れて雑談に興じている。

 TCGのこと、欧州プロサッカーリーグのこと、アニメのこと、ソーシャルゲームのこと、などなど……


 くだらない。

 私はその場を立ち去りたくて、雑談を聞きたくなくて、苛立っているのだが、影を縫いつけられたように動けなかったのだ。

 すると頭の中に女の声が響いた。


「どうして?」


 私はあいつ等と違う、何かが、決定的に。そう自分に言い聞かせるように小さな学生服の私は応えようとしたのだが――

 すると不意に声は背後から聞こえてきた。


「違わない、お前も同じさ、それとも撰ばれた人間だとでもいうの? "銀鶏"」


 やっとのことで振り返るといつの間にかK達の一団も教室も消失し、「女教皇の椅子」の室内に私は存在していた。


「哀れだね"銀鶏"おまへはKと何も変わらないさ、ただ――」


 そこに居たのは私の描いた「女教皇」に相違なかった。青いベールの隙間から、短めの赤い髪が糸のように舞っている。

 彼女は私を搔き抱くと鮮烈な「女」の感触が伝わってきた。

 ぞっとするような憎むべき、生々しい女の体温が。

 そして耳元で官能的なこう唇が囁く。


「夢に、"周公"を見せてあげる……」



 目を覚ますと真冬にも拘らず、汗びっしょりになっていることに気づき私は空恐ろしくなった。


「莫迦な、椅子のことに捕われ過ぎだぞ?」


 そう自問して私はシャワーを浴びてくると、換気扇の下でメンソールを吸い、先ほどの奇妙な夢を分析し始めた。

 あれは確かに私自身の描いた女教皇に間違いなかったが、何故彼女が孔子めいたことを提供しようなどと言ってくるのだ? しかも私を明確に誘惑したではないか!

 このままあの椅子に関わっているとまたこんな夢を見そうで、私はうんざりしたのだが――


『思うが儘の報酬とは何だ?』


『言葉通りですよ、まさに』


『なんでも?』


『ええ』


『仮令、babbagejapanの株100%だろうと?』


 別に、金に目が眩んだわけじゃない。

 ただ私の追い求めるものの、そのものでなくとも一助となれば――

 銀鶏、あんたはこの莫迦らしい舞台を降りることもできるんだぞ? そうだエステラとやらと連絡を断てば。


 深夜目を覚ましてしまったお陰で、時計は午前五時を指していた。

 もう一本、煙草に火を点けようとしたとき、


 不意に玄関のチャイムが鳴った。

 誰だ? この朝っぱらから、間違いでは済まされない。

 だがチャイムはもう一度鳴る。

 仕方なくスウェットのままで一応私はドアスコープを覗こうとした、そのとき――


 乱暴にアパートの扉を叩く音。そして、


『猪狩さん? 居るんでしょう、ケイサツです。警察』


 なんだって!? 何故警察が? 私が何をしたというのだ。

 仕方ない、これ以上は近所迷惑、扉を開けた。


「ああ、いらっしゃった、猪狩達広さんでお間違えない?」


「はあ、そうですが私になんのご用で……」


 直ぐに二人組の刑事が室内に入ってきた。


「貴方、樺嶋愛歌さんと親しいでしょう? あ、わたしこういう者です」


 二人組のうち若い方が私に名刺を渡した。警視庁K警察署警部補 磯真一郎、とそこにはあった。


「アイカがどうかしたんですか?」


「ははあ、まだご存じない。恋仲なのに冷たい事ですな」


 そう、年かさの方の刑事が私を見遣った。


「郡司さん、ほらこの人通信データからネットゲームに夢中で」


 そう、磯は郡司と呼ばれた刑事に耳打ちした。


 まさかゲームのログを警察に監視されていた? 国家権力が一市民の行動をモニターしていい筈がない、私はなにもやっていないのだから!


「猪狩さん、まことに言いにくいのですが……樺嶋愛歌さんは五日前に失踪したきりです」


「では、私が重要参考人であると……?」


 冗談じゃない、アイカには暫くどころかご無沙汰だし、向こうから連絡を寄越さなくなってきたのだ。

 磯はばつが悪そうに言った。


「そこまでは言ってません、ただ何かご存じではないかと考え」


「署に同行願いたいと?」


「いいえ、その代わり貴方のパソコンを調べさせていただきたいのです」


 私は頭が真っ白になった。


「あの……何時、返して下さるんです?」


「それは如何とも言い難いですな」


 強い語調で郡司の方が答えたが、相変わらず私の頭は真っ白だった。

「アンタが樺嶋さんの居所を知ってんなら、こんなことしないで済むんだがな」


「アイカの居場所――喧嘩して既に何日も経ちます、その間メールを送っても、なしのつぶてですよ? 私が知るわけないじゃないですか」


 半ばキレ気味に私は言ったが二人は動じなかった。


「残念です猪狩さん、証拠品としてパソコンは押収させていただきます、またどこかへ行くのに監視の刑事が付くと思ってください」


「……何をしようと無駄です、何も見つかるわけがない」



 郡司が合図すると、入ってきた制服警官は瞬く間に私のパソコンを押収してしまった。


「では猪狩さん、進展があったときまたお会いいたしましょう」



 ざわざわと警官たちが立ち去ると、銀鶏宅は再び静まり返った。

 果たしてデスクにはパソコンのかつて在りし形跡だけが残り、きれいさっぱりとそれは失われているのであった。


 いったい、どうしろというんだ!?


 この冬は終わらない。

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